──無能と呼ばれた少女──

 異世界に転生して、三日が経った。


 俺はこの世界で、“ヒュプノ”という名を与えられた。

 それっぽい名前にしてくれた神に、少しだけ感謝している。


 宿も金もない俺は、街外れの古びた教会に身を寄せていた。


「……ねえ、あなたも、何もできない人?」


 そんな俺に、最初に声をかけてきたのは──

 一人の小さな少女だった。


 


 金色の髪、澄んだ緑の瞳。

 年の頃は十二、三歳だろうか。

 だが、どこか魂の光を失ったような、空虚な目をしていた。


 名前はリシェル。


 彼女は、生まれつき「魔力量ゼロ」の判定を受けた、いわゆる“無能”だった。


 


 この世界で才能がないということは、存在価値がないということだ。

 家族からも見捨てられ、教会の片隅でひっそりと生きている。


 ──俺の心に、火が灯った。


 この世界の歪みを正すと決めた。

 ならば、最初に救うのは、目の前のこの少女だ。


 


「リシェル。君は本当に、魔力がないと思っているのか?」


 俺は静かに尋ねた。


 少女は、かすかに首を振った。


「……わからない。

 でも、皆が言うの。『ゼロだ』って。だから、きっと……」


 ──洗脳だ。


 周囲の言葉が、彼女の潜在意識に、“無能”という烙印を刻み込んだ。

 本来持っているはずの力を、自ら封じてしまったのだ。


 


「目を閉じて」

「……え?」

「大丈夫だ。ただ、少しだけ、心の奥を覗くだけだから」


 


 俺は、そっとリシェルの額に手を当てた。

 意識の深層へと降りていく。


 


 ──そこには、眩いばかりの光があった。


 これは──


 


「君には、“神霊と交信する資質”がある」


「え……?」


 


 通常の魔力測定では決して引っかからない。

 リシェルの中には、人知を超えた存在と繋がる回路が存在していた。


 だが、幼い頃から植え付けられた自己否定が、その扉を固く閉ざしていたのだ。


 


「さあ、信じて。君自身を」


 


 俺は、催眠術をかけた。

 “無能”という呪いを、言葉で、意識で、深層から剥がし取る。


 


 ──世界が震えた。


 リシェルの周囲に、微かな風が生まれる。

 見えない光が、彼女の身体を包み込んでいく。


 


「これが……私……?」


 


 少女の目から、涙が溢れた。


 ──そうだ。

 これが、君の本当の姿だ。


 


「ようこそ、リシェル。

 君の“覚醒”へ──」

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