GodMode:Realize ──悪役令嬢と最強王子

悠・A・ロッサ @GN契約作家

第1章 悪役令嬢と最強王子

第1話 悪役令嬢の仮面

アリシア──その名前は、もともと彼女のものではなかった。


本当の名前は、吉田 千春(よしだ ちはる)。


中身は、どこにでもいるような地味な女子高生。

友達も少なくて、スマホで人気の配信を見るのが日課だった。

もちろん、課金なんてしない。見るだけで充分。推しの『神プレイ』に、画面越しで拍手する毎日。


そんなある日、目に入った『体験版演者ログイン』のバナー。


「演者体験キャンペーン、今だけ無料」


軽い気持ちで、ぽちっと押した。


──数日後。


小さなダンボール箱が、自宅に届いた。

差出人は、《GodMode運営事務局》。


(……うそ、マジで来たんだ)


箱の中には、簡素な説明書と──

マットシルバーに輝く、ヘッドギア型の端末。


「……これ、付けるの?」


ゴーグル一体型のその装置は、見るからに本格的だった。

内側には、無数の微細なセンサーと脳接続用の極小プローブが組み込まれている。


「えぇ……こわ」


戸惑いながらも、千春は装置を持ち上げた。

説明書には、こう書かれている。


《インターフェース起動後、脳波による直感操作に切り替わります》

《痛みはありません》


(大丈夫。GodModeって、ちゃんとした大手の会社だし……)


