第12話

 八月になった。夏休み、絶賛まっ最中。気温はとっくに体温超え。


 あたしはというと──お風呂場で汗だくになっている。
あたしはその日、浴室にこもって、ゴシゴシと格闘していた。


 はるかさん監修の「家事分担表」によると、今日はお風呂掃除。
お風呂用の小型AIブラシ、通称「ゴシゴシくん」もあるにはあるけど、ボタンひとつで全部やってくれるなんて都合のいい話はなくて。


「……こらゴシゴシ、壁ばっかやってないで、床いけ床」


 リモコンで指示を飛ばしても、どうも反応が鈍い。結局、あたしが手にしたのは、柄の長いブラシ。
補助とは名ばかりのAI家電、ってやつだ。


 バスタブのふちにしゃがみこんで、カビ取りスプレーを吹きつける。
あたしの額からは、こっちもスプレーかってくらい汗がしたたってる。


「夏帆さま、えらいです。ぴかぴかになってきましたっ」



 洗面所のあたりから、こていちゃんの声がする。今日はちゃんと見にきてくれている。といっても、手伝うわけじゃない。
正座したまま、静かに応援してくれるのが、こていちゃん流。


「ありがとう。でもさすがに暑い〜。バスルームで汗だくって、どういうこと?」


「夏帆さま、がんばってくださいっ。あと少しです」



「うん、あと少し……」


 床にへばりついた水アカと格闘しながら、気合いを入れ直す。
ふと、後ろからぽつりとこていちゃんの声が落ちた。


「……あの、モップ、もうちょっと寝かせると、少し楽に……なるかもです」


「ん?」


「やってみましょうっ」


 今の反応何? 半信半疑で、言われた通りにちょっと角度を変えてみたら、確かに、ちょっとだけ力が入りやすくなった。相変わらず手伝ってはくれないけど、このアドバイスはありがたい。


「ありがと」


「夏帆さまは、観察力と根気がとてもすばらしいです。あとは、泡のスプレーがちょっと多いかもしれません」


「うん、それは余計!」


 掃除を終えて、シャワーを浴びて、ガンガンに冷えた部屋でアイス棒を食べる。ああ、生き返る。



 ちょうどそこへ、窓拭きを終えたお兄ちゃんが、汗をぬぐいながら、あたしのと同じアイス棒をかじりながらやってくる。


「ったく、ここまでやる必要あるのかよ。クラウド型なら、汗なんか垂らさずに済むのに」


 その気持ち、ちょっとわかる。
だって、はるかさん、ほんと細かいんだもん。でも、お世話になってるし、文句は飲み込む。


「いいじゃん、こういうの。案外ありかもしれないし。ある日突然クラウドが使えなくなったらどうすんの? 頼りっぱなしじゃ人類滅ぶよ?」


「SFかよ」


「いや、ありえるって。太陽フレアとかの話、知らないの?」


 そこだけはちょっと得意げに言ってみたら、お兄ちゃんの眉がぴくっと動いた。


「はっ、情弱かよ」


 そのあと、止まらなくなる。


「まずさ、太陽フレアでクラウドが全部止まるとか、ないから」


 お兄ちゃんが、アイスの棒をくるくる回しながら煽ってくる。


「大手のデータセンターはEMP対策もしてるし、電源も冗長化されてる。ネットワークだって世界中に分散してて、仮に一部がやられても他がバックアップに回る設計なんだよ。そんな簡単に『クラウド全滅』とか、起きませんから。はい、論破」


 うっざ。ほんと、今年二十歳になるとは思えない。中二理系男子、爆誕じゃん。


 あたしはスルーして、こていちゃんに話しかける。


「ね、こていちゃんは、クラウドつながってないから、そういうの関係ないよね?」


 すると、こていちゃんはちょっとだけ考えるような仕草を見せて、ぽつりと答えた。


「直接的には、問題ありません……ですが。停電になって……しばらくすると、充電が切れて……わたしは、眠ってしまいます……」


「え、ちょっと。あたしの味方してくれてもよくない?」


「……ごめんなさい。事実なので……」


「ははっ。そいつのがおまえよりよっぽど正直で賢いな」


 お兄ちゃんがにやにや笑う。ムカつく。でも最近は、こていちゃんのことを「ガラクタ」なんて言わなくなった。


「勝手にしろ」ってスタンスではあるけど、リビングを掃除するときには「汚れるから外出とけ」って声をかけて、ちゃんと気にかけてくれる。


 だから、あたしも最近、「ガラクタ車」とは言わないように気をつけてる。

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