第9話「禁忌の排泄」

二日目の午後。

誰もが限界だった。



スピーカーが毎時ごとに警告を鳴らしていた。


「摂取タイム残り3時間」

「摂取未達成者は、処分対象となります」


でも、それどころじゃなかった。

出ないのだ。



水は少ない。食料も無い。

その中で、ただ便意だけが“義務”として突きつけられてくる。


「……ヤバい……出ねえ……」

「腹が張ってきた……痛え……」

「昨日出しちまったのが……マズかったのか……」



参加者のほとんどが、便秘になっていた。



袋の数は減り、食う側も焦っていた。


「……誰か……頼む、出してくれ……」

「俺マジで……食わねえと死ぬんだよ今日……!」



だが、誰も出せない。


いきむ声が校庭に響く。

便器の前で泣きながらしゃがみ込む姿が何人もいた。



そんな中だった。

遠くから、ゆっくりと足音が響いてきた。


白いワンピース、ショートカット、サンダルの音。


年齢は不明。

どこかで見たことがあるような、儚くも艶めいた女。



彼女は無言で歩き、

校庭の中央に置かれた“銀色の灰皿”の前にしゃがみ込んだ。


そして──

何のためらいもなく、“そこに排泄した”。



ゴボッ、という湿った音。


校庭の空気が止まった。



「…………っっ」


最初に動いたのは、

若い男たちの目だった。


その視線は、完全に一点に釘付けだった。



やがて、ひとりの男が口を開く。


「……やべぇ……すげぇ……」

「なにこの……なんか……食えそうな気がする……」



女は何も言わず、立ち去った。

白いワンピースが、風にふわりと揺れる。

彼女の顔は見えなかった。



次の瞬間、複数の男たちが灰皿へ殺到した。


「俺が先だ!!」

「押すな!!ふざけんな、食わせろ!!」

「今日これ食わねえと死ぬんだよ!!!」



争奪戦が始まった。


男たちは泣きながら、嘔吐を堪えながら、それを咥えた。



そして、女の参加者たちは一斉に叫んだ。


「は?うそでしょ……!!」

「……人間やめたの?アンタたち……」

「無理、絶対無理……」

「もう殺して……こんなとこいたくない……!」



でも、男たちは食い続けた。


生き残るために。

“女神のブツ”に、命を繋げるために。



スピーカーが鳴った。


「複数名による摂取反応、確認」

「摂取者、生存継続」



そして、誰もその女の名を口にしなかった。

でも、誰もがどこかで“見覚え”がある気がしていた。


あの白いワンピース。

あの透明な声。

あの、かつて誰もが恋したような笑顔。


「とってもとってもとってもとっても…」

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