第11話

「でもさ、これだけの性能があって、固定型とはいえアシスタント用途で作られたのに、家事できないって、ちょっと変だと思わない?」



「メモリがパンパンなんです。お兄ちゃんが、物理キーないとどうにもならないって」



「まぁ、ロックされてるのはそうなんだろうけど」


 はるかさんは腕を組んで、少し考え込む。


「可能性として、初期機能がになってるだけかも。プロトコル制限ってやつね。できるのに、されてる」



「それって、できるのにみたいな?」



「近いかも。人間でいえば、記憶喪失って感じ。構造はちゃんとあるのに、アクセスできなくなってる。仮説だけど」



 へぇ、そんなことあるんだ。


「たとえば、誰かと料理した記録とか、昔のログが少しでも残ってたら――そのときと似た状況で、ふと反応することがある。AIって、そういうとこあるのよ」



「じゃあ、きっかけがあれば、何か思い出すかも?」



「うん。まあ、簡単なことじゃないけどね。でも、可能性はゼロじゃない」



 はるかさんは、こていちゃんを見ながら続けた。


「もし料理ができないっていうより、やりたくないって状態なら、好きなことをきっかけにしてあげるのも手かも」



「……遊ぶ、ってこと?」



「うん。どこかに連れてってあげるとか。景色を見せてみるとか。前に何か思い出がある場所だったり、似た場所だったりしたら、もしかして、ぽろっと何か出るかもよ」


 なるほど。ピンとくるような、こないような。でも、なんか、夢がある。
こていちゃんの「好きなこと」かあ……どんなのだろ。


 黙ってたこていちゃんが、ぴこっと反応した。


「いっしょに行きたいところがあれば、ついていきます」


「ほらっ、反応したっ!」



 はるかさんが、どや顔で笑う。
あたしはうなずいて、こていちゃんに話しかけた。


「今度、おでかけしようね」


「はい、夏帆さま」


 にっこり笑ったこていちゃんを見て、こっちまでうれしくなる。


「さーって。じゃ、現実に戻るよ。片付け片付け!」


 うう。忘れてた。料理のあとと部屋のカオスっていうダブルミッションが残ってたんだった。


 はるかさんに「動く!」と一言でやられ(あれはもう鬼教官の声)、ごちゃごちゃのキッチンも、山のような洗濯物も、全部一気に片付けた。
はるかさんは、AI家電を手足みたいに操って、あっという間に晩ごはんと冷凍ストックを完成させてくれた。
まじで手品。尊敬しかない。


 こていちゃんはというと、ずっと正座して、にこにこ見てるだけ。
でも、あたしがそばを通るたびに、「夏帆さま、えらいです。がんばってくださいっ」って言ってくれる。


 いやいや、応援する側どっちよって、内心つっこみながらも……なんか、ちょっとだけ楽しかった。


 で、すべてが片付いて、時計の針が八時を回ったころ。
あの、ぶるぶる言う車の音が聞こえてきた。お兄ちゃんが帰ってきたっぽい。


 はるかさんは、腕をポキポキ鳴らして、ゆっくり立ち上がる。口もとには、笑ってるのに全然優しくない表情が浮かんでいた。……このあとの、お兄ちゃんの運命については、あえて書かないでおく。



 あ、ひとつだけ言っておくと──
はるかさんは、「この家、放置するとまずい」って判断したらしく、これから定期的に様子を見に来てくれることになった。ありがたいけど、ちょっとこわい。


 そのことは、すぐに両親にもチャットで報告した。
タダで頼るのはさすがに申し訳ないからって、はるかさんには「週一の家事サポートバイト」として正式にお願いした。



 最初は「そんなつもりじゃなかったのに……」って、はるかさんは恐縮していたけど、最終的にはOKしてくれた。ほんと、神。


 こうして、夏休み最大のピンチは、なんとか脱出。だからって、全部人任せじゃいけない。
あたしも、お兄ちゃんも、それなりに反省して、これからは、ちゃんと家事分担することにした。


 で、もちろん。こていちゃんにも、その分担に入ってもらう予定。ただし、今はまだ無理。記憶がない。できることがないから。


 だけど、あたしはこの子と、ちゃんとやっていきたい。


 だから、これからは──「こていちゃんの記憶を辿る物語」が、始まるのだ。

 

 ……なんちゃって。

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