私のメイドがVTuberになってたお話

たまやん

クール美人メイド×天然お嬢様! 秘密の配信から始まる、甘くてキケンな主従百合!

何を言ってるかわからないと思うが、私も何が起きているのかわからなかった。


私の名前は神風綾瀬、十五歳。

神風財閥の娘、いわゆる財閥令嬢ってやつ。

だけど、今の私はただの普通の女子高生。アパートで一人暮らしを満喫している。


なのに――


「それで〜!私のお嬢様が今日もまた最高に可愛くて〜!また今日も押し倒したい衝動を堪えたのを褒めて欲しい!!」


パソコンの画面に映るのは、紫髪の美少女メイドのLive2D。

その声は、間違いなくうちのメイド、ルー・S・ウォーレンだった。


……いや、待って?

うちのルーはクールで完璧主義、どこまでも冷静沈着なメイドさんのはず。

なのに、画面の中の彼女はテンション高く、言葉尻はハートを飛ばしている。


「お嬢様が可愛すぎて、今日も理性がギリギリでした〜!」

「落ち着いてw」「押し倒すなwww」などと盛り上がるチャット欄。


私は思わず頭を抱えた。


――数日前のことに話は遡る。



「ん?何だろう?」


アパートのチャイムが鳴る。何かネットで予約していたっけ、と首をかしげつつ、インターフォンのカメラを覗き込む。


そこに映っていたのは、見慣れたメイド服の美人――


「えっ!?ルー!?」


思わず声が出る。

実家にいた頃、毎日お世話してもらっていたメイドの姿。

急いで玄関を開けると、いつも無表情のルーが、ほんの少しだけ口元を緩めていた。


「お久しぶりです、お嬢様」


その声に、私は思わずルーに抱きついた。


「わぁ〜!久しぶり!ルー!今日はどうしてこんな所に!?」


ルーは静かに微笑んだ。


「ご主人様から、お嬢様が心配なので今後は近くでお世話をするよう賜ってまいりました」


「えっ!?お世話をって……助かるけど、まさか実家から通うの?遠いよ?」


「大丈夫です。隣の部屋を借りました。今後は色々身の回りのお世話を近くでさせていただきます」


お辞儀するルー。

私はちょっと呆れながらも、嬉しさが勝った。


「そうなんだ、正直過保護すぎるとは思うけどルーさん大好きだから会えるのは嬉しい!ありがとう!」


その瞬間、ルーが一瞬だけ固まった。

でも、すぐに表情を戻し、深々とお辞儀して隣の部屋へ帰っていった。


「今日は引越しの荷物で忙しいんだろうな……」


久しぶりに会ったメイドに、私はちょっとだけ懐かしい気持ちになった。


その夜。


何気なく動画配信サイトを眺めていると、メイド姿のVtuberのサムネイルが目に入った。

「今日はメイドをよく見る日だな……」と軽い気持ちでライブ配信を再生する。


「今日はですね〜!ついに念願のお嬢様と再会できたんですよ!」


画面の中で喜ぶメイド。

チャット欄には「ついにか」「おめでとう!」などのコメントが流れている。


そんな中、ひとつのチャットが流れた。


「お嬢様の存在って脳内設定じゃなかったのか」


「当たり前でしょうが!お嬢様はですね、私が新人の頃、彼女に火傷させてしまいクビになろうとした私を助けてくださった救世主、女神!神!」


熱く語るメイドVtuber。


「え……?」


私は思わず自分の左腕を見つめた。

火傷痕が、今も薄く残っている。


あの日、私はまだ八歳だった。

食事中、ルーが熱い紅茶をこぼしてしまい、私の腕にかかってしまった。

父と上司のメイドたちは怒り狂い、ルーは土下座して額を床に擦り付け、震えながら涙を流していた。


「私は大丈夫だし、一度の失敗でこれ以上責めないであげて。これ以上彼女を追い詰めるならパパのこと嫌いになっちゃう」


私は痛みを堪えながら、そう言った。

あの時のルーの表情は、今でも忘れられない。


「彼女が守ってくれたから私がいる。私は人生を賭けて彼女をお守りし尽くすと誓っているのです!そのためにご主人様を無理やり説得してなんとかお嬢様をまたお世話できる環境を手に入れたのです!!」


