自作を褒める評論 ~恐ろしく鋭い言語表現、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね~
ぽんぽん丸
第1話 眉のない人
眉のない人
https://kakuyomu.jp/works/16817330647661118499/episodes/16817330647661547125
Excellent!! ☆☆☆
褒めどころその1 前半局面と締め方
『だけどその皮膚を削った坊主よりも、長いまつ毛よりも、隠れた瞳よりも強烈だったのは眉毛だった。』
実にいいですね。たまご→坊主→まつ毛という流れ。スーパーのたまご売り場に現れた異質を説明するために非常になめらかな導入です。長々とこの物語の主人公である彼女を観察、描写します。そして時間をかけた長いストロークをぶった切ることで表題である「眉のない人」にドカンと着地しています。いい導入です。
褒めどころその2 眉のない人
『一人で節約する40円、卵一つ当たりは4円。4円の節約があなたは幸せ?』
この問いかけにきちんと集約されています。眉のない人はタトゥーもリストカットもしていません。彼女は生きる意志を皮膚に刻む必要もないし、自分を傷つける必要もないのです。また髪も眉も必要とせずに日常を普通に生きて身勝手に恋をします。つまり彼女はこの世に祝福された存在です。幸福な彼女は金額と幸せについて問いかけるのです。
実利的な数字の話から哲学的な幸福について問いかけます。彼女はきっと世の中の多くの人が不思議に見えているのですね。「なぜそんな生き方をしているのか?この世界はこんなにも幸福に満ちているのに」素晴らしいキャラクターです。
褒めどころその3 男のリアクション
『それは悲しい表情だった。西洋の絵画に顕される、巨匠が何度も油絵具を重ねて初めて生まれる現実では生まれない悲しさを彼女は顔に出している。』
そんな彼女の内面的な美しさを男は自然と感じ取るように書かれていますね。ですが作者の意図を理解したうえで読むと少し皮肉が効いています。眉のない人は殆ど生まれながらに幸福に満ちています。他人の生き方を不思議に思い、そんな人に囲まれながらも決して自分の生き方を変えないことから理解できます。しかし男はそんな彼女の生来の祝福を努力と歴史の積み重ねによって達成される油絵に例えています。現実では生まれないとさえ言い切っています。ここに2人の断絶が表現されています。良いリアクションです。
褒めどころその4 断絶
『右の眉を書いてる頃に彼女の左の瞳から一筋涙がこぼれた。』
『私あなたが好きだったの。さようなら』
そしてきちんと断絶します。ここいいですよね。祝福を受けた彼女が泣いて、去っていき男はただ立ち尽くします。眉を描くアイデアもいいですね。彼女の絶対的な自己愛が揺らいでいるのではないでしょうか?ない眉というアイデンティティを捨てて眉を描いて普通の人に近づくことで、拒絶された孤独を癒しているようです。つまり彼女は絶対不変の神的存在ではなくて、実に人間らしい自由な感情豊かな人物だとこの局面ではっきりと感じ取れます。しかし男もあるいは読者もそんなことには気づきません。なぜならここがスーパーのたまご売り場でテカリのあるタイルに叩きつけられた眉ペンにのみ注目してしまうからです。この静かな断絶が素晴らしいですね。
褒めどころその5 結末
『後悔を感じる。あのときほどの激しい情動を感じさせてくれた人はいない。あの悲しい眉毛が書き上がる前に、涙が一筋流れた時に、彼女の手をとって握ってしまえばどうなったのだろう。』
この物語から学ぶべきことも非常にはっきりと書かれていますね。どうなっていたのだろう?そしてやはりここですね。
『-唾液を拭った彼女の手のひらは人間らしい臭いがしたのだろうか?』
『-彼女のない眉を舐めてみたら血の味がしたのだろうか?』
いい!!2人は断絶しているんです。決して相容れないんですね。ですが彼女は意志を示しました。決して結ばれない2つを結んでみようとしました。どうなるかなんてわからないんです。彼は未知に答えることができませんでした。
当然です。この社会はどれだけ予想できているかが美徳です。将来設計、十分な貯金、病気や事故にあっても備えがあり、すっかり社会に戻ってきた人間が最も称賛されますよね。病気や事故なんてなかったみたいに。そんな社会において彼女に応えることは醜徳です。多くの人がダメな選択だと言うでしょう。
しかしもし結ばれる道筋があるとしたら?臭いや、味について、その場の情動的な知的好奇心です。その先に不幸が待っているかもしれません。対処できないことが起きるかも。でもしたがってみてもいいのではないでしょうか?
世の中に予想できる普通のことと予想できない奇天烈なこと、どちらが多いと思いますか?だいたい半々くらいだと私は感じてます。この世界の半分を捨てずにきちんと向き合うことこそこの世界を生きるということで、そのためには時々の情動に従ってもいいのではないでしょうか?
彼女はそうしていますよね。特売のたまごを恋人もいないのに理由もなく買って節約する珍妙な男性と彼女は交わろうとしました。自分と違う人を好きだと感じて、断絶を繋ごうとしたんです。世界を大きくしようとしたんです。しかし彼は、私達は応えません。それで本当に良いのでしょうか?世界を半分のままにしないでおくべきですし、少なくとも彼女のように世界が半分のままであることに涙を流すべきだと、この物語は訴えているのだと思います。
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