──呼びかけよ、霊の声を──
それは、教会の鐘が鳴った直後だった。
「魔物が、村に近づいているって……!」
騎士たちが慌ただしく通りを駆け抜け、教会にも緊急避難の命が届いた。
近くの森に棲む“灰角狼”の群れが、里を越えてこちらに向かってきているという。
灰角狼──中級の魔物だが、数が揃えば兵士数人では太刀打ちできない。
「避難所へ! 子どもたちは奥へ!」
神父の怒号が響く中、俺はリシェルの隣に立っていた。
「ヒュプノさん……」
彼女の手が、俺の袖を掴んで震えていた。
けれど、その目は昨日とは違っていた。
「私、できるかもしれない……」
「……ああ。君ならできる」
彼女の中にある“霊との回路”が、今、微かに震えていた。
俺は人払いを頼み、教会の裏庭にリシェルを連れ出す。
遠くからは、狼の咆哮が響き始めていた。
「リシェル。君の力は“呼びかける”ことにある。
言葉にする必要はない。想いを、心の奥から投げかけてみてくれ」
彼女は、そっと目を閉じた。
風が止まり、空気が静まる。
まるで、世界そのものが彼女の声を待っているかのように。
「……誰か……私を、見つけて……
私に、力を……
この村の、人たちを……守りたいの……!」
その瞬間、教会の鐘が――ひとりでに鳴り出した。
誰も引いていないのに、空中で、振動が走った。
空が淡く光り、リシェルの背後に、巨大な白い“羽”のような影が浮かび上がった。
「これは……!」
俺の意識が共鳴し、理解した。
彼女が呼び出したのは、霊でも精霊でもない。
“神格存在”──この世界の古層に封じられていた意識そのものだった。
白い光が教会の周囲を包み、狼たちは村に近づく前に足を止めた。
まるで、何かを畏れるように、呻き声を上げて退いていく。
「……消えた……?」
教会の神父が、外に出てそう呟いたとき、
俺はリシェルの肩に手を置いて、静かに言った。
「君はもう、“無能”じゃない」
「……ありがとう、ヒュプノさん」
「違う。これは、君自身が、自分を信じた結果だよ」
才能は、生まれつきのものじゃない。
意識の深層に、誰もが持っている。
それを引き出す鍵は──
言葉。
想い。
そして、覚悟だ。
「……さあ、行こうか。次の“眠れる才能”を、起こしに」
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