画面の中で熱く語るメイドVtuber。

チャット欄は「いや無理やりかいwww」「尊い」「ガチ勢すぎる」などと盛り上がっている。


私は息を呑んだ。


火傷の話、そしてこの声。

どう考えても、私のよく知るメイド――ルー・S・ウォーレン。


「これって……まさかルー?」


私は画面の中の美少女メイドと、隣の部屋にいるはずのルーの姿を重ねていた。


それからしばらく、画面の中のメイドVtuberは視聴者との雑談を続けた。


「今日もご主人様のこと、いっぱい考えちゃったな〜!」

「ルーちゃん、それは通常運転w」

「みんなも推しのこと考えてるでしょ?一緒一緒!」


コメント欄は相変わらずの盛り上がりを見せていたが、私の頭の中は混乱していた。


あのクールで冷静なルーが、こんなハイテンションで……?

いや、まさかね。声が似てるだけかもしれないし、火傷の話だって、たまたま似たような経験をした人がいるのかもしれない。

そう自分に言い聞かせながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。


翌朝。


ふわりと漂う、いい匂い。

何だろう、と目を開けると、まだ少し眠い頭でリビングへと向かう。


「おはようございます。お嬢様」


そこには、メイド服姿のルーが立っていた。

テーブルの上には、完璧にセッティングされた朝食が並んでいる。


「え!? あ、おはようルー。っていうか朝ごはん作ってくれたの!? ありがとう!」


驚きと嬉しさで、まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。


「ちょっと待っててね!」


急いで洗面所へ向かい、顔を洗い、歯を磨く。

鏡に映る自分の顔は、少しだけ緊張しているように見えた。


リビングに戻り、椅子に座る。


「いただきます」


「どうぞ、お召し上がりください」


ルーが淹れてくれた紅茶を一口飲む。

香り高く、完璧な温度。


「そういえば、鍵はどうしたの?」


ふと疑問に思い尋ねると、ルーは平然と答えた。


「旦那様――お父様から、合鍵をお預かりしております」


「……お父様も、事前に連絡くらいしてくれればいいのに」


思わずため息が漏れる。

過保護なのは知っていたけど、まさかここまでとは。


目の前の朝食に目を向ける。

ふわふわのオムレツ、焼き加減が絶妙なベーコン、彩り豊かなサラダ。


「うわぁ、やっぱりルーの作るご飯は美味しい!」


一口食べるごとに、幸せな気持ちが広がる。

実家にいた頃、毎日食べていた懐かしい味だ。


「恐縮です」


ルーは表情ひとつ変えず、かしこまって答える。

その姿は、やはり昨日の配信で見たハイテンションなVtuberとは結びつかない。

やっぱり、別人なんだ。そう思うと、少し安心した。


食事が終わり、食器を片付けようとすると、ルーが素早く動いた。


「私が片付けますので、お嬢様は学校の準備をされてください」


「ありがとう、ルー」


言葉に甘え、自室に戻って制服に着替える。

準備を終え、玄関へ向かうと、ルーが見送りに来てくれた。


「行ってきまーす!」


ドアを閉めながら、元気よく言う。


「ふふ、行ってきますなんて、久しぶりに言ったなぁ」


家に誰かがいる。その当たり前のことが、なんだかとても嬉しかった。



夕方、学校から帰ると、部屋はきれいに片付いており、洗濯物も畳まれていた。

どうやら、私が学校に行っている間にルーが全部やってくれたらしい。


晩御飯の時間になると、ルーは再び私の部屋へやってきて、手際よく料理を並べてくれた。


「いつもありがとう、ルー」


「もったいないお言葉です」


ルーは穏やかに微笑む。その笑顔は、どこか人形のように整っていて、感情が読みにくい。


美味しい晩御飯をいただき、お風呂の時間。

湯船に浸かっていると、ルーが遠慮がちに声をかけてきた。


「お嬢様、お背中をお流ししてもよろしいでしょうか」


「え? あ、うん。お願いしようかな」


少し戸惑いつつも、お願いする。

