第27話


 その日、王都はある話で持ち切りだった。

 三十年前に王都を騒がせ、恐怖に陥れた魔竜ジャガーノートがさる冒険者の手によって討伐されたというのだ。

 王都は歓喜に湧き、人々は笑う。


 当時を知る者達はあの魔竜が! と騒ぎ、それを知らぬ若者は何か凄いことが起こったんだな程度と認識するが皆が喜ぶのでとりあえず喜ぶ。


 そして王都は一日で国の騎士や聖術師が飾りつけを行い、歓迎のムードが流れる。


 王都の大通りの中央は制限され、端に人がこれでもかと集まる。

 勿論人だけではない。魔族に獣人に洞窟小人ドワーフ森妖精エルフ、珍しくフェアリーまでいる。

 所狭しと人々が話題の魔竜を見ようと集まって来たのだ。

 宣言が成されたのは一日前だというのに、王都中の人々が集まっている。


 その日の朝、王都の大通りの門が仰々しく開き、一頭の馬に乗った女が現れた。


 見眼麗しい女だ。釣り目であるが、それがアクセントになる。

 十人中十人が振り返るような美貌を持つ女だ。

 ただ女としては成熟してないのか、胸も尻も小さい方である。

 黒い髪に赤い瞳を持つ女は堂々とした振る舞いで馬に乗る。

 馬もまた一目見て質が良いと分かるいい馬だ。

 白馬の馬であり、筋肉質な馬だ。


 その女──ヴィルトの後に続くのは四頭のスレイプニルと呼ばれる魔物だ。


 八本足の馬であり、動が普通の馬よりも長い。

 黒い毛並みを持つ馬であり、勿論普通の馬ではなく魔物の一種だ。正し人類が家畜化に成功した珍しい魔物でもある。

 一体に付き普通の軍馬八頭分の金がかかるとされる馬だが、それだけの金を出す価値はある。

 食事量が普通の馬の八分の一で済み、そのくせ運動能力は八倍どころじゃすまない程に高い。

 スレイプニルに乗って傾斜面を登る、などという無茶苦茶な事だって出来るほどに能力が高いのだ。


 そのスレイプニルが四頭。スレイプニルに乗るのはピッポグリフが描かれた紋章を胸に持つ騎士達。


 そして引いているのは、バカでかい荷車。


「うお、あれが魔竜か!」


 若者の一人が声を上げた。


 それに釣られ、パレードに居る人々が声を上げる。


「すげぇ、でかい!」「デカすぎんだろ……」「あれ、よく運べたな!」「あれがジャガーノート、すっげぇな……」


 荷車の形は簡素な物だ。

 木の板に車輪を付けた物であり、急ごしらえのような装飾一つ成されていないモノだ。

 事実、これは一週間で急ピッチで作り上げた物であり、耐久性と移動能力に振り当てた事で見た目が重視されなかった荷車である。


 その荷車には紐でくくられ落ちないように固定されたジャガーノートの死体の頭部が乗っている。


「本当にあの少女がジャガーノートを倒したのか?」「この目で見ても信じられない……」「あの子可愛くね?」


 人々は好き勝手ヴィルトとジャガーノートを見て言う。


 その先頭を歩くヴィルトは内心(こいつらここで消し飛ばしたら気持ちいいかな)などという物騒な事を考えていた。


 ジャガーノートを載せた荷車の後ろには王国騎士団の団長ヴォルフ・リッターが馬に乗り進む。鎧だけを纏い、武器は手にしていない。

 その後ろには騎士団十四名がこれまた同じく馬に乗って進んでいく。


 ヴィルトは先頭を馬の上から人々の視線を一身に集めながら進んでいく。

 馬というのもあって普通に歩くよりかは早い。


 王城までは約十キロ。長い道のりをパレードは進む。


 普通ならば馬に乗っていても疲労するであろう所をヴィルトは魔王であるという理由で疲労とは無縁の体で問題なく進む。


 ヴィルトは馬に乗ったまま王城に進む。

 王城の門を潜り少し進むと馬を停止させ、馬から降りる。

 パレードは続いてこない。別の道を通っている。

 ジャガーノートの死体を解体するために王都の魔物解体所に連れていかれているのだ。


(さて、ここで待てとの事だが……)


