第30話


「ヴィルト、あなたって敬語使えないっけ?」


 ぐでーとヴィルトがソファでだらけている時。不意にリアがヴィルトに問いかけた。


 男が帰ってからも貴族達は来た。上は侯爵から下は男爵まで様々な貴族が来たのだ。

 そして誰もかれも同じように自分の部下になれと遠回しな言い方で勧誘してくる。

 相手の話を聞かずに追い返す様な事を貴族相手にしていい訳もなく、また相手が求めているのがヴィルトである為代理人としてノワールローニャに対応してもらう訳にもいかない為にヴィルトが対応せざる負えなかった。

 そんなやり取りを何度も繰り返していると肉体的疲労は兎も角精神的疲労が積み重なるものである。


 昼になってもうすぐ昼食が運ばれてくる、という時にかけられたリアの問いかけである。


「一応学んだから使えるが一々使う気はないぞ。我は魔王だ。魔王たるものが人間相手にこびへつらうような言動をしてたまるか」


 ヴィルトはそう言う。

 ヴィルトとしては事前に言われない限り敬語を他者相手に使う気はない。魔王なのだから言動は偉い方が良いと思っているのだ。

 だから事前に言われていたケイブ相手の時は敬語を初手だけ使い、何も言われていなかった王相手の時は使わなかった。

 これはヴィルトの仲間達が流石に王相手だから敬語とか使うだろ、と思ってしまったのがある。


「けど時と場合ってものがあるでしょ。今後は貴族相手には使いなさい」

「いや、だから我は魔王だから」

「使いなさい」


 リアの有無を言わさぬ物言いに気おされ、ヴィルトは思わず「はい」というのだった。

 それを前にノワールは(魔王様相手に敬語を使うよう強制させた……この女、デキル!)等と思考を回していた。



「で、これからどうする? 大会まで後二週間あるが」


 メイドに運んでもらった料理を頬張りながらヴィルトがそう尋ねた。

 因みに昼食はパンと肉とサラダである。ナイフとフォークを使い料理を食べる。


 四人でソファに座り料理を食べる様はある種美しいと言えるだろう。全員が美少女なのだ。

 尚アンタレスは居ない。アンタレスもまた別方向から勧誘が来ておりそれを避けるなどしてヴィルト達に合流出来ていない。


「僕も大会に参加したいのですが、そこでちょっとした相談なのですが僕の鍛錬を手伝ってくれないでしょうか?」


 ローニャが鍛錬をしたいと言い出す。


「いいぞ。何をすればいい?」

「はい。出来ればヴィルトさんと戦い、訓練したいと思います」


 ローニャが鋭い目でヴィルトを見ながら言う。


「我と戦う? 魔王である我と?」

「はい。魔王と言う世界最高峰の存在と戦えれるのは戦士として誉でもあり、最高の鍛錬になると思いますから」

「くく、いいぞ。鍛錬相手になってやろうではないか」


 と、言う事で。


 ■



 昼過ぎ。時刻にして一時頃。

 王城の中庭にヴィルト達一行は集まっていた。

 仲間外れにされていたアンタレスも戻って来ている。

 中庭と言っても奥に藁人形があったり木製だが多数の武器が飾ってあったりなど、庭というよりは訓練所という方が正しい。


「ありがとうございます、リッターさん。訓練所を使わせてくれて」

「いや、こちらとしても英雄殿の力を見れる絶好の機会だ。気にしないでくれていい」


 ヴィルトとローニャが対峙する中、それを見守るのは残るリア達とヴォルフ、そして数名の騎士達だ。

 ノワールは庭という太陽光が浴びれる場所なのでヴィルトの影の中に入っている。

 魔竜殺しの英雄が実戦をするという事で騎士達もまた集まっているのだ。


「すぅ──……」


 深く息を吐きながらローニャは精神を統一する。

 武装は普段から使っている真剣の物。

 動きやすい服装に鋼鉄製のラウンドシールドとミスリルの剣だ。

 ミスリルはシルバーグレーに輝いている。


「いつでもいいぞ」


 対するヴィルトは武装していない。

 普段と変わらぬ黒い服に素手。戦斧であるツォルンも持っておらず、魔法による武具も作っていない。

 相手を舐めているとしか思えず、実際舐めているヴィルトは素手で充分だと思っている。


