流水
増田朋美
流水
その日も晴れたかなと思われたらまたくもるという、変な天気の日であった。それではいつまで経っても気が晴れないという人がとても多く、中には体調を崩してしまう人もいる。そんな中で、様々な人を相手に、様々な職業の人が動いている世の中でもある。
その日、梅木武治さんことレッシーさんのところへ、伊能蘭が来訪していた。
「一体何ですか。こんなときに、蘭さんが何のようでしょうか?」
梅木さんは、彼を部屋へ招き入れながら言った。
「すぐわかりますよ。うちのお客さんで新しい事業を始めたいと言っている人がいて、彼女が協力者を探しているものですから、それであなたもなってもらえないかなと思いまして。」
蘭は、お茶を飲みながらそういったのであった。
「協力って何ですか?」
梅木さんがそう言うと、
「実はですね。そのお客さんが学生の支援事業を始めたいと言ってるんです。幸い今の法律では、教員でなくても支援員として学校で働くことはできますよね。なので、レッシーさんにもぜひ恵まれない生徒の話を聞いてあげてほしいんですよ。」
蘭はすぐに言った。
「しかしながら僕は、持っているのはあはき師の資格だけで、保育士の資格も、教員免許も持っておりません。なので、他の人をあたってください。」
梅木さんがそう言うと、
「でもレッシーさんは一応東大なんですよね?」
蘭はそういうのであった。
「それが何の役に立つと言うのですか。東大と言っても、歩ける人が東大に行ったのと、僕みたいに歩けない人間が東大に行くのとでは立場が違いますよ。歩けない人間は東大に行ったとしても、本当にそうなのか信じてもらえないこともしばしばです。役に立つことはまるでありません。」
梅木さんがそう言うと、
「それがすごいところではありませんか。東大出ても、歩けないがために鼻で笑われるところを、生徒さんたちに聞かせてあげたら、生徒さんも、世の中は自分の思い通りにならないんだって行ってくれる大人がいるんだって、安心すると思いますよ。」
蘭はとてもうれしそうに言った。
「しかし、それにしてもそういうところで働くには無理だと思います。僕は、先程もいいましたが、教員免許もないのですから、他に教える資格はないのですよ。」
「大丈夫大丈夫。むしろない方が光栄ですよ。体さえ健康であれば何でもやっていけるってことを、生徒さんに教えてあげられるじゃないですか。場所は、富士宮市の芝川の方です。身延線で芝川駅で降りるか、富士宮駅から宮バスで尾崎というところで降りてくれればすぐですから。バス代はたったの200円で、僕やレッシーさんのように歩けない人は、100円でOKです。」
蘭は笑いながら言った。
「何ていう施設を訪問するのかも聞いてないですよ。」
梅木さんがそう言うと、
「はい。ロータス学園です。ロータスの木から取った名前らしいです。学校で傷ついた生徒さんが学び直す施設ですよ。」
蘭は、すぐに言った。
「つまるところ、通信制の高校みたいな感じですか。」
梅木さんが聞くと、
「まあそれに近いですが、一般にいう、大学進学がすべてという施設ではございません。」
蘭は答えた。梅木さんは少し考えて、
「そうですか。僕がその仕事を勤められるかわかりませんが、一応、行くだけ行ってみますよ。まあ、あくまでも教育にまつわる資格は何もないのですが、それでもよろしければ。」
「そうですか。交渉成立ですね。そういうことなら僕、ロータス学園の理事長に連絡してみます。」
梅木さんがそう言うと、蘭はとてもうれしそうに言った。
数日後、ロータス学園の昭島という人から連絡を受けた梅木さんは、タクシーで富士駅まで行き、身延線に乗って富士宮駅まで行った。そして、駅の待合室を通り抜けて、芝川方面行のバスに乗らせてもらう。バスは、一時間に一本しかないため、かなり長く待たなければならなかったが、ようやくやってきたバスに乗せてもらい、尾崎という停留所でおろしてもらう。バスに乗るのは数分で良かったが、待つのに長く時間がかかり、一時間以上かかってしまった。
