第4話

「クソ強かった…」


正直ただの犬の親戚くらいの認識だった。実家のポチくらいの。まるで別物だった。

スピードも、重さも、攻撃力も。人間の素手でどうにかできる相手じゃない。


「牙とか、マジで骨まで届いたんじゃね……」


腕を見る。狼に噛まれたところはすでに止血され、うっすらと肉が再生している最中だった。

けれど、傷口の周囲はまだじんじんと熱を持ち、痛みは引いていない。


上に乗られた時は完全に死んだと思った。頬に垂れてきた涎の感触と熱は忘れられるもんじゃない。


「……なんで俺、勝てたんだ?」


振り返っても、あれは“勝った”というより、“勝てちゃった”というのが正しい。

もしもう一度同じ状況になったら、生き延びられる保証なんて一切ない。


「いやほんと、あのデカさで速くて牙あって……無理だろ。もう……無理だって」


笑いながら呟いたが、口元はひきつっていた。


地面に横たわったままだった狼の方へ目をやった。

その瞬間、変化が始まった。


「……なんだ?」


狼の体表から、白く淡い光が立ち上り始める。まるで朝霧のように揺らめきながら、ゆっくりと形を失い――そして、無数の光の粒子になって風に溶けていった。


「俺のこと殺そうとしたんだからお互い様だろ」



不意に目の前にウィンドウが現れた。


《レベルアップしました》

戦闘・採取・鑑定行動による経験値蓄積が一定値に達しました。


【レベル:0 → 1(再構築)】

スキル枠・成長系項目を解放中……

新スキル【クラフト(基礎)】を習得しました。


基本ステータス表示を開始します。


「お、おお……?」


次の瞬間、ウィンドウが切り替わり、詳細なステータス画面が開いた。


【名前】ケンタ

【種族】人間

【職業】無職

【レベル】1

【HP】120/120

【MP】35/35

【ATK(攻撃力)】14

【DEF(防御力)】10

【INT(知力)】11

【スキル】

・鑑定(初級)

・帰還(任意発動)

・クラフト(基礎) ←New!


【特性】


「レベルアップって、こういう感じか……」


確かに、狼と戦って生き延びた。

それが“経験”としてカウントされたわけだ。


そして、レベルが「1」になった。

今までのは“0”、スタートラインに立つ準備すらできていなかったということか。


「てことは……ここからが本番ってことだよな」


そして、新しく加わったスキル【クラフト(基礎)】の文字に、健太は目を止めた。


【クラフト(基礎)】

素材を組み合わせ、道具・設備・拠点などを作成可能にするスキル。

作業台・ツールキットの使用で応用範囲が拡大。

制作物により経験値を取得。改良・分解も可。


「……ついに来たか。クラフト」


ウィンドウを閉じて狼が元いた場所に目を向ける。


その場に残ったのは、四つの物体だった。


鋭く輝く一本の牙。

灰色がかった厚手の毛皮。

赤身でムキムキの肉。

そして、拳ほどの大きさの、淡く青い光を放つ石。


「……ドロップアイテム……?」


ぽつりと呟いた健太は、慎重にそれらへ近づき、恐る恐る手を伸ばす。

触れても害はないようだ。そこで、いつものように声に出した。


「鑑定」


ポン、とウィンドウが現れる。



【狼牙】

野生狼の牙。武器・道具の素材として利用可能。

硬度が高く、加工には専用工具またはクラフトスキルが必要。

希少度:C



「ふつうに牙だな。でも硬度高いってことは……ナイフとか作れるか?」


続けて毛皮に触れ、同じく鑑定。



【粗毛皮】

野生狼の外皮。防寒・防刃性能あり。クラフト・防具素材に適性。

※洗浄・加工前のため使用には追加処理が必要。

希少度:C+



「防寒性能あり……地味にありがたいな。夜とか寒くなりそうだし」


次に石に手を添える。すぐに、ウィンドウが開いた。



【魔石(小)】

魔素が凝縮された結晶体。クラフト、強化、スキル発動補助など多用途。

この世界のエネルギー単位として流通しており、通貨代替物としても用いられる。

希少度:B



「魔石……。通貨になる、ってことは、金みたいなもんか。しかもスキル補助にも使える……」



後はこのムキムキの肉だけか。


「鑑定」



【野生狼の肉】

狩猟によって得られた狼の赤身肉。野性味が強く、筋繊維が密。

適切に処理・調理することで、スタミナ回復・寒冷耐性の一時強化効果あり。

※未加熱での摂取は推奨されない。

希少度:C



食えるのか、これ。


考えたいことや試したいことは色々とあったが、肉を見たことでア○ムに頼ろうとしたあの晩から何も食べていないことを思い出した。途端になり出すお腹、なんて都合のいい体なんだ。


「……とりあえず、戻って焼こう」


手に入れた赤身肉をツールキットの中にそっとしまい込み、健太は深呼吸してから、ウィンドウに手を伸ばした。


「帰還」


淡い光が視界を包み込む。芝の匂いと空気の冷たさが遠ざかり――次の瞬間、健太は自分のワンルームの中に立っていた。


「……帰ってきた」


蛍光灯の薄明かり、カビ臭い部屋の空気、積み上げたゴミ袋の向こうに置いた安物の机。それらすべてが、もうずいぶん昔のもののように感じられた。


ツールキットを開き、慎重に肉の包みを取り出す。まるで発泡スチロールのような異世界の包装素材が、肉をしっかりと鮮度を保ったまま守っていた。


「見た目は……まあ、牛肉とあんま変わんねぇな」


しばらくためらったが、思い切ってコンロに火を点け、フライパンを熱する。

ジュッ、と油をひいた鉄板の上に、異世界の狼肉を乗せた瞬間――


「うわ、めっちゃいい匂い……!」


濃厚で力強い、だが嫌な臭みは一切ない。野性味と旨味が凝縮されたような香りが、狭い部屋を一瞬で満たした。


「これマジで食えるのか……?」


念のため火をしっかり通し、表面に焦げ目がついたところで皿に盛る。

フォークで小さく切って口に運ぶと――


「……うまっ」


驚きに目を見開いた。

筋肉質で噛み応えがあるのに、繊維はしっとりとしていてジューシー。

まるで赤ワインで煮込んだジビエのような深いコクと、微かに甘い後味が舌の奥に残る。


一口、また一口。気づけば、あっという間に食べ終えていた。


机の前で健太はぽかんとした表情を浮かべていた。


「……いや、マジで……これ食えるんだよな」


自分で焼いて、自分で食って、腹も壊してない。

むしろ体調は良くなってる気さえする。食後のだるさも眠気もない。何より、うまかった。


「ってことはさ……」


手元のフライパンに残った脂を見下ろして、健太はにやりと笑った。


「これから、食費ゼロじゃん」


声に出してみた瞬間、胸の奥がじわっと熱くなる。

働いてない今、月の支出の中で一番重たかったのが食費だった。

数百円のコンビニ弁当を買うのすらためらい、安い冷凍うどんやカップラーメンで数日を凌いだ日々。


「もう、あんな生活しなくていいんだ……」


小さく呟いた声に、思わず自分で苦笑した。

これくらいのことで?と誰かに笑われるかもしれない。けれど健太にとって、それは確かな“救い”だった。


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