第5話

腹が満たされ、満足げに伸びをしていた健太だったが、ふと時計に目をやって思わず声を漏らす。


「……まだこんな時間か」


夜の8時前。現実の時間は、異世界から帰ってきた時点で進行が止まっていたようだ。

つまり、あの世界に行って、戻って、肉を焼いて食ってここまでの時間……全部、向こうだけのものだった。


「ってことは、もう一回行っても問題ないってことだよな?」


立ち上がって扉に向かう。

乾いた取っ手の冷たさにも、もう驚かなくなっていた。


「よし、ちょっとナイフ作りに行ってくるか」


そう言って健太は再び、異世界の扉を開いた。


 


* * *


 


草原は、健太を変わらず迎え入れた。

柔らかな芝生の感触。鼻腔をくすぐる新鮮な草の香り。

現実とは別の、けれど確かな“生きている世界”。


「さて、試してみるか」


健太は腰のポーチから、先ほど鑑定して確認していた“素材”を取り出した。


【狼牙】×2


ごつごつした乳白色の牙。鋭さは十分で、軽く指先をなぞるだけでひやりとした痛みが走る。

これをナイフに加工できれば、かなりの戦力になるはずだった。


「クラフト」


半透明のウィンドウが開き、素材とスキルの組み合わせ一覧が浮かび上がる。

牙の項目に手を伸ばそうとした時、エラー音と共に警告文が表示された。


※クラフトランク不足※

【狼牙】の加工にはクラフトスキル:初級以上が必要です。

現在スキルランク:基礎(E)


「……マジか。やっぱ牙って上級素材扱いなのか」


健太は額に手を当てて、空を仰いだ。


クラフトスキルのランクを上げるには、とにかく“作る”しかない。

素材を使い、形にし、経験を積み重ねていく。それだけの話だ。


問題は、何を作るか、だ。


健太は再び地面を見下ろし、柔らかな芝に目をやった。


「……ハーブ。これ、ハーブっぽくないか?」


先ほどから気になっていたのだ。

この世界の芝――に混じった少しミントに似たような草。



「鑑定」



【翠刃草(すいじんそう)】

分類:野生植物(草本)

属性:自然/回復

希少度:D



長く柔軟な葉を持つ野草。刃物のような鋭い形状をしているが、触れても危険はない。

乾燥・浸出によって滋養効果を持ち、飲用時に微弱な体力回復と疲労軽減の効能を発揮する。

ただし効果は短時間かつ軽微。大量摂取での副作用は確認されていない。




【翠刃草】と呼ばれるその植物は、鑑定によると「乾燥・浸出により簡易な滋養効果を持つ」とされていた。


つまり、乾燥させて煮出せば、ハーブティーになる。


「なら、作るしかないだろ。ハーブティー製造マシーン、ケンタさんの出番だ」



——誰だよそいつ。


 


* * *


 


――まずは、採取だ。


健太はツールキットのハサミを使って、周囲の【翠刃草】を手当たり次第に刈り取っていく。

両手に抱えられるだけの量を集めたら、次は乾燥。

魔素を含んだこの世界の空気は、想像以上に乾燥処理が早い。


「晴れてて助かったな……クラフト:乾燥」


地面に広げた草の上にクラフトコマンドを発動すると、緩やかな風と熱のエフェクトが流れ、数十秒後にはふわりと香る乾燥ハーブが完成していた。


「おお、いい匂い……。これ、普通に飲んでもうまいかもな」


乾燥した【翠刃草】を持ち、今度は“容器”のクラフトへ。いや、


「耐熱容器なんてどうやって作るんだよ。一旦帰還して持ってこよう」


***


「やるか」


手にマグカップとお湯、乾燥させた草を入れて、


【クラフト:ハーブティー】

素材:乾燥翠刃草+水+加熱容器

→ 成功!


「やった! できた!」


カップに注がれたほんのり黄緑色の液体からは、草の香りと、どこか甘みを含んだ匂いが漂ってくる。


健太はごくりと一口すすった。


「……うまいじゃん。なんか体が軽くなった気がする」


ウィンドウがまた開いた。


《クラフト成功》

経験値+4


「よし、もっと作るぞ!」


健太は次々に芝を刈り、乾燥させ、ティーを淹れた。

ハーブティーを作って、飲んで、経験値を得る――その繰り返し。


「クラフト! クラフト!…」


作るたびに経験値が加算されていく。

わずかずつではあるが、確実にスキルゲージが上昇していくのがわかる。


ひとりでテンションを上げながら、健太は草を刈りまくり、作りまくった。


「今は考えない!余った茶葉の保管場所なんて」


多分10年分くらいある茶葉に視線をよこして、そして逸らした。今は現実よりも目標を見る時だ。きっとそうに決まってる。


途中までは入れ物として芝を編んで容器を作っていたり、乾燥機能を強化するための簡易な風よけを設置したり――そのすべてが、クラフトスキルの糧になった。


 


* * *


 


――そして数時間後。


 


《クラフトスキルランク上昇》

クラフトスキル:E → D(初級)

加工可能素材拡張

野生素材系の初級加工を解放しました。


「っしゃああああああ!!」


健太は草の山の中でガッツポーズを取り、勝利の雄叫びを上げる。その声はあの薄っぺらい雲を突き抜けて天にも届いているだろう。そしてもちろん。






アォオオオオオン!!



その辺の魔物にも。



「やっべ」


またやっちまった。

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