ルーは慣れた手つきで、丁寧に私の背中を洗ってくれた。

なんだか、くすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになる。


まさに、至れり尽くせりだ。

こんな生活、一人暮らしを始めてからは考えられなかった。


お風呂から上がり、部屋着に着替える。

隣の部屋へ帰ろうとするルーに、私は改めて声をかけた。


「ルー、本当にありがとう」


「私は私のやるべきお仕事を行っているだけですので、感謝はご不要ですよ?」


ルーは静かに答える。その声には、いつもの冷静さが宿っている。


「それでも、私はルーがいてくれて本当に感謝してるんだ。ありがとう!」


私は真っ直ぐにルーの目を見て、もう一度伝えた。

その瞬間、またルーが一瞬だけ固まったように見えた。


「……夜はまだ冷えますので、お気をつけてお休みください」


それだけ言うと、ルーは静かにお辞儀をして、部屋を出て行った。


一人になった部屋で、私はなんとなくパソコンを開いた。

気になって、あの動画配信サイトをチェックする。


すると――


例のメイドVtuberが、ちょうどライブ配信を開始したところだった。

画面には、昨日と同じ紫髪の美少女メイドが映っている。


「みんな、こんばんわ〜! 今日も来てくれてありがとね!」

「わこつ」「こんばんはー」とチャットが流れる。


そして、彼女は興奮した様子で語り始めた。


「今日はですね! 久しぶりに朝からお嬢様を起こしたんですけどぉ! 起こす前に布団に潜り込んで思いっきり抱き締めちゃいましたぁ!!」


……は?


「え?」


私は思わず声を出して、画面を凝視した。


「お嬢様ったら昔っから一度寝ると中々起きないので、添い寝して抱きしめて深呼吸しながら匂いを嗅いでたんですけど、なんであんなに良い匂いするんですかね? ひょっとして同じ生物じゃないのかもしれない」


画面の中のメイドさんは、Live2Dの顔を真剣な表情にして首をかしげている。

チャット欄は「なにそれ怖い」「お嬢様は精霊か何か?」「それはもう事案では」「匂いフェチktkr」といったコメントで溢れていた。


……添い寝? 匂いを嗅いでた?

私は自分の布団を振り返る。まさか、私が寝ている間にそんなことが……?

いやいや、そんなはずはない。きっとこれも、偶然の一致だ。


メイドさんの配信は続く。


「抱きしめてたら、そうだご飯を作りに来たんだ!と思い出して急いで朝ご飯を作ったんですけど、そしたらお嬢様が起きてきてご飯を食べてくれたんですよ~! で、『私の作るご飯は美味しい!』ってキラキラした笑顔で言ってくれたんですよ。もうね、お前を食べちゃうぞって感じですよね」


「お嬢様逃げて」「食べちゃうぞ(意味深)」「尊すぎて語彙力消失してるw」「メイドさんの愛が重い」というコメントが流れる。


……私のセリフまで、完全に一致している。

背筋がぞくりとした。偶然にしては、出来すぎている。


「で、ですよ。お嬢様が学校から帰ってきてお風呂に入られた時、これはチャンスだと思いまして」


そこで、メイドさんはわざとらしく言葉を切る。

コメント欄は「おい、続きは!?」「(;・`д・́)...ゴクリ」「待ってた」「風呂!? 風呂だと!?」と、期待感に満ちたコメントで埋め尽くされる。


そして、メイドさんは満面の笑みで叫んだ。


「お背中流しますって突入しちゃいましたぁああ!」


「通報しますた」「犯罪では……?」「いや同性だし普通」「同性でも心が邪すぎてだな」「詳細早く」「GJ!」「うおおおおおお!」と、コメント欄は賛否両論、大興奮の嵐だ。


私はもう、画面を見ているのが辛くなってきた。


「そしてバスチェアに座るお嬢様のお背中を見ながら洗わせていただいたんですが、もうね、奇跡。シミ一つ無い若く美しいお肌。余分な肉など無いシルエット。このお身体に私のような者が触れても大丈夫なのかと心配しながらお背中をスポンジで洗ったのですが、正直に言うと背中だけじゃなくてアレとかソコとかをスポンジなんか使わずこの手で念入りに洗って差し上げたかったですね、エッヘヘヘヘヘ」