「……行きます!」


 ローニャが宣言と共に走り出す。

 聖力で自己強化をした初手から本気の突進だ。


 低く構えての突進。剣を真っすぐに向けた突撃だ。


 ヴィルトはそれをだらりと腕を垂らしながら待つ。

 そしてヴィルトの手の範囲に入った途端、ヴィルトは右腕で剣先を掴もうとし──ローニャが振り上げた事で掴むことは叶わなかった。


「!」


 急な動きによってヴィルトの指先が小さく斬られる。だが直ぐに再生能力で元に戻り傷は残らない。


「はあぁ!」


 ローニャが叫びと共に突撃し剣を振るう。

 模擬戦というのを忘れた本気の──相手を殺す気の剣振りだ。


 左斜め下から右上にかけての切り上げ、からの真っすぐに切り下げ、からの足を使った蹴り。

 ヴィルトは回避も防御も出来ず正面から受け、後ろに飛ばされる。


「くく、やるじゃないか」


 ヴィルトはそう微笑んだ。


「……硬いですね」


 そしてローニャは手ごたえの硬さを前に戦慄する。

 硬い。これまで斬ったどんな魔物よりも! 

 ローニャはそう戦慄したのだ。

 事実ヴィルトの体は硬い。如何に人型になって弱体化してようが魔王は魔王だ。たかがミスリルの剣で両断出来る程やわではない。

 むしろここは皮膚だけとは言え斬れたローニャの剣術が凄いと言えるだろう。


 だがローニャが全力で剣を振るって付けた傷も、数秒も経たず再生する。


 魔王の厄介な能力の一つ、再生能力だ。

 意識せずとも体が再生する上に意図的に聖力を使う事で再生速度を高める事も出来るという万能の治癒能力。

 肉体が八割残っていれば例え頭部を破壊されようと復活できるこの力は魔王最大の能力とも言えるだろう。


「今度はこちらから行くぞ!」


 ヴィルトがそう宣言するとともに腰を低く構え突進。

 ローニャはラウンドシールドを前面に出し防御の構えだ。


「ほらほらほらほら!」


 ヴィルトは叫びと共に拳を繰り出す。

 右拳左拳、両方を交互に突き出すラッシュだ。ローニャは盾によって全て防ぐ。


(おっもい……それに速い!)


 一撃一撃が下手な魔物の一撃よりも重く、その癖攻撃速度がやたらと速い。

 構えも何もなっていない素人の動きだが身体能力の圧倒的高さによって欠点を補って尚余りある。


「ほーれ!」


 ヴィルトは一発、本気で拳を振るい、盾に直撃させる。

 それによって地面に足を着けたままローニャは後ろに大きく動かされた。


「くっ……」


 苦悶の声をローニャは上げた。

 恐らくは腕に罅が入っている。

 肉体と盾両方を聖力で強化しても尚これだけのダメージを受ける。ヴィルトの魔王たる力にローニャは恐怖する。


「……まだまだ! いきますよ!」

「来い、ローニャ!」


 今度はローニャが突撃しヴィルトが迎え撃つ。

 ローニャの剣とヴィルトの拳が衝突し合う。

 いや剣だけではない。時折盾でも防ぐどころか盾を使ったシールドバッシュまで織り交ぜる。

 ヴィルトの肉体任せのごり押し戦法に真っ当に鍛えた戦術をもって対抗しているのだ。


「貰った!」


 ローニャはそう宣言し、ヴィルトの首に向かって剣を振るう。

 すぱっと、綺麗に斬られヴィルトは首から鮮血を噴き出す。

 同時にヴィルトは後ろに跳び距離を取る。


「……これは一本取られたな」


 傷は深い。血が服を赤く染め、地面に染みを作り出す。

 地面に生えている草に血が着いてしまう。


「さぁ、続きといこう」


 ヴィルトは傷跡をなぞると再生を完了させる。


「えぇ……行きますよ!」


 両者駆け出し、衝突した。





「……強いな、シュヴァイン殿は」


 ローニャとヴィルトの戦いを眺めながらヴォルフは呟いた。


「えぇ。我が主なのです。弱い訳が無いでしょう」


 ヴォルフの呟きにアンタレスが返した。


(何よりも怖いのは、相手が聖力による自己強化をしているというのにシュヴァインは一切聖力も魔力も使わず強化していない、つまり素の能力でこれ! 更にここから強化術が重なるということは……)


