第29話
「つっかれた!」
ヴィルトは案内された貴賓室のリビングで叫んだ。
「お疲れ様、ヴィルト」
そう返答をするのはリアだ。
居間この部屋にはヴィルト、リア、ローニャ、ノワールの四人が居る。
服装は違う。ドレスから変わり就寝用の服である。
ヴィルトは猫が描かれた寝間着を着ている。リア達三人は無地の寝間着だ。
尚アンタレスは外見が男なのでアンタレスは別の部屋に案内された。
四人でテーブルを囲み、水を飲む。
「しかしパーティとはこうも窮屈なものなのか?」
ヴィルトはそうローニャに問いかける。
「まぁ、今回のパーティは大分変則的なものでしたからね。ダンスも無かったですし」
「ダンス? 普通は踊るのか?」
「えぇ。楽団を招いてちょっとした曲と共にダンスするのがパーティの流れです。ただ今回は平民でダンスを踊った事が無いだろうヴィルトさんがいるから無しにしたんだと思います」
「なるほどな。確かに我はダンス等踊れん。教われば出来る自信はあるが」
四人はちょっとした雑談に乗じる。
ノワールが部屋の時計を見る。
余談だが、この世界にも時計は普通にある。
大半が聖力をエネルギーとして動く時計であり、聖具の一種だ。
こういった貴族の屋敷等にもある聖具は専属の聖術師がエネルギーを込めるのが仕事になっている。
「もう九時ですね……ちょっと早いですが寝ますか?」
「ああ、もう寝よう。我は疲れた」
よっこいしょ、とヴィルトは立ち上がり寝室に向かう。
「私達も寝ましょ。明日に備えなきゃ」
という事で四人は眠る事にした。
■
寝室にはダブルベッドが二つある。
その為リアとローニャの二人とヴィルトとノワールに別れてベッドに入り眠っていた。
むくり、とヴィルトは起きた。
寝室に灯りはあるが今は着いていない。何となくでヴィルトは隣を見るがそこにはノワールはおらず隣のベッドにもリアもローニャもいない。
優れた聴覚で聞き耳を立てれば寝室の外で何か話しているのが聞こえて来た。
ヴィルトはベッドから降り、スリッパを履いて寝室を歩き寝室のドアに手をかけ、開ける。
ガチャりと音と共に寝室を出たヴィルトは口を開けて「おはよう」と挨拶をする。
「あ、おはよー、ヴィルト」
「ヴィルトさん、おはようございます」
「おはようございます、魔王様」
三人はソファに座って何か話していたのか仲良く隣同士に座って居た。
「今は何時だ?」
「もうすぐ七時よ~」
「そうか、ありがとう」
ヴィルトはそう言うと洗面台に向かう。
この貴賓室にもバスルームはある。小さな風呂と洗面台が付いている。トイレは別である。
洗面台に着くとヴィルトは蛇口をひねって水を出す。
この国にはこういった上下水道が完備されている。どの家庭にも捻れば水が出る蛇口があるのだ。
これを広めたのはハンデル商会だったりもする。当然王城にもこういった設備が付いている。
水で顔を洗い、タオルを取り出して顔を洗う。
リアやローニャはここから洗顔フォームだったりスキンケアの為に保湿液等を使うがヴィルトは面倒なので使っていない。
因みにスキンケア用品もハンデル商会が卸している。
「ふぅ……もう七時だというのなら飯はどうなるんだ?」
「多分持って来てくれると思いますよ」
ヴィルトの疑問にローニャが答えた。
丁度良く、その時部屋にノックがかかる。
「どうぞー」
とリアが返事をする。
「失礼します」
と一声かけてから貴賓室のドアが開いた。
入って来たのはメイドだ。
「朝食をお持ちしました」
「ありがとうございます」
メイドはワゴンと共に部屋に入って来る。
メイドは入り口で靴を脱いで部屋に上がると聖術でワゴンを浮かび上がらせる。
貴賓室の玄関は小さい段差がある。人では苦労しないがワゴンのような物だと段差で運べないのだ。その為に聖術を態々行使する。
もう一人メイドが入って来て同じように靴を脱いでワゴンを地上に降ろし運搬する。
ソファと机の前に来たメイドは朝食をテーブルに並べていく。
手早くすませ、テーブルに料理が置かれた。
オムレツにスープにパンの三つである。どれも出来立てか保存の聖術をこうしたのか暖かそうである。その料理が三人分置かれる。
最後にメイドは小さなベルを置いて行く。
「どうぞ召し上がってください。片付けの時はこちらのベルを鳴らしてください。取りに伺います」
「わかりました」
それではこれで、とメイド二人は靴を履いて部屋を出ていく。
ヴィルトもソファに座る。
そして食事が始まる。
一応敬虔なシェプファー教の信徒等であれば食事前に神に祈りを捧げる事はあるが、リアとローニャはそこまで信心深い訳では無いので祈らない。
一応リアは晩食時には今日を生きれた事を神に感謝する言を言う事があるがその程度だ。
ヴィルトとノワールは神を信じるどころか敵対する側なので当然祈る訳が無い。
ヴィルトはナイフとフォークでオムレツを切り分け口にしパンを食べる。
「美味いな、これ」
ヴィルトは宿で食べたオムレツよりもこちらのが美味いと頬張る。
