第6話

 「よく来たのお、ソフィア」

 「…………」

 「不機嫌そうじゃの、連れ出したのは悪かった。だが、急を要する案件での」


 困ったように笑った村長。それからちらりと隣に座る白い鎧を着たおっさんを見た。おっさんは表情を変えずに私をじーっと見つめる。まるで顔にゴミでも着いているようだった。


 「この方は王都の騎士団長、ベートルさんじゃ」

 「ベートル・ブラットだ。王都で騎士団長をしている。よろしく頼む」

 「は、はあ、なんかお偉いさんですね。あ、私はソフィア・スタリオンって言います。こっちは――」

 「ベル・ドレディア」


 ベルのこともついでに紹介しようと思ったら自ら紹介した。


 「うむ、知っておる。齢十五にして瀕死の人間を瞬時に回復させることのできる回復術師ベル・ドレディアに、人類史上最高傑作であるソフィア・スタリオン」

 「はあ……」


 大層な二つ名で、逆に冷静になってしまう。


 人類史上最高傑作って誰のことだろうか。私? Lv1の私が人類史上最高傑作なわけないんだよなあ。


 「私、そんな強くないですよ」


 Lv1ですから、とは言えないので、ちょっと弱めの否定をしてみる。


 「それだけの強さを持っておきながら、謙遜とは。謙虚さもあるということか。これはあれだな。強者の余裕ってやつか」

 「いや、違いますけど」


 余裕なんてもんはない。残念ながらこれっぽっちもない。

 なので即座に否定する。


 「まあいい。そんな人類史上最高傑作であるソフィア・スタリオンに頼みがある」


 ……嫌ですって言ってやりたかった。さっきみたいな感じで即座に否定してやりたかった。

 でもできない。怖いから。


 「話だけなら……」


 と、妥協する。


 「魔王が復活した。数年後には魔王軍がまた王都へ向けて進行を始めるだろう。それに対抗する術を我々は作っている。その第一陣として、ソフィア・スタリオン。貴様に頼みたい。魔王が力を持ち始める前に魔王領へ攻め、そして魔王を討伐して欲しい」


 なにを言い出すかと思えば、想像以上に無茶苦茶なことであった。嫌だ。というか、魔王を倒す? 魔王を討伐? うーん、なにを言ってるのかな。少なくとも私に頼むようなことでは断じてない。

 だって私Lv1だよ。Lv1の人間が魔王を倒すとか常識的に考えて無理でしょ。


 「もちろんタダでとは言わない。金は言い値で支払おう。それに地位と名誉も得られる。人類史上最高傑作と謳われる力を持つソフィア・スタリオンにとって、この話は決して悪いものではないと思うが」


 仮に人類史上最高傑作という二つ名が出鱈目でなければ、ね。

 でも生憎その二つ名は出鱈目。そんな力は持っていない。


 「そうだ。亜空でさえも切断する剛腕のフィン・エルテナに、最高位の魔力保持者リーナ・フォルテ。そして、ベル・ドレディア。この三人を仲間として連れていくことを許可する。もちろんそれぞれに別途報酬は支払おう」


 決して一人で向かうことを危惧しているわけでも、報酬面を憂いているわけでもないのだ。

 それ以前の問題。魔王と対峙することが嫌なわけであって。


 「隣にいるベル・ドレディア。君としてもそう思うだろ。これは悪くない話だと」

 「思う。むしろいい話。ソフィアはなんでも倒せる。魔王だって余裕。|雷狼サンダーウルフ》も一人で何匹も倒してた」

 「おお、そうなのか。それは初耳だった。あれを一人で倒せる……しかも複数匹相手にできるというのはやはり本物ってわけだな。ますます欲しくなってきた」


 ベル? ベルさん? なに余計なこと言ってるんですかね。そんなこと言ったらもう断れなくなっちゃうじゃん。黙って、黙って、黙り続けて、時間経過でお帰りいただこうと思っていたのに。


 「ソフィア・スタリオン。今決めた。頷くまで私はここを動かない」


 宣言された。この瞬間に受ける以外の選択肢は消滅した。


 私は苦しみながら、渋々、頷いた。

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