3年1組の新たな月曜日 Ⅳ

 浅尾グループは良子との関係を深めていき、良子も忌憚なく意見を言えるくらいに馴染んだ。

 同級生相手にはやり過ぎと思える品行方正な振る舞いや、漬物事変などから、どうなるものかと案じる者もいたが、全く無用な心配で、担任の熊岡もすっかり溶け込んだ良子に安堵した。

 帰りのホームルーム。転校生の良子は進路に関する話や部活決めで忙しいが、他は何もなく、いつも通り、部活か放課後の謳歌に備えるのみ。いかに話し合うことがないとはいえ、決まりとして帰りのホームルームは五分間行うことになっているのだが、その半分も使わず、

「特にないな? では雑談」

 と言い、熊岡も教卓に頬杖を突くほど。

 文化祭などの催しが近付くとむしろ延長するほどだが、そうでない場合は必然的に団欒の時間となる。話が済み次第すぐに解散するクラスもあるのだが、熊岡の3年1組は必ず厳守している。一年目から熊岡が担任だったが、五分経つ前に教室を出たことがないのを思い返し、アロンはフッと笑んだ。

 窓側とはいえ同じ最後列の大塚と齋藤が、廊下側の最後列で持て余す良子に声を掛けた。

「良子、部活決めた?」

「写真部おいでよ! 緩いし初心者大歓迎だよー?」

 不意に振られて驚き、二人のように響く声音を持たない良子はたじろいだ。

 前に座るアロンも察していた。あちこちで会話が飛び交っている今、声を張らなければ窓側まで届かないだろうと。こういう時こそ華麗にフォローを入れるのが自分の役目であり、きっかけをくれた浅尾さんへの恩返しにもなる、と思うも、アロンの優先事項は別にある。保健室が長引いたら、モールで待つドロシーの機嫌が損なわれてしまうと焦り、三者三葉、三人の女性の顔が順に浮かび、次の行動を選べずにいた。

 村崎は寝ている。

 最後の要は目白。無神経な真似をしたと悔いる大塚と齋藤だが、こういう時には目白が上手いフォローを入れてくれる信用があった。

 しかし、目白は今も腕組み瞑目でいた。それが虚偽の緊張や格好つけでなく、本当に動けなくなっているのだと気付いたのはアロンだけだった。

「目白、どうした?」

 目白は返事をしない。目蓋も開けず、顔中に汗を浮かべている。

「目白、まだ春だぞ」

「忘れたのかよ、アロン。こいつは春の真ん中くらいにこんなことが頻発して、夏前には激痩せして爽やかになる変態だろうが」

 不穏を感じて目覚めた村崎だが、当の問題と関係のない方向へ逸れる。

「そういえばさ、良子の趣味とか好きなものって何だろうね?」

 大塚が気を付けて発言するも、隣の齋藤か、遠くの良子に直接聞いたのか、自身としても曖昧なものとなってしまった。

「私の趣味は……料理……写真も好き……」

 ボソッと呟く声だったが、全神経を耳に送っていたから窓側でもはっきり聞こえ、おかげで救われた。

 その瞬間、猛烈に嫌な予感がして、目白はカッと目蓋を開いた。両目ともギョロギョロと動転している。

「好きなものは」

 大塚と齋藤はウンウンと頷き、良子の答えを待った。

 転校生……それも美少女の『好きなもの』ということで、この時だけクラスが静まり返った。ほとんどが期待を込めての傾聴だったが、アロンと目白だけは違った。

 アロンは実真から送られてきた妙な文言から、良子の一挙手一投足を気にするようになったため。目白は……。

「よせ……」

 ずっと聞かされていたためだ。櫛名良子の好きなもの。それは昼休み以降、彼女の口から幾度となく吐露されていたのだ。

 アロンには聞こえなかった。目白も初めは気付かなかった囁き。不気味な気配を感じて窺い、口の動きと熱い眼差しから確信を得て、それ以降、目白はずっと戦慄していた。

 ガラッ!

 膝裏で椅子を蹴り、立ち上がる良子にクラス中が注目を余儀なくされた。


「私が好きなものは……アロン君です」


 恋焦がれる潤んだ瞳だった。頬を朱色に染める女子に指差されたアロンだけでなく、見かけによらぬ良子の大胆さに大半が凍った。

「へー、変わってんね」

 呑気でいられるのは村崎だけだった。

「私は」

(まだ攻めるの⁉)

(誰かあの子を止めて!)

(止まれ!)

 3年1組のざわめきなど位に返さず、良子はこれまでひた隠していた感情を露わにした。


「私は……アロン君に劣情を抱いているんです!」


 本当に教室の全員。当人を除く全員が目や口を開けたまま冷凍された。齋藤など顔から生気が失われている。約束の五分となり、ようやく熊岡が口火を切ったが……。

「ままままあ、若さ故の衝動ってやつだろうよ。だがな、櫛名。ホームルームで……みんなが聞いてるところで告白することじゃねぇと思うぞ、多分……分かんないけど……」

 誰よりも心を乱された熊岡は、懐から煙草を取り出して総ツッコミを受けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る