第2話 王子の覚醒
水瀬 拓──
演者登録は、ただのポイ活だった。
ゲーム内で一定の視聴数を得ればポイントが還元されるという仕組みに惹かれた。
名前も顔も売るつもりはなかった。
キャラ選択も自動、シナリオもおまかせ。何が起きても関係ない──はずだった。
登録を終えた翌日。
運営から、小さな箱が届いた。
「……うわ、本当に送られてくるんだ」
箱の中には、簡素な説明書と──
マットシルバーに輝く、ゴーグル付きヘッドギア型の簡易脳インターフェース。
脳波を読んで演技反応に最適化するという、未来じみた代物だった。
「……ま、ゲームなんだし、大げさなもんだろ」
軽い気持ちで、拓はヘルメットをかぶった。
肌に当たる冷たい金属の感触。
カチリ、と首元でロックがかかる。
わずかな機械音とともに、世界が静かに震えた。
微細な接触感。
意識の奥底に、何かが静かに「繋がる」感覚。
次の瞬間、視界にふわりと半透明の画面が浮かび上がった。
《インターフェース接続完了》
《演者ログイン準備完了》
拓は、ごくりと唾を飲み込む。
指も動かさず、声にも出さず、
ただ、頭の中で──「ログイン」──と念じた。
世界が、ゆっくりと溶け始めた。
《ログ開始:アレク・ヴェルンハルト 初期演者情報》
《ようこそ、“GodMode:Realize”へ》
この世界では、自分の言葉で喋ることはできない。
動きも、選ぶ道も、戦い方さえも──すべては『視聴者』の選択と、『演者』との共鳴。
そして、その一瞬の呼吸の合図に委ねられている。
『視聴者』は、投票し、コメントし、ときに課金し、物語を操る。
『演者』は、その意志を受け取り、ともに物語を紡いでいく。
ときに、視聴者の『意志』と演者の『共鳴』が完璧に重なったとき──
それは奇跡のような物語になる。
そう──主導権を持っているのは、いつだって『視聴者』なのだ。
あなたは『演者』となり、既に配役されたキャラクターを通じて物語を演じていきます。
《アレクにはこれまで41人の演者がログインしています(あなたが42人目)》
《人気ルート:開幕覚醒→戦場無双→姫救出→恋愛Sフラグ成立》
《過去評価:無双系テンプレ→演出過多との批判あり/中断期間あり》
《視聴者人気により、超高演出ルートでの再起用決定》
拓は、初期設定画面をぼんやりと眺めた。
「……すげえ、厨二病キャラだな」
スワイプしていくと、ド派手な覚醒シーンや、敵陣を一撃で吹き飛ばすムービーカットが並んでいる。
「ま、こういうの、見る分には嫌いじゃないけど……やるのはなぁ」
苦笑しながら、頭をかいた。
《現演者ランク:4127位(NEW)》
《好感度:初期値30%/注目度微増》
《演出イベント:戦場覚醒ルート確定》
(ふーん、4127位か……)
たいして期待されてないけど、別に気にしない。
ポイント稼げれば、それでいい──そんな程度だった。
そんな軽い気持ちで、
拓は世界へ踏み出した。
──そして、空が赤く染まった。
「アレク様!?本当にご出陣を!?」
「伝説の『七星剣』……まさか、本物……」
味方キャラがざわつく中、敵軍はすでに布陣を終えている。
千を超える兵。地響きがするほどの重装騎士団。
だがアレクは、ゆっくりと右手をかざす。
《スキル投票結果:神威解放・覚醒演出ON・人気セリフパターンB採用》
「ひれ伏せ。これは命令ではない──」
拓は、ほんの一瞬、言葉を区切った。
「──『結果』だ。」
その一拍。
わずかな空白が、空気を支配した。
コメント欄がざわめく。
(──あれ?)
胸の奥で、小さな「かちり」という感触がした。
世界と、噛み合った。
ほんの、わずかに。
拓は、知らず、口元を引き締めた。
次の瞬間──
空が割れる。
雷光エフェクト、神域演出、特殊サウンド切替。
敵陣の中心がごっそり消し飛び、爆煙の中で、アレク
──いや、拓だけが、白いマントを翻して立っていた。
そのとき、戦場にいた老騎士が、血を吐きながら呟いた。
「我らが……王子が、真の『王』となる日が……来るとは……っ」
アレクはその声に、ただ一歩前に出て剣を掲げる。
《セリフ選択:覇道ルート選定/支持率89%》
「背を預けられぬ国に、未来などいらない。ならば、俺が創る」
──このとき、拓はもう、何も考えていなかった。
覚醒スキル。
間。
動き。
セリフ。
すべてが、自然に流れ出た。
考えずに、ただ演じて、ただ世界に乗った。
──ああ、これが、噛み合うってことなんだ。
拓の中で、確かに、そう思えた。
上空に巨大な王国紋章が出現し、
敵陣が一斉にひざまずく。
《特殊演出発動:皇威発現/騎士団忠誠度+30%/敵軍士気−60%》
──BGM停止。心音だけが響く。
視界の隅で、ログアウト直前のシステムメッセージが一瞬だけ走った。
《現演者ランク:4127位 → 873位(急上昇)》
《好感度上昇:+68%》
《トレンドタグ生成:「#神演技」「#未来の王子」「#アレク覚醒」》
《クラウドギフト発生/総額:15,200円》
***
水瀬 拓は、頭に装着していたギアを外しながら、息をついた。
「よし……決まったな」
ヘッドギアの内側は、ほんのりと温かかった。
金属の冷たさも、どこか遠いもののように思えた。
視界の端で、スマホが鳴り続けている。
タイムラインは信じられない速さで流れていた。
《#やばい #何、今の演出 #プロか?》
《#本物の覚醒演技きた #歴代最高かも》
《#神演技 #未来の王 #背を預けられぬ国》
通知が止まらない。
「……まじか」
表示されたクラウドギフトの総額を見て、思わず息を呑む。
1日のバイト料より多い。脳が一瞬バグる。手のひらが汗ばんで、心臓がバクバク言ってる。
「いや、さすがに夢だろこれ……」
でも確かに、通知は鳴りっぱなしだ。
『神プレイ切り抜き』タグがトレンド入りしてる。知らない人の投稿動画までバズってる。
拓はベッドに投げ出されるように座り込み、天井を見上げた。
「……まぁ、悪くないよな。視られてるって」
すげー気持ちいい。
誰かに『すごい』って思われるって、こんな感じだったっけ。
***
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