第7話
双眼鏡を覗くと、街の景色が見えた。俺はびっくりして双眼鏡をいったん顔から離す。双眼鏡の先には地図があったが、さきほど覗いたような景色は無かった。俺は気を取り直してもう一度双眼鏡を覗く。するとやはり街の景色が見える。俺はもう一度双眼鏡を外す。どうやら、目の前の地図をこの双眼鏡で見ると、街の景色が見えるらしいことがわかった。俺はその地図に近づき、まじまじとその紙面を見るが、ただの紙でできた地図でしかなかった。指で地図の道路をなぞってみるが、凹凸もなく滑らかでさっき見た街の景色が広がるようには見えなかった。これは新手のデジタルデバイスか何かだろうと結論付けた俺は再び地図から少し離れて、双眼鏡で地図を覗いてみることにした。
双眼鏡で覗く街の景色は暗くなっていて、夜の街並みという具合だったが、不思議とその街を歩いている人間の姿はくっきりと確認することができた。雨は止んでいて塗れたアスファルトの地面が街頭や車のライトに反射して見える。双眼鏡で街を見ていると、見覚えのあるビルが映った。そのビルはどうやら俺が今いるビルのようだった。俺はそのビルを起点にして周辺の様子を伺うことにする。繁華街に入っていき、行きかう街の人々を見ていた。小さく動くそれらはゲームのオブジェクトのような質感があったが、まるで生きているかのようにリアルに動いているのであった。車もよくできていて、繁華街のはずれの通りにはライトを点けた車が行きかっている。
繁華街の様子をしばらく伺っていると俺は「あ!」と声を上げた。さっきの俺と喧嘩をした二人組が歩いているのが見えた。俺はその二人の姿を見るとムカムカと怒りが燃えてきて、その怒りで雨で濡れた身体を乾かすほどであった。
「野郎!」
俺は双眼鏡をテーブルの上に叩きつけると、その部屋から出て繁華街に向かう。外の雨は止んでいた。足を引きずりながら怒りに身を任せてさっき見た繁華街の中ほどの場所まで行くと、コンビニの前でさきほどの二人が缶コーヒーを飲みながら談笑しているのが見えた。俺はゆっくりとその二人の死角から近づいていき、いよいよ手が届きそうになったその瞬間に、「おい!」と男達を怒鳴りつけた。男達がこっちを振り向くと、その一人にパンチをお見舞いした。すると残りの男がこっちを睨み「またてめーか!」と悪態をつくと、俺とその男はつかみ合いの取っ組み合いになった。足の調子が悪かった俺は相手に引きずり倒されて、アスファルトの地面に倒れてしまい、その男から再び蹴りを貰った。俺が不意打ちでパンチを浴びせた男も倒れていたところから立ち上がり「てめえ!」と俺に蹴りを浴びせる。俺は立ち上がろうとするが、足が言うことを利かなくなっていて、このままで殺されると言う危機感から男の一人の両目に目つぶしを浴びせた。男は顔を覆って背を丸くし、残りの一人の男は背を丸くした男を気遣う様子を見せたが、俺はその隙にその場から去ることにした。男たちがしばらくして俺を追いかけようとしてきたが、その時にちょうど警官が通りかかり、男たちは逃げていった。俺も警官から遠ざかるように足を引きずってその場を後にする。
双眼鏡のビルまで戻ってきた俺は、再び例の部屋に入り、扉を閉める。身体の打撲がずきずきと痛む中、テーブルの上にはまだ双眼鏡があった。
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