魔人乱舞 Ⅱ

 良子も追って飛び降りた。

 躊躇いのない少女たちに続けず、その場で立ち尽くすアロン。沈黙に帰った半壊の教室で、弾む胸を押さえていた。

 ドロシーと良子の戦いにおいて、自分にできることは何もない。ここでジッとしていることが最もドロシーの足を引っ張らずに済むだろう。

 それでも気掛かりが残っている。アロンは震える脚を懸命に動かし、無事な窓から校庭を見下ろした。

 三階から落ちたことなど些事として、少女たちが殺意を帯びた目で睨み合っていた。

(ドロシーが校庭に飛び降りたのは)

 踵を返して廊下へ駆けた。もう何度目か分からない全力疾走。胸と両脚が悲鳴を上げていても、構わず昇降口を目指した。

「閉まってたら壊すしかない!」

 器物損害の罪悪ではなく、予想が当たった場合、ドロシーに対する裏切りの罪悪に胸を締め付けられそうだと、アロンは失笑。昇降口に着き、玄関の鍵が開いているのを確かめると、また異なる女性の顔が浮かんだが。


 開けた空間ではなく、教室のように限られた空間での戦闘こそが有利だと承知していた。

 良子の侍らすタコ脚は、何と六本から二十本へと数を増している。そのうえ開けた空間であるからには自由自在の暴れ放題。『七匹ノ悪魔』を相手に数の有利と個のうねりで相対し、表情から余裕を奪っている。

 ドロシーの大斧がタコ脚を一本断つ隙に他が襲い来る。二分されたタコ脚もしばらくすれば動き出し、くっついて復活する。

 ジリ貧の戦いにドロシーは舌打ち。一先ず間を置くために後ろへ跳躍、ブーツをすり減らしてブレーキを掛けるも、勢い余って膝を汚す。

 この場において唯一人、優雅な良子も二十本の下僕を自分の傍に戻した。規格外の『七匹ノ悪魔』を相手に優勢でいる良子は、対照的に服装を一切汚すことなく佇んでいる。

 しかし、それで浮かれるはずもなく、むしろ不可解に頭を悩ませていた。

「どうしたのですか? どうしてもっと大きな魔力を使わないのです?」

「……」

「別に、絶対に勝てるとは思っていません。あなたたち『七匹ノ悪魔』には秘めたる力があるのを知っていますから」

「娘、何故そこまで私たちに詳しいのだ」

「教えていただいただけです。あなたと同じ格の方から」

「あのデカブツにか?」

「いいえ。ほら」

 良子が指差したのは、夜の校舎で一箇所だけ光を放っているところ。保健室だった。しかし、ドロシーが首を傾げると、良子は戸惑いながら人差し指を萎えさせた。

「まさか、知らなかったのですか? この人間界、この卍田市には『七匹ノ悪魔』が三体存在していることを」

「知らん! それに我が同罪の冒涜者を除き、お前のように詳しい人間がいるのもいま知った!」

「そうですか。実真先生の『擬態』はそれほどなのですね……って、どうざいのぼうとくしゃ?」

「さっきの不敬な男のことだ」

「彼とどんなプレイの最中で……あっ、いえ」

 ドロシーには、どうにか隙を作り、タコ脚たちの主人の首元へ一気に凶刃を伸ばす狙いがあった。

 実際、不意打ちには成功し、クラウチングスタートを決めたドロシーの速度は、良子が短く悲鳴を上げるほどの迫力があった。

 良子は反射的に両腕で顔を庇いつつ、タコ脚たちに指示を送ったが、間に合わなかった。辛うじて顔は守ったものの、大斧の払いをまともに受けると、鋭いだけでなく硬い剣でも耐え切れず、体が宙に舞った。

 だが、これで戦意を削がれないからこその才女。いずれは落下し、背中を地面に撃ち付けるようでは、そのまま追い込まれてしまうと判じ、タコ脚をクッションに使った。

「うぐっ!」

 全ての衝撃を吸収したわけではない。特に両腕が激しく痺れ、激痛に苛まれた。

 ドロシーは追撃とはいかず、余るタコ脚たちから一斉攻撃を受ける。良子を母とし、虐げられたことに怒る子供のように、先程よりも殺意を増して襲い来る。こうなっては温存に徹するわけにもいかず、ドロシーはここで大斧に魔力を乗せた。

(これが)

 両膝を突いて見上げた良子も圧倒される光景だった。大斧に乗せた赤黒いエネルギーが光線となってタコ脚たちを焼却したのだ。

 圧倒的なエネルギーによる一掃。轟音と目を焼く光を前に……。

「本当に……手加減したまま私を倒すつもりだったのですね」

 却って平静に回帰していた。

 膝の土を落とし、ドロシーを見つめる良子の目に改めて戦意が灯る。屈服の色は欠片もない。

「アロン君に、負けるかもしれない、と言っていましたね。あれは要するに、私が囮になるから逃げろ、という意味だったのですか?」

 疾く再生したタコ脚の軍隊に気を配りつつ、ドロシーは良子を視野の中心に据えた。

「あなたは、私が支配する魔の気がどれほどのものかを察知していたのですね。私は悪魔ではありませんが、魔の者の力を身に宿し、操る異能を持ちます。この異能は『魔を以て魔を制す』と、そのままそう呼ばれています。これが櫛名の討魔秘術。この桃色に輝く瞳に映した魔の存在を複製、我が力とすることができるのです」

 全タコ脚が輪になって囲い、ピンと並び立つ。隙間もない。小さなドロシーは聳える影に姿を覆われた。これを避けるために開けた空間での戦闘が推奨されなかったのだが、のっぴきならない事情により避けられなかった。

「アロン君の言う通り、あなたは有害な悪魔ではないのかもしれませんね。このように相対することが誤りなほど、素直で良い子なのでしょうね。……私と違って……羨ましい」

 タコ脚たちの先端が一斉に折れ、ドロシーの首に狙いを定めた。

「もう、あなたに勝ち目はありません。残念でした」

 肉壁に阻まれて互いの顔色は窺えないが、この時、ドロシーは却って潔く、赤い瞳を広げて笑んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る