第22話 変わらない日々と、知らぬ進化




テレビの音量を少し下げる。ニュース番組のスタジオには、連日同じ顔ぶれのコメンテーターたちが並び、国会での混乱を振り返っていた。

『与党内の調整が難航しておりまして……』

『現場の警察力には限界があります』

『民間による探索の是非についても、今後の検討課題として……』


またか、と思いながら俺は湯を注いだカップラーメンにフタをして、スマホのタイマーを3分にセットする。スープの香りが漂うキッチンの片隅で、俺はそのままイスに腰を下ろした。


「結局、警察も出てくんのかよ」


少し前にニュース速報で流れた『全国31か所のダンジョン探索に新たに警察が加わる』という報道。すでに自衛隊は各地で活動している。しかし、ダンジョンの出現数は想定を遥かに上回っており、とても手が回っていないというのが実情らしい。


現場の映像には、防護服姿の警察官がダンジョンの入り口をロープで囲っている様子や、簡易テントで待機する姿が映っていた。報道では「警察による初期調査」と言っていたが、要するに、現場の危険性を見極めるための使い捨てのように見えて仕方がなかった。


国としての舵取りは相変わらず見えてこない。国会の会議シーンも流れていたが、座っているだけで何も発言しない茫然総理の姿が妙に印象に残った。かつては危機感を露わにしていた男が、今はただ疲れ切って沈黙しているようにしか見えなかった。


「もう何週間も、同じことばっかり言ってんな……」


テレビから流れる声は、議論というよりも繰り返しに近い。警察の増派、自衛隊の現場負担、そして民間への探索開放についての是非。どれもこれも、少し前から変わらない話題ばかりだった。


「ま、俺には関係ない……のか?」


言いかけて、少しだけ考え込む。

もし、民間にも探索が解禁されたら?

自衛隊や警察じゃなくて、一般人がダンジョンに入る日が来たら?


「……そうなったら、さすがに無関係じゃいられねぇかもな」


そう呟いて肩をすくめた。とはいえ今は、まだその“もしも”の話だ。

3分が経ち、麺がちょうどいい具合に仕上がる。湯気とともに立ちのぼる塩分過多な香りに、軽く顔をしかめながらも箸を伸ばす。口に含んだ途端、いつもの味に安心しつつも、飽きがじわじわと舌に広がった。


テレビでは、またいつものように国会中継が始まっていた。野次と怒号、揚げ足取りに終始する討論。画面右上には“警察によるダンジョン探索の法的根拠は?”というテロップが表示されている。そんなこと、今さら言うのかと呆れる。


食べ終えたら、さっさとポーションを作って寝るだけだ。

寝室へ移動し、ベッドの脇に腰を下ろす。ふと、いつものようにステータスウィンドウを開く。あくまで日課のようなものだ。変化があるとは思っていない。

だが、その画面には見慣れない変化があった。


名前:今井亮太

年齢:21

ジョブ:商人 Lv.2

スキル:両替Lv.1

ユニークスキル:ポーション製造 Lv.2

パラメータ

HP:10/10

MP:15/15

STR: 5

VIT: 3

AGI: 3

DEX: 5

INT: 1

WIS:2


「……え?」


スキルの欄に表示されている『ポーション製造 Lv.2』の文字。そこにはこう記されていた。


『消費MP:9』

「9?……10じゃなかったっけ?」


画面をまじまじと見つめる。数値の見間違いかと思ったが、どう見ても9だ。昨日までは確かに10だった。寝不足のせいかと目をこすってみたが、変わらない。


「まあ、減ってんのはいいことか」


深く考えるのはやめた。原因が分かろうと分かるまいと、得をしているのは間違いない。


「消費1の違いだけじゃあまり変わらないが、順調に成長してるってことだな」


「低級回復ポーション、製造っと」


淡い光を発しながら低級回復ポーションが生成されていく。


「よし……」


俺はそのままGODストアのウィンドウを展開し、作成したばかりの低級回復ポーションを、いつも通りオークション形式で出品する。

開始価格は50G。

今や日課となったこの手順に、もはや迷いはなかった。


GODストアへの出品を終えた俺は、ふと朝に済ませた用事を思い出す。


今朝はいつもより少し早起きして、GODストアで1万1千Gほどを日本円に換金し、それを近所の銀行に持っていって入金してきたばかりだった。


証券ページを確認すると、資産合計が1,662,739円、以前入金していたのは1,495,000円。

11.22%の含み益が出ており、16万以上増えている。

今回の1,505,000円を追加することで、元本の合計が丁度300万円になる計算だ。


同じ投資信託に今回入金した全てを充てる。


投資先の信託商品も悪くはない。騒がれる世界情勢の中で11%の含み益があるというのは、素人目にも上出来に見えた。

世界中が混乱している中で、これだけの成績を維持しているのは、ある意味奇跡に近い。GODストアの影響に絡む企業が伸びているのか、あるいは単なるタイミングなのか……。


「悪くないな」



思わず独り言が漏れる。

俺はそのままGODストアのウィンドウを展開し、出品済みのポーションが売れていることを確認する。


『出品したアイテム:低級回復ポーション ×1 販売完了』


「お、売れてる。落札価格は73Gか」


口元に自然と笑みが浮かぶ。売上Gはストア内に数千Gが保管されたままだが、それでも“誰か”が自分の作ったものを買ってくれたという事実が、ささやかな充実感を与えてくれる





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