ルールーさんは、何やら恐ろしいことを言いながら、怪しい笑い声を漏らしている。

コメント欄は「アウトォォォ!」「逮捕」「これはセクハラw」「おまわりさんこいつです」「もっとやれ」「そこまで言ったら最後まで言えよ!」と、さらにヒートアップしていた。


私は頭を抱えた。

今日の出来事が、一字一句違わぬレベルで語られている。

朝のこと、お風呂のこと……。


あのクールで、表情ひとつ変えずに完璧な仕事をこなすルーが、心のなかではこんなに……なんていうか、残念な感じだったなんて。

信じたくない。

でも、ここまで一致していると、もう偶然とは思えない。


それでも、まだどこかで「別人であってほしい」という気持ちが残っていた。

たまたま、私と似たような境遇のお嬢様を持つ、声が似ているメイドさんがいるだけかもしれない。

そう、きっとそうだ。


私は震える手でマウスを動かし、チャンネルの概要欄を確認する。

そこに書かれていたVtuberの名前は――


【ルールー】


……。


るーるー……。


……もう無理だよ! 多分きっと、絶対、ルーだよこの人!!


私は力なく机に突っ伏した。

これから、どんな顔してルーに会えばいいんだろう……。


翌朝、目が覚めると、昨日と同じようにキッチンからいい匂いが漂ってきた。

リビングへ向かうと、そこにはやはり、メイド服姿のルーが完璧な所作で朝食の準備をしていた。


「おはようございます、お嬢様」


昨日と同じ、涼やかな声。寸分の乱れもないお辞儀。

その姿は、昨晩配信で見たハイテンションなVtuber、ルールーさんとは到底結びつかない。


「お、おはよう、ルー……。ありがとう」


私はまだ少し混乱しながらも、席に着いた。

ルーが淹れてくれた紅茶は相変わらず完璧で、朝食も非の打ち所がない。

けれど、私の心は落ち着かなかった。

昨日の配信内容が、頭の中でぐるぐると回っている。

添い寝? 匂いを嗅いでた? アレとかソコとか洗いたかった?

……怖い。怖すぎる。


それでも、目の前のルーはあまりにも普段通りで、私の疑念が揺らぎそうになる。

もしかしたら、本当に別人なのかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、私は学校へと向かった。


授業中も、休み時間も、頭の中はルーとルールーさんのことでいっぱいだった。

クールなルー。ハイテンションなルールーさん。

同一人物だとしたら、あのギャップは何なんだろう。

そして、もし本当にルーなら、どうしてあんな配信を……?


