第28話


 ヴィルトは王城の貴賓室に戻ってきていた。

 完全にやる事も無いので外でも見ようか、と窓辺に寄った時、部屋にノックがかかる。


「どうぞー」


 ヴィルトは軽く返事を入室を促す。


 失礼します、と入って来たのはメイドだ。

 貴族特有の金髪碧眼の容姿を持つメイドだ。

 この国のメイド等は貴族の次女や三女が成る事が多い。

 身分のはっきりした教養のある者となると貴族ぐらいしかいない。中には経験を積ませるという事で嫁入り前の長女などがメイドに一時的に成る事もあるが。


「ヴィルト、来たわよー」


 続いて入って来たのは見知った女、リアだ。


「ヴィルト様。御傍を離れて申し訳ございません」


 そしてアンタレス、ローニャと続いて入って来る。


「なんだ、皆来たのか」

「えぇ。これから行われるパーティに参加しないといけないからね」


 ふふ、とリアは軽く笑う。


「という事ですので、皆様には着替えて貰いたく思います」


 メイドがそう言う。


「わかった。何に着替えればいいんだ?」

「服等はこちらでご用意します。どうぞこちらへ」


 メイドに従い、一行は部屋を出る。

 王城の廊下を少し歩き、付いた部屋はドレスルームだ。

 非常に広い部屋であり、壁にはクローゼットが置かれており、部屋にはハンガーラックが多数あり、様々な服がかけられている。

 また部屋には何人ものメイドが控えていた。


「シュヴァイン様、リア様、アルテリシア様、ノワールはこちらで着替えをお願いします。アンタレス様は男性なので別室でお着換えの方お願いします」


 自分は男ではなく無性なのだが、とアンタレスは顔で訴えるが人格が男性よりなのは事実なので逆らう事無くメイドに着いて行った。


「……私も着替え必要ですか?」


 にゅっと。ノワールはリアの影から器用に頭部だけを出して訴える。


「必要です。其方でドレスを持っているというのならばそちらに着替えて貰っても構いませんが……」

「……いえ。大人しくこちらでドレスを借ります」


 諦めてノワールは全身をリアの影から出した。

「では、着替えといきましょうか」




 それから約三十分。四人はメイド達に着せ替え人形として扱われた。

 ローニャとリアは喜んだ。これまで見た事の無い、触れる事さえ叶わないような高級服を着れるのだ。

 しかし困惑するのはヴィルトだ。そもそもヴィルトにとって服とは陰部を隠すモノという認識なので多数の種類がある事自体ヴィルトにはよくわからない物なのである。

 なので着替えもメイドに言われるがまま多数の服を試着されたりした。

 ノワールもまた面倒くさがりながらドレスを着て行った。たdしノワールはある程度貴族とも付き合いがある為ドレスを着るのは慣れているが。


 そうして一行はこれまで見た事の無い服に着替えた。


 リアは蒼いドレス。貴族らしい高級品である。

 胸元が大きく開いた形のドレスであり、リアの大きな胸が見えている。

 靴も同じく青のハイヒールだ。


 ローニャは純白のドレスだ。此方は胸は開いていない。

 白いハイヒールを履いた姿は様になっており、貴族として着慣れているのが分かる。


 ヴィルトは赤いドレスだ。目の色に近いドレスである。

 動きやすさを重視したドレスであり、スカート部分が動き易いように作られている。

 これまた同じように赤いヒールを履いている。


 ノワールは漆黒のドレスを着ている。一見すれば瀟洒な令嬢に見えるだろう。


「では行くぞ!」


 ヴィルトは気合をいれ、パーティ会場に向かった。



 ■


「おお~」


 会場に入ったヴィルトは感嘆の声を上げた。


 会場は広い。

 百人以上入っても問題ないぐらいに広く、ゆとりのある空間だ。

 天井からは水晶のシャンデリアが下がり、聖術によって光が灯されている。

 壁には聖具による灯りがあり、此方もまた純白の光によって照らされている。


