第10話

 ──で、結果がこれである。


 炊飯器の蓋を開けたら、ぷしゅっと軽い音がして、ラップに包まれた謎の何かが、ふくらんでいた。
横には、未開封のツナ缶。そして、なぜかぬるっと卵(生なのかゆでなのかは謎)が転がっている。


「これは、具をいっしょに炊き込む方式かと……」


 こていちゃんは、真顔でそう言った。


 ちがう。ちがうよ、こていちゃん。何言ってんの。
ツナ缶くらい、あたしでも開けられるし。ていうか、まず開けてから入れるものでしょ。


 幸い、卵は割れてなかったし、ツナ缶も無事。
炊飯器も……たぶん、壊れてない。今のところ。


 そんな中、こていちゃんはどこか涼しい顔で言った。


「夏帆さま、できないときは、はるかさんにお願いしましょう」


 うっ……。ちがう……こていちゃん、きみがやるんだよ。


 そう心の中で唱えるけど、あたしもあたしで、丸投げしちゃった手前、強く言えなかった。


 はるかさんの名前が出たのは、たぶん設定のときに登録したからだ。
でも、現実として、お母さんはいないし、お兄ちゃんはあれだし、頼れる人って言ったら……やっぱり、はるかさんしかいないのかも。


 お兄ちゃんと喧嘩してないときは、ここにも来てくれてた。優しくしてくれた。でも、今はどうなんだろう。気まずい感じになってると思うし、呼びにくい。ううん、うじうじ考えている場合じゃない。


「……わかった」


 はるかさんに電話をかけたら、すぐに出てくれた。
お兄ちゃんと同じで、今日は講義のない日らしい。
短く状況を伝えると、「ビデオにして」って言われた。


 キッチンの惨状を映すと、しばらく沈黙。そのまま、「すぐ行くから何もしないで」だけ言って、通話は切れた。


 三十分後、本当に来た。火の元をざっと確認したあと、「二人とも座りなさい」とぴしゃり。あたしはこていちゃんと並んで正座する。


「ね、夏帆ちゃん。中二ならわかるよね? たとえ安全装置がついてても、バグったら止まらないかもしれないの。下手すりゃニュースになるんだからね」


「……ごめんなさい」


「あんまり怒りたくないけど、できないって設定のAIは、できないの。苦手じゃなくて、できないの。わかった?」


「……はい」


 はるかさん、怒ると本気でこわい。
彼氏の妹とか、そういう遠慮なしで、ダメなことはちゃんとダメって言う。
 

 前髪ぱっつんで、黙っていれば和風美人って感じなのに、芯が強い。
お兄ちゃんとどうして付き合ったのか、いまだに謎。


「で、あいつは?」


「えっと……ドライブです」


「は? 妹に丸投げ?」


「はい……」


 はるかさんは、ため息をひとつ吐いた。


「その子が、AI?」



 こていちゃんを初めて見て、はるかさんは言った。
するとこていちゃんは、ぴこぴこと髪の先を光らせる。


「はるかさま、初めまして。わたしは、こていちゃん、と申します。どうぞ、よろしくお願いします」



 なんだろう、この子、料理から解放されたのか、すっごい落ち着いた顔で言う。


「ふぅん。固定型の割に、この子、すごい技術ね」



「え? そうなんですか?」



 意外すぎて、あたしは素で聞き返してしまった。


「だって、きれいでしょ。造りもだけど、この家の中で服以外、どこも汚れてない」



「あっ、確かに……」



 服のほうにチクリと言われたのは、ちょっとだけショックだった。ユニクロでこの子サイズのを買ってあげてちゃんと毎日着替えさせてるんだけど……まあ、汚部屋の床に座るからズボンのすそはすぐ汚れるんだよね。


 すると、こていちゃんがぺこりと頭を下げて、まじめな調子で語り出した。


「はい。わたしの表皮は、『微細自己修復ナノジェルコート』つきの合成皮膚です。やわらかくて、体温に近い温度を保つようにできています。光もあまり吸わないので、劣化も防げて……」



「汚れは?」



「空気中の酸素と湿度で、表面の汚れをナノ分解します。なので、手洗いやお風呂などは……いりません」


「へぇ、酸化分解か。固定型にしてはかなりの性能ね」



 はるかさんは、楽しそうにうなずいた。さすが理系。

 

 それから、はるかさん、こていちゃんをじーっと見つめる。

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