尾崎のバス停から、ロータス学園はすぐだった。というのは青い屋根の建物という説明を受けていたためであり、それですぐに見つけられたのである。それにしても、学校という感じではなく、一軒家を少し大きくしたような感じだった。でも玄関ドアの近くに、「フリースペースロータス学園」
という看板があったから間違いはなかった。
「すみません。梅木です。今日からこちらでお世話になります。」
梅木さんは玄関ドアを叩くと、
「はいどうぞお入りください。」
中年の女性の声がした。
「彫たつ先生から連絡をもらいました。理事長の昭島です。昭島敦子、よろしくお願いします。」
そう言って女性は名刺を梅木さんに見せた。
「ごめんなさい。名刺も何も持っていません。」
梅木さんがそう言うと、
「そうですか。それは気にしないでいいですよ。それでは早速教室へ来ていただきますか?担当する生徒さんに話したら、とても喜んでいました。」
理事長の昭島先生は、梅木さんを小さな部屋へ連れて行った。そこには個別の机と椅子が3つ置かれていて、制服を来た3人の女性が、教員からなにか説明を受けていた。
「あの生徒さんなんです。」
昭島先生は、一番はしの机に座って教科書を眺めている女性を指さした。
「彼女なんですけどね。名前は、杉山としえさん。年齢は現役の高校生と同じ18歳なんですけど。」
梅木さんはその助成を観察した。
「まだ勉強の方は、中学校時代の勉強もできてなくて、軽いうつ病という診断も受けています。まずは彼女の話し相手になって、彼女の心の傷を癒やしてあげてください。」
昭島先生は、梅木さんを杉山敏江さんの方へ連れて行った。
「杉山さん。」
彼女は返事をしなかった。
「今日から、あなたを担当してくれる支援員の梅木武治さんです。もしなにか辛いことがあるようでしたら、何でも話してください。」
そう言って昭島先生は教室を出ていってしまった。あとは勉強をしている生徒さんと教師が残った。みんな勉強をしているが、杉山敏江さんの居るところは、特別な空間のような気がした。
「梅木です。どこまで役に立つかわからないですけど、よろしくお願いします。」
梅木さんがそう彼女にいうと、彼女は梅木さんを観察するように見た。
「どうしたんですか。車椅子の人間出ないほうが良かったとか?」
「いえ、先生はどっちかと思って。私の敵かな、味方かな?」
杉山さんはなにか警戒しているようだ。
「先生じゃありませんよ。勉強を教えるというより僕は支援員ですから。なにか困っていることや欲しいものはありますか?」
「私の質問には答えてくれないんですね。私の敵なのか、味方なのか、それを聞きたかったのに。」
「すみません。」
と梅木さんは言った。
「質問に答えますね。僕は紛れもなくあなたの味方です。だから隠さずに、ご自身の気持ちを話してくれて大丈夫です。」
「そうですか!」
意外そうに彼女は答えた。
「お優しいんですね。私に謝ってくれるなんて。みんな私が、杉山亜紀の娘だというと、途端に態度を変えるんですが。」
杉山亜紀。聞いたことのある名前だと梅木さんは思った。でもその人物が何なのか、梅木さんは思い出すことはできなかった。
「そうですか。あいにく僕はテレビをあまり見ないし、新聞も読まないので、有名人のニュースはほとんど知りません。」
梅木さんは正直に答えると、
「そうなんですか。じゃあ、本当に私の味方ですね。今までの人は私が母の名前を出すと、逃げていってしまうので信用できなかったんです。良かった。そういう人がいてくれて。」
杉山敏江さんはそう答えた。
「それなら今度は僕の質問に答えてください。なにか困っていることや、欲しいものはありますか?」
梅木さんが改めてそう聞くと、
「欲しいものはこれと言ってありませんが、のぞみが叶うとしたら、杉山亜紀の娘ではなくて、別の人間としてみてほしいんです。前の学校の先生は私が成績が悪いとお母様に苦労させて何やってるんだとか、そういうことばっかり言ってました。だから、勉強をする気にもならなくなったんです。」
と、杉山敏江さんは言った。