四人で談笑しながら食事をする。ノワールは
朝食を食べ終わり、聖具であるベルを鳴らしてメイドを呼んで片づけて貰った後、四人はそれぞれ身支度を済ませる。
寝間着から普段着に着替え、歯を磨く。
ヴィルトもまた歯を磨く必要がある。虫歯などには成ることは無いが、食事の食べかすなどが歯に着くことがあるし、口内に残る事もある。
その為に歯を磨いたり口をゆすぐのは必要な事だ。
取り合えず出かける準備をした四人はソファに座る。
「で、今日はこれからどうするんだ?」
「……暫くは王城で接待されるでしょうね。貴族達も面会を求めてくるでしょう。侯爵クラスの貴族等の対面は避けられないかと」
この中で一番王都の事情や貴族関係に詳しいノワールがそう告げる。
「めんどくさいな……全部無視してほっぽりだすのはいかんのか?」
「駄目でしょう。最悪国と対立する事になりますよ。まぁ魔王様なら力でどうとでも出来ますが」
むぅ、とヴィルトは少し考える。
「……まぁ、仕方が無いと諦めるしかないな。しかし貴族が会いに来ると言うが何の為に会いに来るんだ?」
「取り込みでしょう。国の英雄である魔王様を取り込めばそれだけ政治的発言力を得られるし単純な武力として開示できます。更には政治に詳しくない平民出身の女、となれば舐めてかかって来る者も多いかと」
「ほーん……どうしようもないとしてもやはり面倒だな」
そこに部屋にノックがかかる。
どうぞ、とノワールが返事をするとドアが開く。
入って来たのは四十代程の貴族の男だ。
金髪碧眼の切れ目の男である。何処か威圧感を与える様な服を着ている。
「これはクヴァン様、よくぞいらしました」
慌ててノワールが立ち上がり歓迎の意を示す。
入って来たのはモーテル、この国の宰相を務める男だ。
爵位は公爵、王の次に偉い男である。
「楽にしていいですよ。言葉遣いもそこまで気にしなくて結構です」
モーテルは微笑みそう言おうと靴を脱いで部屋に上がる。
「何の用だ?」
ヴィルトが不躾にそう問いかける。
「用事はこれです」
モーテルは懐から箱を取り出す。
四角い箱だ。箱自体にも装飾が施されており上部分には宝石が付いている。
「失礼」と一声かけてからモーテルはノワールの隣に座る。
ソファは充分広い。三人が座れる程度には大きい。ヴィルトとリア。ローニャとノワールで別れて座って居る。
ノワールは慌ててソファに座る。
「どうぞ開けてください」
ふむ、とヴィルトは箱を手に取り開ける。
「これは……?」
中に入っていたのは紋章が描かれた四角い板のような物だ。
シルバーグレー色の土台に青色の絵具でピッポグリフの紋章が描かれている。
「これは君の地位である特別外遊団を示す物だ。名は外遊団証」
「ほー」
ヴィルトは手に取りまじまじと見つめる。
「これを持つ事によって君は国内において公爵クラスの権限が与えられる。罪人を自己判断で処すことも出来るし、土地の売買もまた許可される。特に強力なのは君の行動を他の貴族に支援してもらう事が出来るという点だ」
「ほへー」
ヴィルトは放心しながら説明を聞く。
「まぁ、詳細はこちらに書いてあるから後で読んでくれ」
モーテルはそう言うと懐から紙の束を取り出す。
紙は五枚ほど重なっている。
「これが君がこれを持つ事によって許される行動一覧だ。よく読んでくれ」
「わかった」
ヴィルトは紙の束を前に読むのめんどくさそうだなと思いながらも返事をする。
「では私はこれで。君たちの活躍を期待しているよ」
モーテルはそう言うと立ち上がり、玄関で靴を履いて部屋を後にするのだった。
「しかしこれが身分を証明するのか」
ヴィルトは外遊団証をまじまじと見ながらそんなことを呟く。
「これからは行動が楽になりますね。恐らくこれを使えば貴族からの誘いも断る事が出来るでしょう」
ノワールはそう言いながら渡された紙束を捲り読んでいく。
「そうなのか? じゃあ勧誘とかも一瞥できるのか」
「そうとは行きません。最低限相手の顔を立てる為にある程度話を聞いた上で断る必要があるかと」
「……人間の社会は面倒だな」
はぁ、とヴィルトがため息をつくとまたしても部屋のドアがノックされる。
どうぞ、とまたもノワールが返事をするとドアが開けられる。
入って来たのは三十代程の貴族の男だ。後ろには白髪の執事を連れている。
貴族は中に入るなり口を開く。
「始めまして、ヴィルト・シュヴァイン殿。私は──」
そして貴族はそれそれは長い話を繰り広げる。
曰く貴殿の力は国の為に使うべきだ。貴族に仕える事こそ貴殿の務めだ、等と言う。
ようは自分に仕えろと遠回しに言ってきたのだ。
当然、それを受け入れる訳が無くヴィルト達は断る。
だが相手も食い下がり、あーだこーだと言い合う事になる。
男が部屋に来てから三十分は同じ会話が平行線のように続き、男が諦めて帰るのには合計四十分かかるのだった。
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