七匹ノ悪魔 Ⅰ

「櫛名さんについて聞くのが最優先ですけど、後回しの方が良さそうですね」

「どうして?」

「連なっている話だからです。いえ、確信はないですけど」

「良いんじゃない? 曖昧なままで。『事実は存在しない。あるのは解釈だけ』って言うでしょ?」

「良い言葉ですね。感動しました」

「有名な哲学者が思い付いた言葉でしょ。知っておきなさいな」

 先に視線を逸らすのは負けたようで嫌だったが、目に毒となるほどの美貌なら耐え難い。

 それでも意志は譲らなかった。遠慮はいらない、というサインを再三送られてきたからだ。

「最近、周囲が騒がしくなっています。賑やかと思えるくらいには気に入ってますけど。最初に保健室を訪れた翌日、マンタビーチで一人の女の子と出会って、その子とは、えっと、一緒にいる時間が多いんですけど」

「あらあら、微笑ましい。純愛のようね」

 確かに、これではのっぴきならない事情を隠す以前に初々し過ぎる。何となく実真に見くびられたくないアロンは咄嗟に、

「ええ、最愛ビッグラブです」

 と、慣れた風を装ったが、燃え盛るように体が火照った。

 それを見逃す実真ではなく、

「とっても素敵ね。あの子の正体だけでなく、本質まで理解した上で愛すのなら、改めてアロン君を評価するわ。グッドボタン九回押してあげる」

 と、和やかに笑んだ。疑念が確信に変わった瞬間でもある。

「実真先生はあの子のことを知っているんですか?」

「ドロシーちゃんでしょ?」

「そう、ドロシー。会ったことが?」

「あるわ」

「ドロシーはちょっとした有名人ですからね」

「卍田市に現れてからではなく、もっと前の話よ。向こうは私を記憶していないみたいだけど」

「ドロシーこそ親戚か何かってことですか?」

「いいえ。ちょっと事情がね」

「……それで、そのドロシーと出会って、過去を解消してもらったんです。おかげで気持ちがスッキリしました。他に気に掛かることもありますけど、前より大分マシになったつもりです」

「そうね。以前より顔色が良くなってる。生気を取り戻したのは一目瞭然。有言実行ね。健康に生きているようで私としては面白くないわ」

「僕は面白いです。残念でした。どうも」

 共に苦笑した。

「ドロシー、在砂を奪ったタコ脚、タコ脚たちの主と思われる水平線の魔物ビッグパス。そして、櫛名さん。実真先生は一体どこまで関係しているんですか?」

 アロンとしては、観念しろ、という意で問うたが、実真は「そうねぇ」と、顎に手をやって上下の長いまつ毛を束ねた。

「あっ、教える代わりに教えないと駄目ってやつですか? けど、僕が教えられることって……在砂の死について詳しく語った方が良いですか?」

「それはもういいわ。惨劇の真実ではなくて、あなたの思いが知りたくて聞いたことだから。妹さんがどのように殺されたのかも想像が付いていた」

「想像? どうして?」

「想像よ」

「……そうですか。じゃあ、ドロシーについて」

「アロン君、等価交換はもういいわ」

 アロンは固まった。

「ごめんなさいね。さっきも言ったけど、あの頃のあなたは生気が抜け落ちていた。喜怒哀楽の『哀』しかなかったくらいにね。だから、荒療治としてあなたから『怒』の感情を引き出して、残り二つを思い出させるきっかけを作ろうとしたのだけど、あんな回りくどい真似はもうしない。

 でも、アロン君も悪いのよ? あの頃のあなたは周りに気を遣わせるばかりの厄介な男だったから、コミュニケーションを工夫する必要があると思ったの。結果、全部裏目に出て嫌われちゃったみたいだけどね、もう!」

「急に可愛くならないでください。風邪引きます。それに、先生のことは好きです」

 頬を膨らませる実真にツッコミとフォローを入れると……。

「ありがとう。私もアロン君が好きよ」

「……本当に風邪を引いたみたいです」

 実真はフフッと愉快になった。

「お昼に伝えた通り、積極的で構わないわ。男の子なんて総じてその方が良いでしょ。良いに決まってるわ」

「左様でございますか」

「関係についてだけど、勿論全てに関係しているわ」

 実真の振る舞いに変化はないが、何か、踏み込んではいけない領域に突入したようで、アロンは緊張を覚える。

「何者なんですか? 実真先生もドロシーの言う『魔の気』に関する存在なんですか?」

「ウフフ!」

 唐突な笑いだった。魔性の女というのは既知だが、信頼もあるため、裏切られて立った鳥肌。アロンは魔女の口元から目を離せなかった。

「全てに関係していると言っても、一連の事件に関しては無関係だけどね」

「それは」

 目を細めるアロンだが、ブルーブラックの瞳は煌々とし、目蓋の裏にまで焼き付いて消えない。

「私からも一つ聞かせてちょうだい。アロン君、水平線の魔物ビッグパスのことは敵だと思ってるのよね?」

「曖昧ですけど、はい」

「そう。ええ、正しいと思うわ。あれを放置していい段階はとうに過ぎたからね」

「実真先生?」

「そして、ドロちゃんのことは信頼している。愛していると」

 深く頷くも、複雑な心境のアロン。

「良いと思うわ。少なくとも今のドロちゃんならね」

(ドロちゃん)

「どちらも強大な力を有している悪魔。その気になれば容易く卍田市を破滅へ追いやることのできる悪夢の権化。あなたたち人間界の生者が物語で知るような空想上の悪魔と違って、確かに実在している『七匹ノ悪魔』だけど、その辺の話は聞いた? 聞いてないようね。

 それで、第七のドロちゃんがあなたの味方、第二の水平線の魔物ビッグパスがあなたの敵だとして」

 実真は口元を手で覆い、高笑い、あるいは嘲笑を堪えるように震え出した。

 そして、ふぅっと息を吐いてこう言った。

「第三の私が後者だった場合、あなたはここで死ぬわけだけど、仕方ないわよね?」

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