「そうですか。前の学校はどんなところでしたか?」
梅木さんが聞くと、
「ええ。大学へ進学するための予備校みたいな感じでした。非常勤の先生が時々来るんですが、母と同じ学校へ進学したので、その先生方が、みんな母のことを知っていて、なにかにつけて私と母を比較するんです。」
と、敏江さんは言った。
「そうですか。お母様はかなり有名だったのですね。」
梅木さんがそう言うと、
「はい。そればかり言われるものですから、もう何もかも嫌になりまして、それで一日引きこもるようになりました。それでは見てくれが悪いと言って母が私をこの学校に通わせているのですが、もう勉強なんかやる気を失くしました。」
それでうつ病と呼ばれるようになったのだと梅木さんは思った。
「嫌ですよね。私の場合、いつでもどこでも何をするにも母の顔がそこにあるんです。かといってそばにいてくれるわけでもないし、仕事でいつも不在だから、余計に嫌になるんです。」
敏江さんはまだその話を続けるらしかった。それではなんとかしなければならないなと思った梅木さんは、こう切り出してみた。
「そうですか。とりあえず、お母様の話は今は捨てましょう。それよりもあなたの進路の話をしなくちゃ。あなたは、なにかやってみたいことや、学んでみたいことはありますか?」
「それもわかりません。」
敏江さんは梅木さんの質問にそういった。
「できることなら、もう生きているのは嫌かな。生きていたって私は、ろくなことがないでしょうから。それに、何も自分の特技もないし、何もできないだめな人間なんですよ、私は。」
「そうですか。一つ提案があるんですが、あなたは現在、ここのロータス学園に来ていらっしゃるわけですから、ここには学ぶ材料もあるし、親切な方もいっぱいいる。それならここでやれることを精一杯やったらどうでしょう。」
梅木さんは、そう敏江さんに言った。
「そうですね。でももう時間切れで。病気にもなってしまったし、今更。」
敏江さんがそう言うと、
「いいえ、学ぶことに年も病気も関係ありません。大事なのはあなたが学びたいという気持ちです。それがあれば、人生はいつでもスタートできますよ。」
梅木さんはにこやかに言った。
「でももう。」
敏江さんがそう返すと、
「いえ大丈夫です。新しいことを始めるのに、若いも年寄りも関係ないと日野原重明先生の本で読んだことがあります。その先生が言うのですから、間違いはありません。」
梅木さんは具体的な例を出しながら言った。
「そうですか。今までの支援員さんとはなんとなく違いますね。車椅子さんだからかな?いずれにしてもまた違う展開が始まるのかな?」
「ええ。定期的に、こちらにはこさせていただきますから、その時お互い良いことを話し合う約束をしませんか。そうすれば、毎日も楽しくなるかもしれません。」
戸惑うように答える敏江さんに梅木さんはすぐ言った。敏江さんは少し考えて、
「わかりました。良いことを見つけられるように頑張ります。」
「気張らなくていいんですよ。小さなことで結構ですから、なにか見つけてください。」
二人は約束を交わしたのであった。
その日から、梅木さんは支援員として定期的にロータス学園を訪問するようになった。杉山敏江さんは、彼のことを信頼できる人だと思ってくれたらしく、様々なことを話してくれるようになった。でも、勉強のことになると、口をつぐんでしまうのである。
その日、梅木さんは理事長に呼び出された。なんだろうと思ったら、杉山敏江さんに、勉強しようという意欲を持たせてくれと言われた。上の人は、不可能というか、難しいことを平気で言うもんだなと、梅木さんは思った。命令は命令であるから、必ず実現しなければならないが、それも難しそうだ。どうすれば良いものかと、梅木さんは考えながら教室へ行ってみた。
「こんにちは。支援員さん。」
杉山敏江さんが声をかけてきた。
「は、はい。」
梅木さんはとりあえず答える。
「今日は、支援員さんに見せたいものがあって。支援員さんはお花が好きでしょう。今日ね、素敵なお花屋さんを見つけたの。だから、教えてあげる。」