 ヴィルトは今日の予定を思い出す。

 ソフィラから教えられた今日の予定は何時もより多い。


 まず、朝パレードをして王城まで進む。

 その後王城で王と謁見し、その後少しの休憩。

 次に王城前の演説台に行き、ちょっとした演説をする。

 その後また休憩をして、パーティである。その時にパーティメンバーであるリア達と合流する。

 ノワールも今はヴィルトの影ではなくリアの影の中に居る。


「やる事が多くて大変だな……」


 面倒になって投げ出したくなるのを抑える。


「あ、来た」


 そして遠くから馬に乗った女が来るのを見てヴィルトは手を振る。


 黒い馬の乗ったのは騎士団団長ヴォルフ・リッターだ。

 ヴィルトの前まで馬に乗って移動してくると馬から降りる。


「ヴィルト・シュヴァイン殿だな。私に付いてきて欲しい」

「わかった」


 事前にソフィラから「難しいようなら敬語とか使わなくて大丈夫だから。いや出来れば王様の前では使って欲しいけど無理なら全然いいから」と言われているヴィルトは敬語を使う気はない。

 例え王の前だろうと使う気は無かったがリアが「いやさすがに王様の前だと使った方がいいでしょ」という言葉によって王の前でだけ使う気でいる。

 その為に相手が騎士団団長だろうが敬語は使わない。ヴィルトは自分こそが魔王と言う自負があり、魔王が他者に靡くような言動は控えるべきだという考えを持っている。


 ヴォルフの案内を元に王城に入り中を進んでいく。


 正面のホールから外れ、横の階段に移動する。

 階段を登って行き、三階まで登ると廊下に出て移動する。

 廊下は広い。廊下にも壺などが置かれており、美を保っている。


 廊下を進んだと思えばまた階段を登り、上へと上がっていく。

 右に行ったり左に行ったりしながらヴィルトはようやく玉座の間まで辿り着く。

 玉座の間は巨大な門がある。彫刻も凝っている。


 隣にはヴォルフが立っている。


「この中に入ればいいのか?」

「あぁ。門が開くから待ってくれ」


 そうして待つ事一分。自動的に門が開いて行く。


(ほー、門事態が聖具か。込めた聖力で自動的に開く様にしているのか……無駄に凝っているな)


 ヴィルトは門が動くのを見て込められている術式を見破る。魔王にとってこれぐらいは訳無い事だ。


 門が完全に開き切り、ヴォルフが進んでいく。遅れてヴィルトも進む。


 門をくぐり中に入ると、中は玉座の間である。

 ヴィルトの正面には玉座が一つ置かれている。玉座にもまた彫刻が施されている。

 床には赤いカーペットが敷かれている。ふかふかな上質な物が叱れていると歩くことでわかる。

 ヴィルトは堂々と胸を張って進む。そしてキョロキョロと節操なく周囲を見渡す。


 左右には並ぶように騎士が両手に剣を掲げる様に構え立ち、その奥には貴族たちが立っている。


 騎士は合計八名。貴族は十二名といったところだ。


 玉座には金髪碧眼の一般的な貴族の容姿をした四十代程の男が座って居る。

 服はどの貴族よりも豪華絢爛な物を纏っている。ヴィルトにそれらの違いは判らないが。

 玉座の右前には王と同じく四十代程の切れ目の男が立っている。


 ヴォルフはある一定の地で止まり、片膝を付く。


(? なんで片膝ついてるんだ?)