 成るほど、これほどの化け物なら魔竜を打ち倒したというのも頷ける、とヴォルフはヴィルトの戦いを見て納得する。

 この世界において基本はやはり聖力や魔力を使った強化だ。超常のエネルギーが会って初めて人は魔物と戦える。

 だがその力を使わず力を使っている側と戦いを成立させるなど、常識を超えている。

 分かりやすく例えれば自動車相手に素のダッシュで競争しているようなものだ。誰が出来るというのか、そんな夢物語を。

 その夢物語を実現させてしまっているのがヴィルトだ。

 だからこそ、ヴォルフを始めとした騎士達は戦慄するしかない。もしあの異常な身体能力に強化術まで載せられれば──そう思うと恐怖しか感じないのだ。


 ヴィルトとローニャは何度かの衝突を繰り返し、遂にはローニャが倒れた。


「いやお前充分すごいな。本気を出していないとは言え我が傷だらけになるとは」

「ぐぬぬ……流石はヴィルトさん、強いですね……」


 傷だらけになったヴィルトがローニャに手を貸し、立ち上がらせる。

 そんな二人に、ヴォルフは近づいて行く。


「シュヴァインさん」


 ヴォルフは神妙な顔でヴィルトに話しかける。


「なん……のようですか」


 早速ヴィルトはリアに言われた『敬語を使え』という言葉を思い出し敬語を使う。


「あぁ、同じ騎士爵ですので敬語は結構ですよ。それで、ちょっと話があるのですが」

「そうですか? なら……遠慮なく、で話とは?」

「はい。私とも模擬戦をしてくれませんか?」


 ヴィルトはヴォルフの提案に目を丸くするのだった。


「……構わんが、いいぞ。早速するか?」

「えぇ。お願いします」


 ヴォルフは既に完全武装状態だ。

 動きやすい軽装鎧に両手剣を抱えた状態である。


「では僕はこれで」


 ローニャはそう言うと速足に場から去ってしまう。

 ヴィルトとヴォルフが対峙する。


 ヴォルフは無言で大剣を抜き、片手で構える。

 獣人種の身体能力の高さを生かした片手持ちだ。ヴィルトと同じく強化術無しでの素の身体能力が高い。

 大剣は騎士団団長らしくただの鋼製ではない。オリハルコンを使った最高位の剣だ。因みに色は茜色。


「いつでもいいぞ」


 ヴィルトは相手が構えても何もせず、ポケットに手を入れたまま動かない。

 その間に再生は完了し、肉体の傷は無くなる。


「では……参ります!」


 ヴォルフはそう宣言すると腰を低く構え突進。

 獣の如き突進だ。聖力による強化を含めた突進だ。


(速い!)


 その速さにヴィルト含め全員が驚愕する。

 大剣を片手で振る腕の筋力に鎧に剣を持った状態での驚異的な速度。身体能力という点ではヴィルトに次いで高いだろう。


 そのまま剣を使って斬り裂こうとし──ヴィルトはポケットに手を入れたままバックジャンプをし回避。

 避けられた事に驚く暇無くヴォルフは続いて剣を振るう。

 一度、二度、三度。全て避けられる。


「うわ、僕の時は避けなかったのに!」


 遠くからローニャの抗議の声が上がった。


(すまんな、こいつのは受けてやれる攻撃ではない)


 ヴィルトは内心で謝罪しながら攻撃を避ける。

 ヴィルトは別に回避行動が出来ないという訳ではない。単にする必要が無かったのでしてこなかっただけだ。

 ヴォルフの攻撃は避けるべき攻撃と判断出来る程に鋭いのだ。喰らえばそこそこ深く斬られるだろう。致命傷には程遠いだろうが。


(速い!)


