魔界から冥土まで Ⅱ

 休憩時間にめいど♡ふぃっしゅを訪れ、ドロシーを預かって駐車場に向かった。

 魔の気を感じるのは、二階、四階、屋上とのこと。屋上を数えて六階建てのシーサイドモールで、うち半分の駐車場がタコ脚の隠れ蓑になっていたのだ。

「集中しなければ感じ取れないほど微弱な気配だ。妹の部屋で対峙したものよりずっと弱っちいぞ」

 まずは屋上の駐車場。北東の端から感じる魔の気の正面に立つ。

 屋上一帯、特に車内を注視し、愛剣――コドロを掌に出現、大斧に化けたそれを担ぐと、連鎖して巨大なタコ脚が姿を現した。

 事の説明が困難で、理解を得るのも手間というだけ。絶対に見られてはいけないわけでもない。何より、父を介して政府にはもう知られているはず。それでもドロシーは昨日の今日で反省し、可能な限り威力を抑制してタコ脚を始末してくれた。

 尊大で規格外。どうやら本当に人間ではなく悪魔のよう。

 その上で人の営みや秩序を重んじる心があると分かれば、微笑ましいものとして快く受け入れられる。細い腕で巨大な得物を振るっているが、地面も天井も壁も、並ぶ車両にも一切傷が生じぬよう、器用に立ち回る黒衣に思わずほころんでしまう。

 ぼんやりと観戦する間に刻限が迫っていたが、悪魔少女の勇敢さ、溌剌さ、幼さと大人しさの緩急により、退屈や無念など一切感じるはずもなかった。

 伏したタコ脚に刃を突き刺し、赤黒い光へ吸い込む。アロンは初めて見たが、昨夜のような破壊を禁じてタコ脚を消滅させるには最善の手段と分かる。

 それが済み、満面の笑みでこちらに振り向き、ピースサインを送ってくれるのだから、正しい道を歩めているはずと信じられる。


 互いに持ち場へ戻る途中、アロンは気になることを何となく問うた。

「あいつら、コソコソと隠れて人間の生気を吸っているって話だけど、在砂を襲った奴みたいに外へ飛び出してくることはないのかな?」

 快刀乱麻と、気に入ったらしいメイド服の心地から、踊るようにモールを往くドロシーだったが、素朴な疑問を受けて神妙になった。急激な変容にアロンも息を呑む。

「我が同罪の冒涜者よ。私は『七匹ノ悪魔』の中では魔の気を探知する力が薄い方なのだ。偉大だから、小さいことは気にしないのでな」

「そうなの? 十分凄いと思うけど」

「うむ。近ければ感じ取れる。外すこともなく、そこに潜んでいると分かる。だが、遠くのものまでは感じ取れないのだ。……最初は別の形態だったから事情が違うが」

 最後の言葉はドロシーのものとは思えないほど小さかったため、普段の大声に備えるアロンには届かなかった。

「海岸とモールとマンション、あとファミレスか。私はそれらの道のりしか見ていないが、マンタ市のあちこちに潜んでいるのは間違いないはずだ。奴らは冒涜者の歩む道のりにのみ侵食しているわけではないのだからな。分かるだろう?」

 軽率な問いを悔い、アロンは次第に悪寒に苛まれる。

「けど、それならもっと話題に、未知の恐怖として広く知れ渡って、世間を騒がせて――」

 気付き、くしゃりと前髪を掴む。

「……そうだ。他でもなく僕がそう頼んだことだ。相手は未知のタコ脚だ。あんな奴らに家族や友人が殺されて、世間の暇潰しに使われるなんて御免だし、あんな形で大切な人を奪われて、被害者として同情されるのも嫌に決まってる。僕は嫌だった」

 ただ公表されていないだけで、大切な人の体内から急にタコ脚が生え、無惨に殺され、悲しみに暮れている人が他にもいるかもしれないのだ。

 昨日までの自分と同じように重い足枷を付け、フラフラと、無為に生きている人々が卍田市のどこかにいるのだと思うと、自然と上目蓋が重たくなった。

「奴らの特徴なら分かるが、このマンタ市で、これからどう動いてくるかなど、はっきりしたことは言えない。ただし、確信を持って言えることもあるぞ。それは冒涜者もよく分かっていることのはずだ」

「僕にも分からないよ。ドロシー、君はどうやら本当に特別で、本当に悪魔らしいけど、流石に全てを知り尽くしているわけでもないんだね。あれと比べれば小さいタコ脚たちだけど、これから数を増していくのかな」

「知らん! だが、あれらの責任者がどこにいるのかは、マンタ市の全人類が知っていることではないか」

「……数を増すにしても、増えないにしても、とにかく――」

 昼を過ぎた時刻でも日曜日。レストラン街は大いに賑わっている。一階のフードコートほど年齢層は若くなく、隣のメイドのおかげで陰気を察知されずに済んだが、これほど険しい表情でレストラン街を往く者など自分くらいだろう。

「全ての元凶は水平線の魔物ビッグパス。あいつを何とかしないと、卍田市の不安や無念の連鎖を断ち切れない。そして、卍田市どころか世界の存亡に関わる問題へ発展する恐れもある」

 尖ったキャラクターで接客を行うドロシーだが、それにしても癒しを与えるメイド喫茶の店員とは思えない真剣な顔付きになった。

「あれは『七匹ノ悪魔』の第二匹目だ。私と同じく魔界に生まれ、私より先にマンタ市を選び、弄ぶためにやってきた人類の脅威にして、この人間界の最大悪に他ならない。

 冒涜者は無害と言ったが、あれはな、その気になればいつでも滅ぼせる位置でマンタ市を眺めている、ということなのだ」

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