魔人乱舞 Ⅰ

 爆発に仰天した良子だが、何が起き、誰が乱入したかを瞬時に把握すると、奥歯を噛みながら絞首を解いた。

 激しく咳き込み、充血した目で声の方に向くアロン。少女はいつものビジュアル系コーディネートに大斧を担いで仁王立ち。あどけない容姿だが、自ら破壊し、崩れた瓦礫を跨いで立つ姿は、アロンからしてみれば逞しく、良子からしてみれば憎たらしいものとなっていた。

「ドロシー……」

 ドロシーがここに現れた以上、これから起こることは一つに絞られる。二人を知るアロンは、それが回避できない展開だとよく分かっている。

 スカートを押さえて立ち上がる良子を仰向けで見送ると、すぐうつ伏せになって大量の唾液を吐いた。ドロシーはそんなアロンを見つめて落胆した。

「見ていられないぞ、我が同罪の冒涜者よ。いくら弱っちくても心身まで降伏するなんて度し難いことだ」

「……いや、心は折れなかったよ。明日の朝食を覚えていたくらいには」

「そうか! では特別に許してやろう! これが終わったら頭を撫でてやるぞ。かつてのワンコたちのように!」

 どんよりとした少女の顏に陽が射し込むと、長いトンネルを抜けたように息苦しさから解き放たれた。

「どうも。でも、どうしてここに?」

「どうしてだと⁉ 何度も連絡したのだぞ! スマートフォンを持っておいた方が良いと言って納めたのは冒涜者のくせに! それなのに一度も返事がなかった!」

 お叱りを受けるも、腑に落ちなかった。着信が来ればスマートフォンが振動する。しかし、保健室に赴いて以降、一度も鳴らなかったはずだ。いくら緊迫した状況が続いたとはいえ、気付かなかったなんてことは……。

「あっ、これお返します」

 良子の懐から取り出されたのは、見慣れた機種のスマートフォン。床に置かれたそれを拾うアロンの手は激しく震えていた。

「どうやら、あなたたちの絆が証明された瞬間のようですね」

 ドロシーを一点に見つめる良子。ドロシーも気持ちを切り替えたようで、アロンには向けない鋭い目付きになった。

「致し方ありません。アロン君は共闘を提案されていましたが」

 長いまつ毛を束ね、それからゆっくりと開かれる。桃色の眼光が暗がりを再度照らす。

「もし、良好な関係から始めることができていたとしても、ドロシーさんとは必ずどこかで衝突することになると思っていました」

 タコ脚たちが良子の周囲に止まり、良子もまた、両腕をタコ脚にしては剣のように鋭利なものへと化けさせる。その腕のまま触れられていたら、この体は今頃ズタズタになっていたに違いない。いかに強者の温情で生かされていたかと、アロンは青ざめた。

 ドロシーも良子の腕が化けた瞬間は目を見開いたが、今では臨むところと言わんばかりの自信に満ちた表情でいる。

 不安はない。必ずドロシーが勝つ。いくら変態と悪魔の子供たちとはいえ、ドロシーこそ真の悪魔なのだ。タコ脚を軽く捌き、最後には仰向けで倒れる良子の首元に得物の矛先を向け、降伏へ追い詰める姿が目に浮かぶ。

 そのようなアロンの期待と異なり、存外にもドロシーは顔をしかめた。

「ふむ。娘よ、お前は天才か?」

「ドロシー?」

 良子も戸惑ったが、声を漏らしたのはアロンだった。

 声に振り向くも、仕方がないように溜め息を吐き、ドロシーはそれだけだった。

「そういうことですか。それなら勝ち目がありそうですね」

 対する良子は理解に至ったらしく、タコ脚たちの鋭利な先端が一斉に向けられた。

「ドロシー!」

 何度も名前を呼ぶと叱られるのは承知だが、ドロシーはグッと眉間に皺を寄せ、相手にされなかった。

 全く以てドロシーらしくない。アロンの中の絶対が揺らぎ始める。

「ま、やれるだけはやってやろう。負けるかもしれないが」

「ドロ――」

「予定を変更。ドロシーさんを瀕死まで追い詰め、うつ伏せで首を上げることしかできなくなった彼女の眼前でアロン君陵辱ショーを開始します」

「まだそんなこと言って――」

「七匹目ノ悪魔、ドロシーさん、胸をお借りします!」

 良子の合図により、タコ脚たちが机を吹き飛ばしながらドロシーに襲い掛かった。

 ドロシーは俊敏に躱し、自ら開けた穴へ飛び、校庭へ落ちた。

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