敏江さんはそう嬉しそうに言うが、梅木さんは、彼女に大好きなお花の話から、勉強させる話に持っていかなければならないと考え直した。どうしようかと思いながら、
「そうなんですか。本当にお花が好きなんですね。じゃあお花は何が好きなのか、教えてもらえませんか?」
と話を切り出した。
「はい、私が好きなお花は、梅が好きです。」
敏江さんは答える。
「そうですか。じゃあこんな逸話を教えてあげましょうか。清涼殿の梅の木がじゃまになって、切り倒そうとして、公卿みんなで議論していたところ、紀貫之という人が、この木に来る小鳥たちはどうしたらいいのかと発言して、梅の木を切り倒すのを辞めさせたことがあったそうです。」
「そうですか。私は、そんなの興味ないわ。どうせ、助詞がどうのとか、助動詞がどうのとか、そっちへ持っていくんでしょう。なんて、つまらないことでしょう。」
敏江さんは嫌そうに言った。
「でも私、清涼殿には行ってみたいなあ。なんか現実離れして、のんびりした生活が送れそう。」
「そうですね。確かに、平安時代は、今に比べたら、のんびりしていた時代ですからね。」
梅木さんがそう言うと、
「できることなら、そんな時代に行ってみたいですね。そんなことを体験できる絵や音楽やそんなのがあればやってみたいなあ。」
敏江さんは言った。
「楽器を?」
梅木さんはその言葉を繰り返した。
「そうよ。私、漫画で読んだことがあるんだけど、主人公が琴という楽器を弾いているところが本当にかっこよかったのよ。それで平安時代の楽器に憧れているわけ。」
と、敏江さんは答える。
「わかりました。そういうことなら、僕が持っていきます。琴はうちに一面ありますので。箏じゃなくて、琴の方ですよね。僕も子供の頃に習っていましたから。」
と、梅木さんはしたり顔で答える。
「本当?持ってきてくれるの?」
敏江さんが驚いて言うと、
「はい。うちにありますので持って来ます。楽しみにしていてください。」
梅木さんはそういったのであった。
翌日、梅木さんは、琴を持って、ロータス学園に言った。理事長や他の教師は変な顔をしていたが、梅木さんは平気であった。敏江さんの前で琴のケースを開けると、
「わあすごい、こんな楽器初めてみた!」
と、敏江さんは嬉しそうに言った。
「弾く原理は単純です。左手で絃を抑えて音程を作り、右手で絃を弾いて弾きます。こういうふうに。」
梅木さんはそう言って、敏江さんの手を絃におき、右手で弾かせた。
「へえ、こんな音がするんですか。もっと線が細い音がするのかなと思ってたんですけど、こんな低い音であるとは思わなかったわ。なんか、エレキベースみたい。」
敏江さんはとても嬉しそうである。
「支援員さん、これで一曲弾いてくださいよ。名曲があったら聞いてみたいのよ。」
「わかりました。」
梅木さんは、そう言って琴を受け取り、流水という曲を弾き始めた。流水と言う曲は、宇宙船にも搭載されている琴の名曲である。
「本当にお上手ですね。そんな曲があったとは私も知りませんでした。先生、そういうことなら私にも一曲教えてくれませんか。どんな曲でもいいですから。」
梅木さんの演奏を聞いて敏江さんは言うのであった。
「わかりました。じゃあ、入門的にキラキラ星でも弾いて見ましょうか。こういうふうに、絃を弾いてみてください。」
梅木さんが手本を見せると、敏江さんはその通りにした。すぐにキラキラ星を弾いてしまうのであった。そうなると、彼女は頭が悪いわけではなさそうだ。琴という楽器は、菅原道真みたいな、頭の良い公卿が、学んだこともある楽器でもあるからだ。
「上手ですね、ほかの曲も弾ける可能性もありますね。それでは、琴という楽器がどこで使われたのか教えましょうか。この楽器は平安時代、皇族や貴族などが、演奏していたものです。その現場は見ることはできませんが、文献で見ることはできます。その本を読んでみませんか。」
梅木さんはそう言って一冊の本を出した。敏江さんは嬉しそうに本を読んでみるが、
「これじゃあ、なんて書いてあるのか、全くわかりませんね。」