 そしてヴィルトは変わらずたちっぱである。

 ヴィルトにはこういう時、王を前にしたときに平伏した方が良いなどと言った常識を知らない。無知にして無垢なる魔王なのである。


 本来ならば一週間もあるのだから誰かが教えてしかるべきだが、そうはいかない事情が王国側にもある。

 まず誰を教育係にするのか、という問題がある。

 王国には二つの派閥がある。王を中心にした王派閥。貴族中心の貴族派閥。

 ヴィルトに人を当て学ばせるとなればそのどちらかの人間に声をかけなければならなくなる。

 だがヴィルトは国にとって余程重要な存在だ。下手な者にやらせるわけにはいかない。

 更にはヴィルトが急にジャガーノートを倒したことでそのことを早急に宣言し知らしめないといけないというのもある。

 つまりどちらの派閥にも角が立たないように根回しする時間が無かったのだ。だからヴィルトは碌に教えられることなくこの場に立っている。


 ヴィルトが王を前に不敬にも立ちっぱなしである事に何人かの貴族の目が鋭くなる。だが声を発する者は居ない。

 勿論王は何も思わない。


「──冒険者、ヴィルト・シュヴァイン。この度は大義であった」

「はぁ」


 王の言葉にヴィルトは生返事をする。ヴィルトにとっては適当に魔物退治したら王に呼ばれるというよくわかっていない事態である故に仕方のない事だ。

 だが他の貴族がそう思う訳もなく、更に目つきは鋭くなる。


「魔竜ジャガーノートを討伐した功績を称え、ここに其方に騎士爵を与える」


 王は其処で言葉を終わる。

 すぅ、と一息吐いてから再び口を開く。


「またこれだけでは足りぬと判断し、王家から褒美五千万ルエを贈呈しよう」


 その言葉に貴族達がざわついた。

 五千万ルエは大金だ。流石に国家予算並みとは言わないが、平民には過ぎた金である。

 何せ大貴族の年収に匹敵するのだ。生涯遊んで暮らせるとは言わないが十年は遊んで暮らせる金である。


「更に其方に『特別外遊団』の地位を授ける。これは其方の成す事を全て我が王国、ゼーティ王国が全面的に支援する事を意味する」


 またしても貴族達がざわついた。

 これまでにない新しい役職の創造とそれを一平民に与える。そのことに貴族達は目を見開く。

 だが何人かを除いて大抵の貴族は魔竜ジャガーノートを倒した英傑に対する処置なのだと納得する。


 その後も細々とした事を王は伝える。

 ヴィルトは大人しく話を聞いていた。


 最後に宰相が口を開いた。


「では、これにて授与式を終わるものとする。各自退席を」


 その言葉によって場の緊張感が薄れる。

 ヴィルトは大人しく後ろを向き、玉座の間を出るのだった。



 ■


「どうぞこちらでお寛ぎください」

「ああ、わかった」


 ヴィルトは玉座の間を出た後、直ぐにメイドに見つけられ貴賓室に案内された。

 連れられた部屋は玉座の間から離れた部屋だ。


 内装は高級ホテルよりも広い。

 部屋は幾つかに別れており、バスルームに寝室、リビングとなっている。

 リビング一つとっても広い。広さで言えばヴィルトが泊っている宿とあまり変わりはないが、調度品や家具の質が圧倒的に此方の方が上になっている。


「では私はこれで。何かあればベルを鳴らしてください」

「わかった」


 メイドが部屋から退室する。

 ヴィルトは入口の玄関部分で靴を脱ぎ、部屋に入る。

 取り合えず座るか、とヴィルトはソファに座る。

 ソファとクッションの柔らかさを堪能し、ふぅ──と息を吐きながら上を向く。


「疲れた……」


 今までしたことの無い、謁見に儀式。ヴィルトはこの手の事に無知だ。

 何もわからぬまま雰囲気に流されていったがこれでよかったのだろうか、と一抹の不安を感じるが今更か、と開き直る。

 肉体的な疲労とは無縁だが精神的な疲労はまた別だ。気疲れを起こしている。


 其処に部屋がノックされる。


「どうぞー」