軽く深呼吸をして、ゴーグルを装着する。


──カチリ。


わずかな機械音とともに、世界が静かに震えた。

微細な接触感。

意識の奥底に、何かが静かに「繋がる」感覚。


次の瞬間、視界にふわりと半透明の画面が浮かび上がった。


《インターフェース接続完了》

《演者ログイン準備完了》


千春は、ごくりと唾を飲み込む。


指も動かさず、声にも出さず、

ただ、心の中で──「ログイン」──と念じた。


世界が、ゆっくりと溶け始めた。


《ログ開始:アリシア・フォン・ローゼンベルグ 初期演者情報》

《ようこそ、“GodMode:Realize”へ》


この世界では、自分の言葉で喋ることはできない。

動きも、選ぶ道も、戦い方さえも──すべては『視聴者』の選択と、『演者』との共鳴。

そして、その一瞬の呼吸の合図に委ねられている。


『視聴者』は、投票し、コメントし、ときに課金し、物語を操る。

『演者』は、その意志を受け取り、ともに物語を紡いでいく。


ときに、視聴者の『意志』と演者の『共鳴』が完璧に重なったとき──

それは奇跡のような物語になる。


そう──主導権を持っているのは、いつだって『視聴者』なのだ。


あなたは『演者』となり、既に配役されたキャラクターを通じて物語を演じていきます。


《アリシアにはこれまで38人の演者がログインしています(あなたが39人目)》

《人気ルート:婚約破棄→ざまぁ→再評価→失踪など》

《過去評価:悪役令嬢テンプレ→断罪イベントで人気低下/一時除外》

《再評価ルート突入:支持者の投票により特別再演者枠で復活》


千春は目を細めて、初期設定画面を眺めた。


「……ああ、この子、『ざまぁ系』テンプレの定番キャラだ」


画面の端には、かつての婚約破棄シーンのサムネイルが並んでいた。

リオネル王太子と聖女エミリアの名も、そこに記されている。


「可哀想だったよな、あれ……なんか理不尽で」


でも今、この『断罪令嬢』は、再び舞台に上がろうとしている。


《現演者ランク:4127位(NEW)》

《急上昇中/好感度+表示あり》

《チュートリアル完了 → 初期ログイン報酬:1視聴者投票分ポイント獲得》

《初回特典:演者優先権1枠付与(演出調整を10秒先読み可能)》

《演出:学園イベント初期化 → 舞踏会ルート確定》


千春は笑った。


「うん……私なら、もっと違うアリシアを演じられるかもしれない」


その瞬間。

意識は、すうっと世界の奥へ沈んでいった。


***


広間に響く、冷ややかな声。


「おや? その口の利き方

 ……まるで、自分が選ばれたとでも思っているのかしら?」


アリシア・フォン・ローゼンベルグの赤い瞳が、ゆっくりと細められる。


背筋を伸ばし、シルクのドレスの裾をふわりと揺らすと、彼女は一歩、少女の前に進み出た。


「ここは王立グランシュタイン学園。『王家と貴族』のための場所よ。

 あなたのような平民が混じっていては、空気が淀むでしょう?」


ざわつく観客席。そして──


「この場をもって、アリシア・フォン・ローゼンベルグとの婚約を破棄する」


レイナルト王太子がやや上から目線で鼻を鳴らすように言った。


「まったく……君のような高慢な女と結婚していたら、王家の評判に関わるからね」


彼はわざとらしく肩をすくめ、観客の方に向き直った。


「これでようやく、王太子として『ふさわしい未来』が手に入るというものだ」

すぐ隣で、聖女エミリアが柔らかく微笑む。


「アリシア様……ご自分の立場を忘れて、学園内で侍女に手をあげたとか?」


エミリアは無垢な微笑みを浮かべたまま、まるで祈るように手を胸元に添える。


「でも、私は信じています。

 たとえあなたが人として未熟でも、神は導いてくださるはず……。

 きっと、『どんなに傲慢な身分の方でも』赦されるのですから」


その声音には、薄っすらと笑みを乗せた悪意が滲んでいた。

まるでアリシアを『哀れな過去の人』として、丁寧に葬ろうとするような──

静かで、冷たい確信に満ちていた。


空気が張りつめる。舞踏会の音楽は止まり、誰かのグラスがカランと落ちた。

そのとき── 周囲から、アリシアをなじるような囁きが漏れ始めた。


「やっぱりあの令嬢、品位を欠いてるって噂は本当だったのね……」

「高貴なふりしても、家柄だけで中身は空っぽよ」

そんな声が、舞踏会のざわめきに紛れて響く。


アリシア…いや、千春は、ごく自然に──

場の空気が、ほんのわずかに張り詰めるのを感じた。


(……居心地悪い)


身体が、無意識に視線を逸らそうとしかけた。

現実なら、それが自然な反応だった。


でも。


(……違う。ここは、そらしちゃだめだ)


空気を読む力が、千春に教えていた。

この場面では、毅然と目を合わせたまま、微笑み続けるべきだと。


ほんの一拍の間に、彼女はそれを選んだ。


指一本動かさず、ただ静かに視線を保った。


──そして、少し遅れて。


視界の隅に、淡い文字が浮かび上がる。


《投票結果:感情演出“余裕の微笑み”/好感度+12%》

《演者補正:直前の視線操作 → 最適化対応》


(……あ)


千春の胸の奥で、

微かな手応えが灯った。


命令でもなく、マニュアルでもなく、

自分の感覚で、世界に応えた。


千春は、静かに一礼し、くるりとドレスの裾を翻すと、観客席へと振り返った。


「皆様──私が『品位を欠く令嬢』かどうか、ご自身の目でお確かめくださいませ」


貴族たちのざわめきが、静かに広がっていく。

まるで舞台上の主役が、観客に問いかけるような、堂々たる佇まいだった。


(──あれ?)


千春は、ふと思った。

さっきより、ずっと楽だった。


視線をそらしたいとも、言葉に詰まりそうだとも思わなかった。

自然に、この世界の空気に乗れている。


自分で選んだ言葉、自分で選んだ動き。

それが、違和感なくこの「アリシア」の役割に馴染んでいる。


「そう……よろしいのではなくて?『王太子殿下』の価値が、

 庶民の娘ひとりで量れるとも思えませんもの」


──言葉が、すうっと流れ出た。


《演出強化:一撃セリフヒット→『断罪の台詞』ルート再生中》


視界の隅で、システムメッセージが更新される。


でも、もうそれを見てから動く必要はなかった。

千春自身が、この瞬間、確かに「演じて」いた。

観衆は息を呑み──数秒後、どっと沸いた。


夜会は、称賛と興奮、そして予期せぬ熱狂に包まれたまま──幕を閉じた。


視界の隅で、ログアウト直前のシステムメッセージが一瞬だけ走った。


《現演者ランク:4127位 → 2987位(急上昇)》

《好感度上昇:+22%》

《トレンドタグ生成:「#断罪姫」「#アリシア推し」》

《一部視聴者からのクラウドギフト発生/投げ銭:2,300円》


(──あ)


千春は、ぼんやりと画面を眺めながら、

胸の奥に、ほんの小さな高揚を感じた。


ほんの少しだけ。

この世界に、自分の居場所ができた気がした。


──そして、現実に戻った。


***


現実に戻る。アリシア――中の少女は、ひとりきりの部屋で目を開けた。

蛍光灯の白い光、薄い布団、鳴り止まない通知音。


「……ふふっ」


笑ってしまう。


初めてだったけど、ちゃんとできた気がする。

視線の集まる感覚。褒められる言葉。

スクロールする指先が止まらない。


《#アリシア様、最高だった》

《#断罪の笑みが美しすぎて泣いた》


──誰も、私のことなんて知らないのに。

──でも今だけは、私が『誰か』になれている。


スマホを胸に抱いたまま、少女は静かに目を閉じた。


***


──その頃。


別の場所、別のスクリーン。


水瀬 拓は、スマホをスクロールしていた。


《#断罪姫、復活》

《#神演技きた》

《#アリシア様の逆襲ヤバすぎ》


流れてくるハッシュタグのひとつが、彼の指を止めた。


「……これ、面白そうだな」


興味の芽は、静かに、確かに、芽吹き始めていた。


──まだ、千春も拓も知らない。

ふたりの物語が、ここから動き出すことを。


***


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https://kakuyomu.jp/works/16818622174047666971

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