 そんな避けるヴィルトにヴォルフは内心で舌打ちをする。

 ヴィルトの回避行動もまた身体能力任せのごり押しだ。

 非常に高い動体視力で相手の次の動きを予測し、身体能力に任せて身体を動かし回避する。

 身体能力が高すぎるが故の力技である。


 ヴィルトは後方にジャンプすると距離を取る。


「今度はこちらから──」


 ヴィルトが最後まで言う暇無く、ヴォルフは剣を大上段に構え、振り落とす。

 すると聖力で出来た三日月上の刃が形成され、ヴィルトに向かって直進する。ヴィルトの身長よりも余程高い──二メートルはある飛ぶ斬撃だ。


「ちっ!」


 ヴィルトは拳を握り、飛ぶ斬撃を殴る事で飛散させる。


 斬撃を消したヴィルトに視界にヴォルフは映らない。


「何処へ?!」


 その答えは上空だ。

 ヴィルトの視界に映らぬ程に高い場所へ跳んだのだ。

 ヴォルフは上空で剣を構えながら落下する。

 風切り音でヴィルトは気付き、空を見るも一手遅い。ヴィルトはヴォルフを視界に収めると同時に肩から腰まで斬られた。


 ヴォルフは地面に着地すると同時に後ろに跳躍。距離を取る。


「……やるな」


 ヴィルトは斬られた体を見ながらそう呟いた。

 刃は致命傷ではない。肋骨の少し前程度までしか斬られていない。常人ならば失神する程の傷の深さだが痛覚が正しく機能していないヴィルトは失神とは無縁だ。


「降参しますか?」


 ヴォルフは好戦的な笑みを浮かべながらそう告げる。


「まさか。勝負はここからだろう?」


 ヴィルトは体を再生しながら同じく好戦的な笑みを浮かべながら言う。

 ぐじゅぐじゅと気色の悪い音と共にヴィルトの体が再生する。


 服を着られた事でヴィルトの上半身の服全て──ブラジャー含めて地面に落ちたが誰も気にしない。


「さぁ、行くぞ!」


 ヴィルトはドン、と地を蹴り疾走。目にも見えぬ速度でヴォルフに接近する。


「!」


 余りの速さに呆気にとられたヴォルフは一手遅れ、大剣を構え防御する。


「どりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 ヴィルトは矢鱈滅多らに拳を振るい殴りかかる。

 ヴォルフは器用に大剣を構え防御。拳を防ぐ。


(ぐっ、重い!)


 ヴィルトの拳の重さにヴォルフは驚きながらなんとか耐える。

 ヴィルトの体重はそこまでない。六十キロあるか無いか程度だろう。

 だが速度がある。速さは重さ。高速で繰り出される拳は重みを感じさせる。


「せい!」


 そして最後にヴィルトは蹴りを繰り出し、ヴォルフを大きく吹き飛ばす。

 ヴォルフは地面に足を着けたまま飛ばされ、五メートルは後退する。


「……やりますね、シュヴァイン殿」

「そういう貴様もな」


 くく、とお互い笑い──両者同時に駆け出し衝突した。


「はぁぁぁあ!」

「せやぁぁぁ!」


 両者掛け声を上げ、拳と大剣が衝突する。

 大剣とは思えない攻撃速度はやはり聖術による強化あってこそ。


「ぐっ!」


 だがやはり拳であるヴィルトの方が攻撃の回転速度は速い。

 何発もヴォルフの鎧に拳が命中していく。

 更にヴィルトの拳は重い。一発一発が大きなダメージとなる。

 そしてついに、胸に大きな一撃を貰ってしまう。


「がっ!」


 ヴォルフは苦痛の声と共に飛ばされ、大地に転がる。


 ヴィルトはヴォルフの顔面の真横にスタンピングをする。

 地面を大きく揺らし、地面にヴィルトの靴型の後を残した。


「まだやるか?」

「……いえ。私の負けです」


 ヴォルフはそう負けを認めるのだった。


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