と言った。
「そうですか。その本を読んでみたいと思いますか?」
梅木さんが敏江さんに聞くと、
「せっかく、琴という楽器の音を聞かせていただいたわけですし、本を読んでみたいと思いますが、でも勉強は!」
と、彼女は答える。
「それなら、こう考えたらどうでしょう。この本を読めるようになるために、勉強をするんです。そうすれば、この本が読めるようになります。どうでしょうか、読むために勉強してみませんか?」
梅木さんは、そう彼女に提案すると、
「そうか、そのために勉強をすると考えればいいのか。勉強なんて親を喜ばすため、順位を獲得して、教師を喜ばせるためだけのものだと思ってたけど、そうじゃないんですね。あたしのためでもあるんだ。やっとわかりました。ありがとうございます。」
と、敏江さんは、頭を下げた。これで目的ができたと思ってくれたのだろうか。敏江さんは、一生懸命勉強するようになったのである。
それからしばらくしてロータス学園に、一人の女声がやってきた。
「杉山亜紀さんですか。」
昭島理事長はその女性に言った。
「敏江さんはとても良く勉強をしてくれて良い生徒さんになりましたよ。」
「そうですか。今日は敏江を退学させるために来ました。もうこちらではお世話になりましたから、これからは私が敏江の世話をします。」
そう言って、杉山亜紀さんは封筒をドスンと置いた。
「これだけ授業料を払えば納得してくれますよね。敏江も、ここで十分リフレッシュできたでしょうから、これからは受験勉強をしっかりさせます。本当にありがとうございました。」
「でも敏江さんは、今一生懸命古文の勉強をしているんです。それをあなたが邪魔するのは?」
「邪魔なんかしていません。私達は日本の邦楽を背負って立つ人間です。私の教室を継がせるためにも、敏江には、東京藝術大学へ行ってもらわないと困るのです。そうでないと、日本の邦楽は後継者が不在のため消滅せざるを得なくなる。それでは、だめなんですよ。」
杉山亜紀さんはきつく言った。
「でも敏江さんは敏江さんです。あなたの持ち物ではありません。彼女は新しく入ってくれた支援員さんと一緒に琴を楽しく学んでいて、それで新しく古文を勉強するきっかけを作ってくれました。」
昭島理事長がそう言うと、
「な、なんですって!」
杉山亜紀さんは怒鳴った。
「私の許可もないのに、他の楽器をやっているのですか!すぐ辞めさせてください。あの子には、箏以外やらせてはならないのです!」
「しかし、敏江さんはあなたのものでは。」
昭島理事長はそう言うが、
「理事長先生。あたしがどれだけこちらに寄付してきたかおわかりになりますか。もし敏江に琴という楽器を仕込むのであれば、今までの援助はすべて打ち切らせていただきます!」
と杉山亜紀さんは言った。
「それでは理事長先生、ありがとうございました。」
何も言えなくなっている昭島理事長に、杉山亜紀さんは、そうきつく言ったのであった。
「お話ってなんですか?」
蘭は、梅木武治さんに聞いてみた。
「いやあねえ。あの支援員の仕事ですが、もう首になりました。」
「首?」
梅木さんの言葉に、蘭は驚いてそういうと、
「はい。なんでも有名な邦楽家の娘さんをたぶらかせて、勉強をするのをたぶらかせたというのです。まあ、仕方ないですね。」
「だけど、レッシーさんは何も悪いことはしてないんですよね。それなのにどうして首になったんです?」
蘭はそう尋ねたのであるが、
「だって仕方ないじゃないですか。日本の規則ではそうなっているんですから。」
と、梅木さんは言った。
「全く良くわかりませんね。そうなると、また刺青の世話になる客が増えるなあ。なんでこういうところで良い人が切り離されてしまうのでしょうか。」
蘭はそういうのであるが、
「まあ、今回は不運の仕事だと思って諦めるんですね。」
梅木さんはそういったのであった。
流水 増田朋美 @masubuchi4996
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