第23話 噴き上がる声





昼食の焼きそばパンを片手に、俺はスマホをスワイプする。ニュースアプリ、SNS、匿名掲示板。画面の向こうでは、まるで噴火口のように怒りの声が噴き出していた。


『与党、またも国会で押し付け合い!』

『総理、2週間沈黙継続中』

『現場任せの極致。自衛隊も警察も限界超えてる』

『そもそも民間に開放しない理由がどこにも説明されてない』


スクロールするたびに目に飛び込んでくるのは、罵声、怒号、皮肉、そしてため息だ。


『ダンジョンよりこの国の政治のが怖い』

『警察の兄ちゃんたち、訓練も装備もないのに突っ込まされてるんだぞ』

『政治家どもは会議室から出てこい』

『お飾りの総理より、ストアでポーション売ってる奴のが100倍マシ』


さっきまでお気楽に感じていた焼きそばパンが、急に味気なくなった。

手を止めて、スマホの画面をじっと見つめる。


ある投稿動画では、地方のダンジョン前で警察官が立ち尽くす様子が映っていた。

群衆が押し寄せるなかで、防護服すら満足に着ていない警察が警戒線を張る姿。

コメ欄には

『こんなの現場が気の毒すぎる』

『これが日本の最前線なのか』

『海外ならもうとっくにPMC(民間軍事会社)が動いてるぞ』

という文字が飛び交う。


テレビをつければ、報道番組のコメンテーターが血相を変えて叫んでいた。


「このままでは国家機能が瓦解しますよ!」

「対応が遅い、ではない。何もしていないに等しい!」

「自衛隊は初期から動いていた。では次の一手は? それを聞かせてくださいと私は言っているんです!」


怒気に満ちた声がスタジオに響く。


「……すげえな」


思わず声が漏れる。

怒っているのはネット民や野党だけじゃない。

メディアですら、もう隠そうとしていない。


ネットスレでは、与党議員の過去発言の切り抜きが貼られ、比較のために海外の対応動画が添えられていた。

アメリカでは企業が資金を出し民間冒険者を育成、韓国では国家ダンジョン庁が創設され、ドイツでは軍と民間が合同調査団を組織している。


『で、日本は?』

という投稿の下にぶら下がるコメントたち。

『総理は何もしてません』

『“調整中”って言葉で3週間経ったぞ』

『俺らがポーション使って前線出ろってのか?』



「俺に言われてもな……」


ぼそっと独り言が漏れる。

自分が何か悪いわけじゃないのに、罪悪感みたいな何かがじんわりと胸に広がる。

画面を閉じて深く息を吐いた。

だが、俺には俺のやることがある。

ベッドの脇に腰を下ろし、ステータスウィンドウを開いて確認する。MP残量は十分。迷いなく、スキルを発動する。


「低級回復ポーション、製造っと」


いつものように光の粒が手元に集まり、小瓶が出現する。すぐにGODストアのウィンドウを展開し、オークション形式で出品。

50Gスタート。ここまでが俺のルーチンだ。

時計を確認すると、夕方5時を回っていた。


「そろそろ、準備すっか」


立ち上がり、押し入れからコンビニバイト用の制服を取り出す。シャツの襟を直しながら鏡を覗き込むと、そこにはいつも通りの俺がいた。


「じゃ、行くか」


駅前のコンビニに到着した俺は、裏手の従業員通路から入り、制服に着替えてタイムカードを押した。

夜のシフトは何度も繰り返したルーチンの一部。

だが今夜は、少し違う空気を感じていた。

表に出て、レジ前で挨拶の一言を交わす。

客足はそれなりにあるが、週の中日らしく落ち着いていた。

俺は品出しをしながら、いつものように時間をやり過ごすつもりだった。


その時、自動ドアが開いて、若い男2人が入ってきた。

パーカーにスウェット、どこにでもいるような大学生か、フリーターだろう。

何やら興奮気味に話しながら、揚げ物ケースの前で立ち止まった。


「お前、あれ見た? あの廃屋んとこ。ダンジョン、なんか黄色く光ってたぞ」


「マジで? あそこ、普段白っぽいじゃん。つかあれって警察の担当だろ? 中には誰も入ってねーって聞いたけど?」


「だからさ、あれ絶対なんかあるって。つか、行ってみようぜ。写真とか撮ったら、伸びるかもよ?」


「うぇーい、配信向けじゃん。バズったらポーションくらい買えるな」


ふざけたテンションのまま、2人は缶コーヒーとチキンをレジに持ってきた。

支払いを済ませると、すぐに商品を片手に店を出ていく。

ガラス越しに見えた彼らの後ろ姿は、何かを見に行くというより、祭りを見物に行くような軽さだった。


「……黄色く?」


思わず独り言が漏れる。

近所にできたあのダンジョンは、所有者不明の廃屋に発生したもので、自衛隊ではなく警察が管轄していると聞いている。

普段はぼんやりとした白い光を放っているだけで、危険性は低いとされていたはずだ。


それが今夜、黄色く光っている――?


店内の空調の音がやけに大きく感じられた。胸の奥に、小さなざわつきが生まれる。

まさか、何かの前触れ……なのか?


その後もしばらくレジ業務をこなしているうちに、時計の針は午後8時を回った。

シフトの交代が入り、ようやく15分の休憩時間。

俺は制服のままバックヤードの休憩室に向かう。

冷蔵庫の麦茶を紙コップに注ぎ、椅子に腰を下ろす。

壁に掛けられた小さなテレビには、ちょうどニュース番組が映っていた。


『繰り返します。現在、全国の複数地域において、ダンジョンが黄色く発光する現象が確認されています。』


飲みかけのコップを思わずテーブルに置いた。

画面には各地の映像が切り替わり、昼間は白くぼんやり光っていたダンジョンが、夜になって一斉に黄色い輝きを放っている様子が流れていた。


『専門家の見解によれば、発光の変化はダンジョンの内部環境、または周辺の“何らかの変調”によるものと推測され、現在、警察および自衛隊が注意深く監視を続けています。』


『なお、該当するダンジョンには絶対に近づかないよう、政府は国民に強く注意を呼びかけています。』


テロップには、都道府県名と“黄色化確認”の文字が並び、ニュースキャスターが深刻な面持ちで繰り返し語りかけてくる。

――黄色く光ってるのは、ウチの近所だけじゃなかったのか。

麦茶の味がすっかり抜けていた。

あの軽口を叩いていた若者2人は、今ごろあの廃屋の前にいるんだろうか。

写真でも撮って、SNSに投稿でもしてるんだろうか。

俺はテレビを見つめたまま、言いようのない不安と焦燥を、喉の奥でじっと飲み込んだ。




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