第4話 新たなる異世界(フロンティア)に関する未確認情報
某所、国有地。
ここは10年前の2025年、日本において異世界へ通ずる入り口が突如開いた場所であり、公式にはこの時が日本における最初の出入り口発見日ということになっている。
周囲はフェンスと鉄条網で覆われ、出入り口へ通じる道には小銃を携えた兵士が歩哨として常時警備しており、外部から見ると軍事基地の通用門のような物々しさがある。
市街地から車で20分ほど離れた郊外に位置するこの入り口は、旧国鉄の廃線トンネルの奥に生じたものである。
約25年前の2010年くらいから世界中の複数の箇所で、この地球上とは異なる広大な土地が広がる世界へ通じる道が発見された、といううわさがインターネット上でまことしやかに流れ始めた。
それから15年後の2025年、日本においても同様の事が起きた。
この廃線トンネルを探索していた鉄道マニアが相次いで行方不明になる事件が発生した。
当初、このことは単なる失踪事件および都市伝説として語られていたのだが、世界中で異世界への入り口が突然開かれたという説がインターネット上で飛び交っていたため、もしかしたらここも異世界への扉か何かではないのかと、肝試しの感覚で同トンネルを探索する若者が相次いだ。
そして、そこから帰還に成功した人の中に、トンネルの奥に見たこともない世界が広がっているという証言をする者が相次いだ。
度重なる海外の報道と、行方不明者の捜索を願う失踪者親族の嘆願の結果、政府もようやく重い腰を上げて、警察と軍にトンネル付近一帯の合同捜査を命じた。
その結果、この廃線トンネルが地球上のものではない何らかの次元の世界へと自由に行き来できる出入り口になっている可能性があるということが分かった。
世界全体で複数の出入り口が発見されたこと。
そこに無断で侵入し帰還に成功した人間が異口同音に似たような証言をしているという事実。
曰く、地球上と酷似しているが地球ではない世界があると。
そして、2025年に政府が公式に調査を行ったことで、異世界への出入り口の可能性が公式に発表されたこと。
これにより一国の政府だけでは手に余りかねないことから、やがて各国合同による先遣隊が世界中の出入り口に同時に調査をかけた結果、出入り口の先に現実の地球上とほぼ同環境の世界が広大に広がっているということが分かった。
グアアアアッ、プシュー!!
異世界への出入り口に通じる舗装された幅広の道路を重厚な軍用のトラックが行きかう。
現在、異世界への出入り口を軍が厳重に警備しているのには理由がある。
出入り口が発見してからしばらくは軍による警備などはなく、自己責任を負うという暗黙の了解の元、誰でも自由に異世界へ行きかうことができた。
酸素が存在し、植生や気候風土も現実の地球とほぼ変わらないということは各国合同の先遣隊の調査により確認されていたが、未知の世界ということもあり、当初この地に足を踏み入れることに懸念を示す人々の方が多かった。
何か得体のしれないモンスターなどがいるのではないか?
慣れない世界で何か風土病のようなものがあるのではないか?
だが、ある出来事が人々の意識を変えた。
無断でこの出入り口から異世界に行って帰ってきた人や各国合同の先遣隊の中に、ファンタジーの世界でしか扱えないような特殊能力を手にしたり、ずば抜けた頭脳や肉体を持つ者が現れたというのだ。
どうも、異世界にファンタジーの世界でいう、魔法とか超越的能力を身に付けられる何かがあるらしい。
この噂は、異世界へ転生することで成功するという題材の物語が長年ブームになっていたこともあり、現実世界での生活にいらだちとあきらめを感じていた多くの若者をひきつけた。
長期にわたる不況、劣悪な労働環境、私生活に至るまで監視社会化が進み、一切のしがらみのない冒険ができなくなっていた現実世界に巨大な不満を持っている多くの若者にとって、リアルでその機会を与えてくれるフロンティアの出現は渡りに船であり、モンスターとか風土病への懸念などに耳を貸す者は少数派であった。
敵わないモンスターとかがいたら現実世界に逃げればいい。
勝てるモンスターは倒せばいい。
風土病になったら現実世界の病院に行けばいい。
近代的なものが持ち込めるんだからラクショー!
何でもインターネットで情報が即座に手に入るようになり、物事の本質を考える、腰を据えて熟考するという習慣が遠い昔の現実になっていた現代の若者は、未知へのリスクに対する脅威を安直に考える傾向が蔓延していたのだ。
併せて、各国政府の思惑もこの若者たちの行動を黙認することになった。
長年に渡る世界的不況。
監視社会化して人々の不満が表面上は出てこなくなったが、しかし水面下ではすさまじい社会への怒りが渦巻く不安定な社会。
そんな時に今までにない広大な異世界、ファンタジーの世界でしかなかった世界が現実世界と自由に行き来できる形で現れたのだ。
その規模はアメリカ大陸の発見、西部開拓のレベルすら超えていると推測され、併せて未開発の資源はどれほどの規模で存在するかわからないほどであった。
だが、地球環境と似ているとはいえ、人間を捕食する恐竜のような肉食獣などがいないか、風土病などがないか、現実と同じ人間が存在するか、居住に適しているかなど、わからない点が多かった。
政府も未知の世界をどう扱うのかで意見が割れていた。
そこで政府は現実世界に不満を持つ人に異世界への移住を奨励し、異世界のデータを収集するモニターとして使うことにしたのだ。
同時にそれは、現実世界に不満を持ち、反政府的傾向さえ持ち始めた若者を抑え込む有効な手段として、各国政府はこれらの若者を開拓者とした、国籍を維持したまま異世界への移民を当初は奨励したのだった。
だが、この計画は短期間で中止された。
異世界に移住した者の中に頭がくらくらして思考や体の感覚が鈍くなると訴える者、まるで機械かロボットのような感情のない不気味な人間になってしまう者が続出したのだ。
そして、この事実は詳細が調査されて公表されることなく隠ぺいされた。それも世界各国政府いずれもが、である。
表面上は未知の風土病が蔓延しており、ワクチンが開発されるまで長期間かかるため危険だからだという理由が公表され、それ以外の説明はなされることはなかった。
同時に、自由に異世界に行き来していた人が現実世界帰還時に書いた、かろうじてわずかに存在した現地の状況を紹介などしていた書き込みやブログなどはスーパーコンピューターを用いた徹底的検閲によりすべて削除され、自由に異世界と行き来できていた時期の詳細な記録は公の場から姿を消した。
同時に、超越的能力などに関することも、それが得られる可能性があること、適切な環境と適性がある人には身に付けることができると政府も正式に認めているが、ファンタジー世界のような魔法などではなく、身につくのは脳機能の向上やコミュニケーションスキルなどであり、それも適性検査を得る必要があるとか、慎重な調査が必要などの国会答弁的な理由をつけて具体的な説明はなされずじまいに終わった。
現在、異世界への研修目的などでトンネルを出入りする際は、かつてと異なり厳重なチェックが行われるようになっている。
風土病感染防止のためのワクチン接種がなされているかのチェックが必要になったからというのが公式の理由である。
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