7.運動音痴

―湊―

逃げ出したうさぎが無事見つかった事を報告に行くと、まずは良かった、と安堵の空気が職員室内に流れた。

そして当然、お叱りの言葉も教頭先生から頂戴した。

「良いですか、天城先生。生徒達と仲良くするのは構いませんが、いつまでも学生気分でやられては困ります。居なくなったのが、うさぎではなく生徒だったらどう責任を取るんですか―」

すみません、申し訳ありません、と謝罪の言葉をひたすら繰り返し、職員室から出た時にはかなり陽が傾いてしまっていた。

もうクラブ活動が終わる時間に近い。手嶋先生は早めに帰らなければいけないと言っていたから、とっくに片付けまで終わってしまっただろう。

そう思ったが、一応確認の為に体育館へ向かった。


外へ出ると、職員用の駐車場が目の前にある。

手嶋先生の車は見当たらなかった。やはり、もう帰ったようだ。

そう思ったのだが。

「―?」

向かいに建つ体育館から、ボールが床を打つ音がはっきり聞こえてくる。

一瞬で顔から血の気が引いた。

まずい。生徒達だけで、勝手にクラブ活動をしてはいけない事になっているのに―。

早足で渡り廊下を抜け、半開きになっている体育館の扉に手を掛けた。すると中から、聞き覚えのある声がした。

「走れー、ほら。ディフェンスー」

気怠げなこの声は、まさか―。

恐る恐る扉を開けると、壁に背中を預け、胡座をかいて座る金髪の青年がそこに居た。

俺が入って来たのに気づき、上目遣いにこちらを見上げてくる。

「おかえり、泣き虫」

「なっ……?!」

「あ、湊先生来たー」

「遅いよー」

練習の手を止め、子ども達が声を掛けてくる。ごめん、と顔の前で手を合わせて謝った。

「教頭先生、怒ってなかったー?」

「怒ってた、怒ってた。めっちゃ説教された」

「だいじょうぶ?」

「てか、早く一緒にやろうよ!」

「おー」

手招きしてくる方へ軽く手を上げて応じてから、背後を振り返る。

「もしかして、代わりに見てくれてたの?」

長い前髪の隙間から、猫みたいな目がこちらを向く。

「……帰ろうとしたら、てじ先生に捕まったから」

「てじ?あ、手嶋先生のことか」

明日謝らないとなあ、と思いながら、ふと子ども達が言っていた事が頭をよぎった。

『―前はめっちゃバスケ楽しそうにやってたし、いっぱい遊んでくれたのに―』

「あ、のさ」

無言で見返してくる瞳の大きさに気押されつつ、聞いてみた。

「良かったら、一緒にやらない?」

「……はあ?」

精一杯の勇気を振り絞ったのに、露骨に嫌そうな顔をされた。

「やらない」

「でも……」

「つーか早く行ってやりなよ。ずっとあんたの事待ってたんだから」

膝に頬杖をつき、子ども達の方を指さす。

「あ、うん……」

あんたの事も、きっと待ってるよ―。

そう思ったけれど、結局何も言えないまま男子達のいるコートへ向かった。


小学生とは言っても、高学年にもなれば大人と変わらない背丈になる子も出てくる。

かと言って、身長があれば良いという事でもない。小柄な子がドリブルしているボールは、姿勢が低く取りづらいからだ。

つまり何が言いたいかと言うと―俺は小学生相手に、バスケで全く歯が立たない。

「ちょ、ちょっと待って」

肩で息をする俺に、子ども達は容赦無い。

「先生、もう疲れた?」

「年?」

「運動音痴なんだよ」

「ちょ、そんな事ないって。走るのと、泳ぐのは、結構得意な方だからっ」

「ほんとにい?」

「本当に!」

むきになる俺を見て笑っていた生徒のうちの一人が、あれ、と体育館の入り口付近を指差した。

「千晃兄ちゃん、まだいる」

「え?」

つられて振り返る。壁にもたれて片膝を立て、女子がミニゲームをしている様子を眺めている姿が目に入った。

「あ、まだいたんだ……」

「ねえ、湊先生」

「ん?」

リーダー格の男子が話しかけてくる。

「俺、先生にパス回すからさ。一発かっこ良いシュート決めてよ」

「ええ?」

「千晃兄ちゃんに教わったんでしょ?出来るようになったとこ見せてやろうよ」

「……うん、そうだな」

あんまり自信は無かったが、頷いてみせる。

「よしっ、もっかいやるか!」

呼びかけ、もう一度ミニゲームを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る