 会場には壁や中央等にテーブルが置かれ、テーブルの上には様々な料理が置かれている。

 立食形式であり、既に貴族達の何人かは食事をしていた。


 パーティ会場に入って来たヴィルト達一行を貴族達が見やる。


 その視線にあるのは懐疑と恐怖。

 本当にこんな女が魔竜ジャガーノートを倒したのか、という疑問と真に倒したというのなら自分たちを嬲り殺せる力を持っているという恐怖。

 古今東西権力の基盤にあるのはやはり暴力だ。いつの時代どんな国だって名前が変わろうがやはり底にあるのは暴力という抗いがたい力だ。

 貴族達もそれぞれ騎士団なり親衛隊なり作って武力を持っている。武力があるから権力を持つ事が出来る。

 そんな自分たちの根底にある武力を圧倒的に上回る存在を前に、貴族達は委縮するしかない。


 リアとローニャ、ノワールにアンタレスはそんな貴族達に気づき、ヴィルトは人の感情に疎いので気づきようが無い。


「飯あるぞ! 飯!」

「そんなガッツかないの」


 うひょー! とテーブルの上の料理に向かって駆け出した。

 テーブルの上から見た事の無い料理が並んでいる。


「これはなんだ?」

「これは魚を使った料理ですね」

「ほー、これが魚なのか」


 魚の煮付けを前にヴィルトは目を輝かせる。

 ノワールが従者として魚の煮つけを小皿に取り分ける。仕事を取られたアンタレスはノワールを睨んだ。


 取り合えず各々好きにしようか、と一度解散しようとした時近づいてくる男が居た。

 歳は五十代程。年老いて白髪になっているが碧眼は変わらない。

 強者の貫録を醸し出す男はヴィルトに近寄ると自己紹介と共に手を差し出した。


「始めまして、魔竜殺し、ヴィルト・シュヴァイン殿。私はケヴィン・ローマン。こう見えて公爵をしている」

「はぁ。我はヴィルト・シュヴァインだ」


 ヴィルトは生返事と共に差し出された手を握る。


「会えて光栄だ。パーティは楽しんでおられるかな? この会場には国中の贅を凝らした料理がある。是非とも堪能して欲しい」


 ケヴィンの行動に他の貴族達は感心する他無かった。


 今回のパーティの目的は表向きヴィルト・シュヴァインを称えるパーティだとされているが、実際は違う。

 目的は貴族達にヴィルト・シュヴァインの名と姿を覚えさせることだ。

 この世界に写真機や写真魔法なんていう便利な物は存在しない。

 故に他者の顔を覚えさせるとなると似顔絵か実際に合わせるかの二択になる。

 だが当然似顔絵という絵だと絵描きの手によって絵のタッチが変わるし良くも悪くも脚色されるものだ。

 その為実際に合わせる方が確実性が高いために王国は危険を承知でパーティを開くことにした。

 これで下手な貴族がヴィルトの事をヴィルトだと知らず下手に手を出して国崩壊しました、なんていう馬鹿な事を避ける事が出来るのだ。

 またこれである程度ヴィルトの人格面も知る事が出来るだろうというちょっとした楽観視も含まれている。


 ケヴィンは第一に接触する事でヴィルトの内面を探ろうとしているのだ。

 それを察した貴族達はケヴィンに感謝と尊敬の念を抱く。正体不明の存在に対しいの一番に動くことが出来る大貴族に尊敬をする。


 ケヴィンとヴィルトは軽い雑談を交わす。

 会話の内容はジャガーノートとの戦いについてだ。

 ヴィルトは機嫌よく話し、ケヴィンが聞き役に徹する。


 会話の方法、表情の動きからヴィルトについて考察するのだ。


 そこに更に声をかける者達が現れる。

 歳は二十代程のまだ若い貴族達だ。

 顔つきは誰も優れており、イケメンと呼んでいい部類だろう。

 そんな彼らはリアやローニャ、ノワールに話しかける。


 途中で貴婦人も来てアンタレスも話を始め、一行は談笑を始めるのだった。



 ■


「ふぅ……」


 パーティ会場の奥の壁でヴィルトは人知れずため息を吐いた。

 ワイングラス片手に佇む姿はヴィルトの美しさもあって実に絵になるだろう。


(すこし疲れたな……)