 気の抜けた返事をヴィルトはする。


「失礼する」


 そう言って部屋に入って来たのはヴォルフだ。鎧を脱ぎ、ラフな格好になった状態で来ている。


「今後の予定を話したく来たのだが、今は大丈夫だろうか?」

「大丈夫だぞ」

「それはよかった」


 ヴォルフもまた靴を脱いで部屋に入って来る。

 ヴィルトの前のソファに来ると「失礼」と一声かけてからソファに座る。


「この後、演説台に言って貰うが、そこで貴殿に何かしてもらうという事は特には無い」

「そうなのか?」

「ああ。王が『この者こそが魔竜ジャガーノートを倒した英雄である』と言うのでその時に一歩前に出て剣を掲げて貰う。その後王が手を上げたら剣を収めて一歩後ろに下がってもらうというだけだ」

「なんだ、そのぐらいか。なら簡単そうだな」

「ああ。此方としても貴殿にはそこまで求めていないからな……」


 ヴォルフはじっと。ヴィルトを見つめる。


 ──強い。ヴォルフはそう感じとった。


 一定以上の実力を持つ戦闘者は相手の実力を感じ取る事が出来る。

 それは相手の雰囲気であったり筋肉量だったり歩きからだったり。

 だが最も分かりやすいのは保有する聖力や魔力の容量だ。

 多ければ多い程行使できる術が多くなる超常のエネルギーは単純に保有する量こそ一番の判断材料になる。


 ヴォルフの見立てではヴィルトが保有するエネルギー量は自身の数百倍。


 こんなのに勝てるか馬鹿野郎。ヴォルフは内心で叫んだ。


 下手したら数百倍というのも小さいかもしれない。数千倍は無いと信じたい。それほどまでにヴィルト・シュヴァインが保有する魔力量は馬鹿げている。

 それこそ雑に魔力として開放するだけで城が消し飛ぶんじゃないかと思える程だ。


 これ相手に下手に取り込みだとか従属化とか王が考えなくてよかった。本当に良かったとヴォルフは思う。


「……なんだ? 我の顔に何か付いているか?」


 じっと顔を見つめているヴォルフにヴィルトが問いかける。


「いえ、何でもありません」


 ヴォルフは失礼なことを、と頭を軽く下げた。


「では、九時半になりましたらまた伺いに来ます」

「ん、わかった」


 ヴォルフはそう言うと立ち上がり、一礼をしてから部屋を出るのだった。



 ■


 時刻は九時半過ぎ。

 王城前にある演説台前の広場には多数の人々が集まっていた。

 当然人間以外の種族も多い。魔族に獣人に森妖精エルフ

 もし観察眼が優れた者が入ればこの人々の中に戦闘力が高い者が多く混じっているのに気づけただろう。

 これは魔竜ジャガーノートを倒したという者を同じ戦闘者として一目見ようとして来ている者も多いからだ。


 木組みで出来た演説台の上で王が軽い演説をする。


「魔竜ジャガーノートの討伐は我が国の悲願であった。故に今ここで彼女を称えよう!」


 王がそう叫ぶと同時にヴィルトは演説台を登る。

 階段を登り、王の隣に立つ。

 ある種不敬にも見られるだろう事だが、王は問題ないと見なしていた。


「さぁ、この者こそが魔竜ジャガーノートを倒した英雄である!」


 ヴィルトは腰に差した剣を抜いて掲げる。


 そして民衆から叫び声が上がった。


(うーむ。民衆とはこういうのを求めるものなのか?)


 ヴィルトは一人、何もわかっていなかった。


 その後も王が軽い演説を行った後、ヴィルトと共に台を降りた。


「演説協力、感謝する」

「……この程度ならば苦にも成らんからな、感謝など不要だ」


 ヴィルトは王相手に不敬にも思われる言葉使いで返す。

 王もまた多少不快には思うが、相手が自分を肉片一つ残らず消し飛ばせる化け物だと知っているので不快感を態度に出すことは無く抑える。


 かくして平和的に行程の半分ほどが終わったのだった。

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