第7話
ケンタは銀のネックレスをそっとポケットに忍ばせながら、住宅街の一角にひっそりと佇む古びた店舗の前に立っていた。
「宝飾・骨董・古物 買取ります」――看板の文字はすっかり色あせており、どこかただならぬ年季が漂っている。
「これ、どこで手に入れたって言えばいいんだ?」
このネックレス、実は異世界で手に入れましたなんて正直に話しても信じる人間はいないだろうし、そもそもあの世界は俺だけのものだ。他の人間にそう易々と知られたくはない。
(大丈夫、バレるはずない。見た目は普通のネックレスだし、銀製ってことくらいしかわかんねえだろ。最悪買い取ってもらえなくても異世界のことさえ知られなければいいか)
自分に言い聞かせるようにして、ガラガラと扉を開けた。微かな鈴の音が鳴り、すぐに鼻に届いたのは、埃と金属の混ざったような、独特の古物屋の匂い。
店内は狭く、所狭しと棚やガラスケースが並んでいた。アンティークの時計、革張りのライター、装飾の施された万年筆。きらびやかではないが、確かな歴史を纏った物たちがそこにあった。
「いらっしゃい」
カウンターの奥に座っていたのは、無精髭を生やした白髪混じりの中年の男だった。新聞を読んでいた手を止め、眼鏡越しにケンタを見やる。
「見てもらいたい物があるのか?」
「あ……はい。これ、買い取ってもらえませんか?」
ケンタはポケットからそっとネックレスを取り出し、カウンターに置いた。男は軽く眉を上げ、それを手袋越しに持ち上げた。
「ふむ……これは……」
ルーペを取り出すと、留め具からチェーン、細部の彫刻までを丁寧に確認していく。その眼差しは鋭く、一目で「素人ではない」とわかるものだった。ケンタは思わずごくりと喉を鳴らす。
(魔素とか……バレたりしないよな。見た目は普通の銀なんだから)
「なかなか……興味深い造りだ。純度は高いし、細工も悪くない。ただ……ブランド名は?」
「いや……それは、もらい物で。箱とか証明書もないんです」
「なるほど」
男は再びネックレスを眺め、目を細めた。
「出所が不明なものはな。買い取らないのが基本だ。後で盗品とか言われたら、こっちが困るからな」
ケンタの顔がわずかに引きつる。胸の奥に、冷たいものが走った。
(やっぱダメか……?)
「……そうですよね」
ケンタは俯きながら言ったが、すぐには手を引っ込めなかった。心臓がドクンと脈打つ。せっかく手に入れた異世界の“成果”だ。このまま引き下がるわけにはいかない。ダメ元でも、何か言わなきゃ気が済まなかった。
「でも、これ……見ての通り、ちゃんとした造りなんですよ。細工だって雑じゃないし、銀も純度高いって、さっき言ってましたよね?」
男はちらりとケンタを見た。
「……言ったな」
「市場に流すんじゃなくて、個人コレクション扱いとかでどうにかなりません? 正直、困ってるのは事実なんで……もし、少しでも価値があるって思ってもらえたなら、多少なりとも見てくれませんか」
言ってしまってから、自分でも意外だった。こんなふうに懇願するような声を出すのは、何年ぶりだろう。だけど、それくらい、このネックレスには――いや、これからの可能性には、賭ける価値がある。
男は無言のまま、再びルーペを目に当て、チェーンの連結部をじっと見つめた。数秒の沈黙が、やたらと長く感じられる。
「……ふむ」
やがてルーペを外すと、男はひとつ深く息を吐いた。
「正直に言うと、これは見たことのない技術だ。機械じゃ出せない、手作業の精度ってやつだな。それゆえに厄介でもある」
「厄介、ですか?」
「つまり、“どこの職人の物か判別できない”ということだ。ブランドも無ければ履歴も無い。価値があるかもしれんが、保証がない。」
このネックレスを元々誰が持っていたのか分からない以上、盗品でないことの証明ができない。ブランドや保証書がないので、価値を見極めることも難しい。結局この二点の理由で買取は難しいという話だった。
だがここでケンタが引くわけにはいかなかった。彼の人生に転機がやっと訪れたのだ。ずっと歩き続けた雨の中で、ようやく傘だと思えるものを見つけたのだ。
「盗品でないことは保証します。信じてください!」
お辞儀の角度は90°をもうすぐ越えそうだ。なんなら土下座までする腹づもりである。
「でもねえ。誰から貰ったものかも分からないんだろ?」
「それは……」
こうなる前に嘘でもついておくべきだっただろうか。親戚のおばさんから貰いましたとか。いや、親戚のおばさんに知られるとまずいことになる。かといってそれ以外の方法は思いつかない。これは……詰みかな。
手を引っ込めかけたそのとき、男がぽつりとつぶやいた。
「でもまあ……困ってる顔してるし、今回は特別に買い取ってやるよ」
「え……?」
思わず顔を上げると、男は少し口元を緩めていた。
「なんか君、嘘つくのとか下手そうだし」
「そ、そんな……いいんですか?」
「それにな。オレはこういう“一風変わった品”を見るのが好きなんだよ。ウチに通ってくれれば、面白い話も聞けるかもしれないしな」
その言葉に、ケンタの胸がじんわりと熱くなった。初めて、自分の“異世界の成果”が、この現実で価値を認められた気がした。
「……ありがとうございます。本当に」
男はレジの下から封筒を取り出し、中に現金を詰め始めた。
「普通の銀製品よりちょっと多めにしてやる。いわば“期待料”ってやつだ。次も期待してるぜ、兄ちゃん」
ケンタは頭を下げながら、封筒を両手で受け取った。
(マジかよ……本当に売れた。異世界の物が……現実で)
店を出て、ケンタはしばらくその場に立ち尽くした。胸の中に、現実が少しだけ動いたという確かな手応えがある。
「……これ、マジでいけんじゃね?」
手の中の封筒をぎゅっと握りしめる。
まだ始まったばかりの、自分だけの“冒険”。それが、いよいよ現実にも波紋を広げ始めた。
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