考えれば考えるほど、分からなくなる。

帰り道、私は決意した。

もう、直接聞くしかない。


「ただいま〜」


少し緊張しながら、アパートのドアを開ける。


「おかえりなさいませ、お嬢様」


いつものように、ルーが穏やかな微笑みで出迎えてくれた。

その完璧な笑顔を見ると、また少しだけ躊躇してしまう。


ルーが私のカバンを受け取り、リビングへと向かう。

その背中に、私は意を決して声をかけた。


「ねえ、ルーに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


自分でも驚くほど、声が震えていた。


「何でしょうか?」


ルーが振り向く。その表情は、いつも通りの静かなものだ。

私はごくりと唾を飲み込み、切り出した。


「Vtuberの、ルールーって……知ってる?」


その瞬間、空気が凍った。

ルーの手から、私のカバンがドサッと音を立てて床に落ちる。

彼女の顔から、すっと血の気が引いていくのが分かった。

いつもクールで、表情をほとんど崩さないルーが、明らかに動揺している。

そんな顔、初めて見た。


ああ、やっぱり……。


疑惑は、確信へと変わった。


「Vtuber……? ど、どなたの事でしょうか……?」


掠れた声で、ルーは必死にとぼけようとする。

でも、その震える声と蒼白な顔色が、何よりの証拠だった。


私はスマホを取り出し、昨日のルールーさんの配信アーカイブを再生する。

画面から、あのハイテンションな声が響き渡った。


『お背中流しますって突入しちゃいましたぁああ!』


「この配信、昨日の私たちの過ごした生活と、まったく同じなんだよね。それに、この声……どう聞いても、ルーと同じだと思うんだけど」


私は静かに、けれど真っ直ぐにルーを見つめて言った。

ルーはガクガクと震え出し、今にも泣き出しそうな顔をしている。


その姿を見て、私はハッとした。

そうだ、私はルーを問い詰めたいわけじゃない。


「ご、ごめんなさい!」


私は思わず、震えるルーを抱きしめた。

華奢な体が、小刻みに震えている。


「違うの! 問い詰めたいとか、怒ってるとかじゃないの! ただ……どうしてルーがこんな配信をしてるのかなって。何か事情があって、悩んでるんじゃないかなって……心配なの!」


捲し立てるように言うと、腕の中のルーの震えが少しだけ収まった。


しばらくの沈黙の後、ルーはか細い声で、観念したように呟いた。


「はい、お嬢様……。この配信者は……わ、私です……」


やっぱり……。

私はそっと体を離し、涙ぐむルーを見つめた。

普段のクールさからは想像もつかない、弱々しい姿だった。


「どうして、こんな事を……?」


私の問いに、ルーは俯いたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。


「配信をご覧になられたと言うことは、すでにお気づきかと思いますが……私は……メイドとしてではなく、恋愛感情的な意味でも、お嬢様を……愛しております……」


「えっ!?」


予想外の告白に、私は思わず声を上げた。

顔が一気に熱くなるのが分かる。

心配はしていたけれど、まさかそんな理由だったとは……。


ルーは顔を上げられないまま、続ける。


「最初は、この気持ちを押し殺しておりました。メイドがお嬢様に、そのような感情を抱くなど許されないことですから……。ですが、気持ちは日に日に強くなるばかりで……。そして、お嬢様がご実家を出られてからは、もはや、耐えきれないものとなりました……」


彼女の声は、切実だった。


「抑えきれないこの気持ちを、どこかに発散しなければ、私は壊れてしまうかもしれない……そう思い、誰にも知られずに想いを吐き出せる場所として、Vtuberの『ルールー』となり、お嬢様への気持ちを配信で語ることで、なんとか精神の均衡を保っておりました。ですが……」


「ですが?」


「配信を続けるうちに、視聴者の方々から『一人暮らしなら、メイドとしてついていってお世話すればいいじゃないか』というコメントをいただくようになりまして……。その手があったか、と……。そして、いてもたってもいられなくなり、旦那様を説得し、こうして隣の部屋へ越してきた次第です……」


Vtuberになった経緯、そして、このアパートに来た理由。

全てが、私への歪んだ、しかし純粋な愛情からだった。


私はまだ赤くなっているであろう顔で、震える声で尋ねた。


「ど、どうして、そこまで私の事を……。その、す、すすす、好きなのかナ!?」


最後の方は、完全に声が裏返ってしまった。

ルーはゆっくりと顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見つめた。

その瞳は、涙で潤んでいたけれど、強い意志の光を宿していた。


「……私が、お嬢様に熱い紅茶をかけて、火傷を負わせてしまった、あの日……」


彼女は静かに語り始めた。


「私は、間違いなく、あの場で解雇され、家を追い出されていたはずです。当然の報いでした。ですが……お嬢様は、ご自身の火傷の痛みを隠して、私を許し、激昂する旦那様を説得してくださいました。『大丈夫だよ』と、私に……笑顔を向けてくださったのです」


ルーの声が、僅かに震える。


「あの日から……孤児で、家族も知らず、誰からも本当の意味で必要とされたことのなかった私の人生は、お嬢様、あなた様のためにあるのだと誓いました。最初は、命の恩人に対する深い敬愛の念でした。ですが、いつしかそれは……愛に変わっていたのです」


