第19話 国会、迷走す1



午後一時、永田町。

議事堂の中に響いているのは、まるで空調の音のように続く討論のざわめきだった。

話し合いというよりも、ただ言葉が宙をさまよっているだけのような、どこにも行きつかない議論。

だが、それはここ最近ではごく当たり前の光景だった。

壇上に立つのは、内閣総理大臣・茫然ぼうぜん 総一そういち

グレーのスーツを着た初老の男は、原稿に目を落としながら、たどたどしく答弁を続けている。


「えー、現在、自衛隊によるダンジョンの探索は、全26か所のうち……あー、はい、5か所で進行中であります。

えー、うち2か所は……えーっと、予定されていた第3階層までの踏破を……目指している最中でありまして……」


「最中であって、到達したわけではないんですよね?」


議席からすかさず挟まる声。

発言者の姿は見えないが、その調子は明らかに苛立っていた。


「そ、そうですね。えー、現在は……慎重に、安全を最優先に……進めているところでございます」


「総理、それでは到底間に合いませんよ」


立ち上がったのは、一人の若手議員。


剛野ごうの 誠一せいいち

野党に属してはいるが、理路整然とした指摘で最近注目を集めつつある男だ。


「最新のデータによれば、国内で確認されたダンジョンはすでに28か所。昨日だけで2か所増加しています。

それに対し、探索中のダンジョンはたった5か所。仮に毎週1か所ずつ新たに出現した場合、1年後には完全に手が回らなくなります」


議場がざわついた。

誰もが、数字の意味は分かっていた。

増えるペースに対応できなければ、把握すらできない“未知の穴”が日本各地に点在することになる。


「そもそも、自衛隊のみで対応し続けるのは現実的ではないのでは?

法整備を行い、警察や他の公的機関も現地対応に加えるべきではありませんか?」


その言葉に、総理は一瞬だけ口を開いたものの、また原稿に視線を戻し、はっきりしない口調でつぶやいた。


「えー、あの……関係各所との協議を……検討している段階で……ございます……」


明確な答えは何もなかった。


「検討、検討、検討……!」


甲高い声が議場の右端から響いた。

マイクを通さずとも通るその声の主は、議員・騒野そうの 乱志らんし

議論の内容に関係なく、常に大声で何かを叫んでいることで知られる男だ。


「検討ばっかしてんじゃねえよ総理ぃ!増える穴に入れるのは自衛隊だけ!?何年かけんだよ!?

そのうち家の床にもぽっかり開くんじゃねーのか!?答えてみろ茫然ぃ!!」


場内の一部から笑いが漏れた。

だが、それは緊張をほぐすものではなく、空気を一層空疎にさせるだけの笑いだった。

「騒野議員、冷静にお願いします」


「秩序を持って発言を」


「議論の妨げになります」


周囲の議員たちが諫めるが、騒野はどこ吹く風とばかりに椅子にふんぞり返った。

一方、茫然総理は、何か言おうとして口を開き、また閉じた。

視線は遠く、原稿をめくる手つきだけがむなしく動いていた。


「私見を述べてもよろしいでしょうか」


再び剛野が立ち上がる。

今度は、議場全体が彼の言葉に耳を傾けようとする空気に包まれた。


「私たちは“未知”に対して慎重であるべきです。ですが、慎重であることと、行動しないことは違います。

警察の一部を訓練させ、監視要員としてダンジョン周辺に配置するだけでも、十分な抑止力になりえます。

少なくとも、“見て見ぬふり”をしている現状よりは、はるかに意味があると私は思います」


「自衛隊の人的リソースを圧迫せず、周囲の安全を守る。それが現実的だ」

「なるほど、警察力の活用か……」


他の議員たちもぽつぽつと同調し始めた。

だがその雰囲気を、再び吹き飛ばしたのは——やはり騒野だった。


「んで!?何人張りつけるんだよ!?警察がヒマだとでも思ってんのか!?ああん!?

交番にモンスター来たらどうすんだよ!?警棒で叩くのか!?ええ!?誰が責任取んだよおお!?」


「騒野議員、発言内容を整理してください」


「議題は“配置の可能性”であり、“交番にモンスターが出る”かどうかでは……」


「可能性があるなら想定しろって言ってんだろがあ!!」


場内は再び混乱し、発言権を巡る押し問答が始まった。

議長が何度も制止を試みるが、誰の声もかき消されていく。

剛野が再び口を開こうとしたが、その声は雑音に飲み込まれた。

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