🌟 第1章:自由を纏う脚(Leap)
第1話 誰のための翼
冷たい風が、コンクリートにうっすらと広がった陽だまりをなでた。
パークのベンチには誰も座っていない。
鉄の遊具が錆び、かすかに軋む音が、どこか遠くから聞こえる。
空は群青色に染まり、白い月と赤い太陽が、反対側の空に同時に浮かんでいる。
東と西、昼と夜――その曖昧な狭間に、ひとりの少女が立っていた。
星乃結菜。
左足には、機械仕掛けの義足。
でも、その姿は決して痛々しくはなかった。
スカートの裾を風が撫でる。
左足の金属の光沢が、一瞬だけ、夕暮れの光を受けてきらりと光った。
だが結菜は、それに目を向けもしない。
まるで、それが自分の一部であることをとうに受け入れているかのように。
──それでも、心の中には、消えない棘があった。
「……翼なんて、いらなかった。」
誰にも聞かれることのない、小さな声だった。
宙に溶けたその言葉は、風にさらわれて消えていく。
結菜が本当に欲しかったのは、翼なんかじゃない。
ただ、誰かと並んで、普通に、同じ速度で、笑い合えることだった。
なのに、周囲の視線も、優しい言葉も、すべてが
「違う」ということを突きつけてくる。
義足は、自由を与えてくれるはずだった。
でも現実は、
「あなたは普通じゃない」
そう告げる冷たいラベルのように、彼女にまとわりついていた。
ふと、耳をつんざくような騒がしい音が近づいてきた。
ドタドタと地面を蹴る靴音。
風を切ってジャンパーをはためかせ、工具箱をぶら下げた少年が駆けてきた。
「よっし、ギリギリ間に合うだろ!」
汗ばんだ額に無造作な黒髪。
眼鏡の奥で、少年の目はまっすぐだった。
相馬陸。
制服のポケットからはネジや配線がはみ出し、油のにおいをまとっている。
でも、そんなことは本人はお構いなしだ。
彼の視線が、結菜を捉えた。
一瞬だけ、目を見開き、すぐに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
その言葉に、結菜は戸惑った。
どこかで見たことのある顔でも、困っている素振りを見せた覚えもないのに。
でも、少年の顔には、驚くほど自然な、まっすぐな心配が滲んでいた。
「……あんた、誰?」
思わず笑ってしまった。
皮肉も、憐れみもない純粋なその空気に、肩の力が抜けたのだ。
陸はにかむように笑いながら、工具箱を掲げてみせた。
「俺、陸! 発明部って知ってるか? ……ま、今はまだ非公認だけどさ!」
その一言で、彼が「どこか普通じゃない」ことはすぐに伝わった。
けれど不思議と、不快感はなかった。
違いを恐れない。
違うことを、当たり前の顔で受け入れる。
そんな空気を、彼は自然にまとっていた。
結菜は小さく息をつき、空を見上げる。
白い月と、赤い太陽。
決して重なり合わないふたつの光が、それでも一緒に空を照らしていた。
この街で。
この空で。
彼女と彼が、出会った。
違いを抱えたまま。
それでも、繋がろうとする、最初の一歩だった。
――世界は、まだ不完全だ。
でも、違うまま、繋がることはできる。
【続く】
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