村崎と目白 Ⅰ

 金曜日の放課後。アロンと深い関係になりたいのは明らかだが、そのくせ攻めあぐねている良子を見かね、大塚と河原が放課後を共にするよう煽ってきた。

「アロン君、お得意のシーサイドモールを案内してあげたら?」

 大塚は面白くなって簡単に言ったが、発言後、アロンと良子の間に流れた、緊迫どころか殺伐とした空気を瞬時に感じ取った。軽率さを悔いて浅尾に縋るも、浅尾はどうとも取れない笑みで返した。

 特に慌てたのは良子で、相変わらず爆発しそうなほど赤面しては、

「そそそそれは逢引きになるのではないでしょうか⁉」

 と、眼球がグルグルするほどの情緒。

「じゃあ私たちもついていく?」

「だ、駄目だよ! 部活あるんだよ?」

 河原が軽く言うも、雰囲気の緩い写真部とはいえ真面目なため、齋藤が慌てて止めた。

「それなら」

 一時は膠着するも、このような場合に沈黙を破るのはいつも浅尾となっている。

「ドロシーちゃんも誘ってあげたら? どうしても二人きりが良いなら話は別だけどね」

 浅尾は独特のルーズさに打開の光を交え、次を選べずにいるアロンと良子にウインクした。

「決めるのは二人。私はバイト、みんなは部活があるから、あとはご自由にって感じで」

 二人で選択できる方向へ誘導してみせた浅尾。アロンは流石だと感心させられる。

 ここまで来て良子に恥をかかせるわけにもいかないうえ、良子が普通の女子である印象を(自身に)植え付けるには、ホームであるシーサイドモールを練り歩くのも良い案に思える。案内なら最近やって、慣れているのだし。

 腹を括り、後ろの席に着く良子を真っ直ぐ見つめる。

「どうかな、櫛名さん。ドロシーも連れて適当に」

 良子はもじもじしたが、やがて強く頷いた。二人を見つめる浅尾たちの視線は生温かいものだった。

(二人きりはまだ早いけど、ドロシーがいるなら大丈夫かな)

 残る懸念は学校からモールへ移るまでの間だ。不意に腕を引っ張られて人気のない場所で豹変されるようなことが起きなければいいが……と、不安に襲われ、アロンは非難を浴びることになろうともカードを切ることにした。

「村崎と目白」

 聞き耳を立てていた二人がじろりとアロンを見る。

「二人にもついてきてもらおう」

「「何で⁉」」

 驚愕したのは良子と大塚。河原と齋藤は首を捻り、浅尾の笑みはまるで貼り付けたもののよう。

「二人きりだと変な噂が立って良子さんが苦労することになる。転校して間もないのに、卍田市を歩き辛くなったら困るだろうからね。あくまでモールに着くまで。ドロシーと合流したらもう帰っていいですよ」

「いや、三馬鹿と歩いてるだけで違う噂が立つと――」

「よし来た」

「任されよ」

「何で乗り気⁉」

 大塚のツッコミが響く中、一つやり返すことに成功し、したり顔を見せるアロンに良子は歯軋りした。


 モールに到着し、二馬鹿とドロシーが入れ替わった途端、アロンは重責を果たしたような達成感に浸かれた。ドロシーに会うだけで胸が温かくなるのは常だが、どうやら良子も同じらしく、ホッと息を吐いていた。

 ドロシーと良子の関係は良好となっている。家にやってきた際、何ともなく帰ってきたドロシーを交え、流行りのコメディ映画を見て、夕食も共にしたため、少なくとも二馬鹿よりは付き合いやすい相手となっているだろう。

「良子! 良子! あそこのクレープは絶品なのだぞ!」

「行きますから! 引っ張らないで下さーい!」

 フードコートに入るや否や、二人は女子学生が列を為すクレープ屋に紛れていった。

 一度は果たし合った二人が姉妹のように仲睦まじい関係になったことを喜ぶアロン。列に並ぶ二人がこちらを振り向いた際は、

「父親ってこんな感じなのかな」

 と、微笑みもしたが。

 ふと気になり、その点を窺った。

 つい先程までドロシーといがみ合っていた村崎と、ドロシーの前に片膝を突いていた目白は、入り口付近の席で一服していたはず。

 だが、彼らの姿はもうそこになかった。


「なあ、もしかして俺たちはダシに使われたのか?」

「村崎よ、気付いていなかったのか?」

「マジかよ。何かムカついてきた」

「私としては本望よ。ドロシー殿の贄となり、この身が尽きるのならば」

「お前もアロンもゾッコンなわけだ。ロリコンじゃねぇの?」

 一服していた時の二人はこのようなものだった。

 目白はこのままめいど♡ふぃっしゅに向かうと言うが、村崎はMサイズのコーラを飲み干したら退散するつもりでいた。

「何だあれ。彼氏ってより親父だな」

「うむ」

 二人は率先して席を取る悪友を眺めて失笑した。

 ここでは持て余すほどの鋭い勘を持ち合わせている村崎と目白だが、しかし……。


「村崎快君と目白莫君」


 自分たちの背後に誰かがいることに気付かなかった。

 ゾッとした二人は反射的に背後を振り返った。富豪の雰囲気を醸す白基調のスーツに茶色いサングラスを合わせた男が忽然と佇んでいた。

「誰だあんた?」

 眉を歪める村崎。彼に睨まれたら普通はたじろぐが、この男は不敵な笑みを絶やさない。それにより村崎こそ男への警戒を強めた。

「私を知らない? そんな非常識な奴が彼の友人だなんて」

「答えろよハゲ」

「これはいけない。非常に低能で、要するに不安なんだな。彼が面白いのだから、取り巻く者たちも面白いと期待していたが、そんなこともないようだ」

「何者か存じぬが、村崎と一緒くたにされるのは心外だ」

「豚が主張するなよ」

 しばらく無言の睨み合いが続いた。当の彼らは気を切らさなかったものの、周囲を行き交う人々こそ不穏な空気に参って敬遠していく。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あそこ、蝋木亜路君といる二人の少女が何者か教えてくれないかな?」

「何で答えると思ってんだ?」

 ミスターラジオは舌打ちした。

「タコ脚を殺す力を持つ少女が現れたと思ったら、また新たな少女。確かドロシーと櫛名良子だっけ? 彼女らが卍田市の人間ではないのは知っているけど、一体どういった繋がりなのだろうか」

 引っ掛かる部分があるも、村崎はこれ以上付き合うと制限を解かざるを得なくなると自制し、コーラを飲み干して立った。

「行くぞ」

 目白も言外で同意。

「おいおいおい!」

 それでもミスターラジオは懲りず、村崎の肩を掴んだ。村崎はそこで限界に達し、これまでとは比べ物にならない喧嘩師の貌に化けた。

「村崎、せめて場所を変えるべきだ」

 制されて目白にも腹を立てたが、スーッと息を吸って堪える。

「そうだな」

 村崎は手を払い、再度の変貌。こうなってはもう誰にも止められない。

「おう、おっさん。ついてきたら答えてやるかもな」

 村崎は踵を返し、目白もそれに続く。ミスターラジオは奇怪に笑んでいた。

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