ルーは居住まいを正し、畳の上にきちんと正座した。

そして、真っ直ぐに私の顔を見つめて、凛とした声で言った。


「お嬢様、私は貴方を心の底から愛しております」

「……!」

「もしも許されるのならば、このまま貴方と一生を共に歩んでいきたい。ですが……もし、お嬢様がご不快に思われるならば、すぐにでもこの場から姿を消し、二度と貴方の前には現れないことを、ここに誓います」


その真剣な眼差し、整った佇まい、そして美しい顔。

私は思わず、見惚れてしまった。

普段のクールなルーも、配信中のハイテンションなルールーさんも、そして今、目の前で覚悟を決めた表情をしているルーも、全部……。


(あぁ……そうか。私、ずっと昔から……)


幼い頃、火傷を負った私を心配して泣いていたルー。

いつも完璧に私のお世話をしてくれたルー。

そして、配信で私のことを、少し恥ずかしいくらい熱く、でも嬉しそうに語っていたルールーさん。


戸惑いながらも、心の奥底では、あの「お嬢様」が自分のことだったらいいな、なんて思っていたのかもしれない。


(私も、ルーのことが……)


気づいてしまった自分の気持ちに、自然と笑みがこぼれる。

私は、へにゃっとした、多分しまりのない笑顔で答えた。


「私も、ルーのことが大好きだよ」


その瞬間、ルーの整った顔がくしゃりと歪んだ。

大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「……! あ、りがとう……ございますっ! ありがとうございます、お嬢様……!!」


ルーは泣きじゃくりながら、私に勢いよく抱きついてきた。

その勢いに少しよろけながらも、私は優しく彼女の背中を撫でた。


しばらくして、少し落ち着いたのか、ルーは涙を拭いながら私から体を離した。

まだ目は赤いけれど、その表情はとても晴れやかだった。


そこで、私はもう1つ気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえばさ、配信だと随分と喋り方というか、テンションが違うんだけど……あれは、一体何なの……?」


私の問いに、ルーは一瞬きょとんとした後、みるみる顔を赤らめた。


「あ、あれは……その……自分でも、あまり自覚はないのですが……。お嬢様のことを語り始めると、自然とテンションが上がってしまって、あのような……。お、お恥ずかしい限りです……」


俯いて、耳まで真っ赤になっているルー。

いつもクールな彼女の、初めて見る照れ顔。


「わぁ〜! ルー、可愛い!」


思わず、私はルーに飛びついて、ぎゅっと抱きしめた。

照れているルーが、新鮮で、愛おしくてたまらなかった。


しばらくの間、私はルーに抱きついたままだった。

すると、腕の中でルーが静かに口を開いた。


「……お嬢様」

「ん?」

「配信をご覧になられた、ということは……ご存知、なのですよね?」

「え? 何が?」

「私が……その……お嬢様が寝ている間に布団に潜り込んだり……お風呂場で、その、少々興奮していたことなども……」


静かな、けれどどこか含みのある声。

何か、嫌な予感がした。


「え? まぁ、はい……聞いたけど……」


私はそろりとルーから体を離そうとした。

しかし、次の瞬間、ルーの腕が私の背中にぐっと回り、強く引き寄せられた。

逃げられない。


「あっ、あの、ルー? どうしたの……?」


抜け出そうともがく私の耳元で、ルーは囁いた。

その声は、いつものクールな声でも配信中のハイテンションな声でもない、熱を帯びた、掠れた声だった。


「私の気持ちを……受け入れてくださった、ということは……」


吐息が耳にかかって、くすぐったい。

いや、それ以上に、ぞくぞくするような感覚が背筋を走る。


「私の、この……抑えきれない、熱い欲望も……受け入れてくださる、ということ……ですよね?」


荒い息遣いが、すぐそばで聞こえる。

ルーの瞳が、潤んで、妖しく光っているように見えた。


「あ、あの、ちょっと待ってルー! 話せばわかる! いや、違うそういう意味じゃなくて! いや、ちょっと、どこ触って……! ルー! ルーーーー!?」


主従関係から始まったメイドと財閥令嬢は、この日、新たな関係へと変わった。

それはきっと、幸せな未来へと繋がっていく……はずだ。


二人の夜は、まだ始まったばかりだ。

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