 ヴィルトが軽く周囲を見渡すと其処にはヴィルトの仲間が今も貴族達と話している様子が見える。

 貴族であるローニャはこういったパーティに慣れているし、準人間であるリアも人相手──貴族だが──に緊張する事無く受け答え出来ている。

 魔族だが商会の長として活動してきたノワールもまたパーティぐらい開く側であるし、元人間で貴族であるアンタレスもまた教育だけは受けている。

 だがヴィルトはそんな教育など受けている訳もなく、見知らぬ他人との会話を続ける事に気疲れを起こしたのだ。

 ヴィルトは肉体的疲労とは無縁だが精神的疲労は無効化出来ていないのである。無論他者からの精神への干渉ぐらいは無効化出来るが内から湧き上がる恐怖などの精神異常は無効化出来ない。


 取り合えず暫くしたらリアの元に戻るか、と思いワインを一気飲みする。

 普通の人間ならば身体には悪いがヴィルトは毒物を無効化出来る。酔うという事も無く味だけを味わえる。

 そこに、ヴィルトに近づく男が居た。


 歳はまだ十代後半程度だろう。非常に若いと言える。

 金髪碧眼の貴族として面白みの無い容姿だ。

 顔つきも特別優れているという事も無く、言ってしまえば何処にでもいそうな顔立ちである。


「おい、お前」


 その男──名をコリン・ドートという。

 彼はある意味で幸運で、ある意味で不幸だった。

 幸運は貴族として三男の身なのに次期当主になった事と、不幸は成ってしまった事。

 彼には二人の兄が居た。だがもういない。

 居なくなった理由は二つ。一番上の兄は盗賊によって殺され、二番目の兄は魔物によって殺された。

 結果三男であり王家主催のパーティに来るはずもない者が来てしまっているのだ。


 そして彼は、狭い世界で暮らしていた。

 スペアのスペアとして最低限の教育だけを受けさせられ、外の世界をよく知らないうちにこんなパーティに連れて来られた彼は、ある意味では不幸なのだろう。


「お前、平民なんだってな、平民の癖に魔竜を倒したとかなんとかで、おだてられやがって」


 ちっ、とコリンは舌打ちをする。

 それに対しヴィルトはなんだこいつ、とは思いつつも「はぁ」と気の抜けた返事をする。


 その会話を聞いていた他の貴族達の顔が顰める。

 何を言っているんだこいつは、という目線がコリンに集まるもコリンはそれに気づけない。

 このパーティの護衛として来ていた騎士団団長ヴォルフは鋭い目でコリンを睨み、構えを取る。


「お前、見た目だけはいいからな。喜べ、俺の正妻にしてやる。これは名誉なことだぞ、只の平民が貴族の妻になれ──」


 その先の言葉は言わせられなかった。

 コリンの膝から下が斬り落とされたのだ。


「ああああああ! あしっあし! あしががああああああ!」


 コリンは情けなく絶叫し、崩れ落ちる。

 それを成した者──騎士団団長ヴォルフは冷たい目でコリンを見下す。


 声を煩わしく思ったのかヴォルフは聖力による猿轡を作り出し、コリンの口に嵌める。


「──本当に申し訳ないシュヴァイン殿! このような馬鹿者が紛れてしまい申し訳ない!」


 ヴォルフはそれはそれは綺麗なお辞儀をした。九十度曲がったお辞儀である。


「お、おう」


 そしてヴィルトは展開に着いて行けていない。なんか変なのが来たと思ったら足を斬り落とされているのである。


 だが、ヴォルフとしては内心穏やかではない。

 本当に誰だこんな馬鹿を招待したのはと内心怒り狂っている。

 現在判明しているヴィルト・シュヴァインの能力だけで国を滅ぼせるのだ。下手に機嫌を損ねてどうする。

 国を滅ぼす様な事はなくとも他国に行かれるだけでも損害なのだ。ゼーティ王国への印象を良くしといて損は無い。


「まぁ、相手もそんな悪い奴じゃないだろうし……我は気にしてないからな」

「寛大なお言葉、ありがとうございます。ですが然るべき処置はしなくてはなりません」


 コリンは良くて処刑、悪ければ家の取り潰し兼一家郎党処刑だろう。

 最低でもコリンは殺さねば国としての威厳が保てなくなる。


「いや本当に申し訳ないシュヴァイン殿。今後このような事が無いように注意いたします」


 それでは、とヴォルフは念力の聖術でコリンを浮かばせ、パーティ会場を出ていくのだった。


 多少の問題は有りつつも、大きな事には成らずにパーティは終わるのだった。

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