第8話

 とりあえず、学校に行かないと。朝の唐揚げ弁当で胃を重たくしながら、あたしは家を出た。外は蒸し暑くて、歩き始めたそばから制服の襟元がじんわり重くなる。


 劇場通りから南にちょっと下ったところに、あたしの家はある。家のまわりは、駅前とちがって朝でもやたら静かだ。


 カラスの声を聞きながら、坂をくだる。曲がり角のところで、後ろから軽い足音が近づいてきた。


「かっほー! おっはよ〜!」


 ふり返らなくても、声でわかった。



「おはよ、あゆみ」


 ポニーテールを揺らして追いついてきたあゆみは、手にスマホを持っていた。


「今日、暑すぎじゃない?」



「ほんとそれ。もう制服の中がサウナ」


 会話の途中で、あゆみのスマホがぶるっと震えた。画面の端にちびキャラ風のAIアシスタントが浮かび上がり、きっちりした声で話し始めた。


「明日、理科のデータ課題締切日です。未提出履歴が確認されています」


「……わかってるってば」



 あゆみはスマホを軽く傾けて、アシスタントを消す。


「それ、入れてるんだ」



「うち、親がアカウント管理してるから。止めようとするとすぐバレるの。めんどくさ」


 あゆみはため息をついて、ふと話題を変えた。



「てか夏帆んち、今パパママ海外だったよね?」


「うん」


「お兄ちゃんと二人暮らし? じゃあ、アシスタント系のAI使ってる?」


「んー……まあ、そんな感じ」


「いいな〜。うち、一回クラウド型レンタルしたことあるけど、めっちゃ楽だった。言えばなんでもやってくれるし。でもさ、パパが『子どものうちから楽するな』とか言ってきてさ。考え方、化石すぎ」


 あゆみは何気なく言っただけ。だけど、そうやって聞くと、自分の選んだものがちょっと残念だったみたいに思えてくる。


 ……でも、ちがう。
できないことが多いのは、あの子のせいじゃない。
ただ、そういうふうに作られてるだけ。


 新しいことは覚えられないけど、前の主人が残したプログラムは、まだ中にある。それをちゃんと動かせたら、少しくらい、役に立てるかもしれない。


 よし。そう思うことにした。


「ん? 夏帆、どしたの?」


「え? あ、ううん……雲が顔に見えたなって思って」


「急にどうした」


「だって、めっちゃカピバラだったの」


「それはちょっと見たい」


 そんな感じの会話を交わしているうちに、正門が見えてきた。
スマホをかざす生徒たちの手元で、「ピッ」という音が軽く響いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る