第20話 国会、迷走す2




「総理、先ほどの答弁では、本質的な問題から逃げているように感じられます」


国会の騒然とした空気をぴたりと止めたのは、一人の議員だった。

剛野誠一。

前回の混乱の張本人・騒野乱志の怒号が響き渡ってから数分後、彼は静かに立ち上がり、毅然とした口調でそう切り出した。


「私が問題視しているのは、“増え続けるダンジョンに対する対応力”が、自衛隊のみを前提とした現体制では追いつかないという点です」


一部の議員が、頷きながらメモを取る。

騒野のような騒ぎ屋とは違う、筋の通った話を待っていた者も少なくなかった。


「ですが、それだけではありません。

私がここで強調したいのは、GODストアという存在が、すでに日本経済に別の形で入り込んでいるという事実です」


「……!」


一部の与党議員が顔をしかめた。

触れてはいけない話題に踏み込まれたという雰囲気が漂う。


「私たちの国では、GODストアで得られる金貨、通称“ゴールド”を、日本円に両替する手段が存在します。

しかし、これは日本政府による公的な為替手段ではなく、特定のスキル保有者——“商人”ジョブを持つ者のスキル“両替”に依存しています」


「つまり、政府が発行していない日本円が、日々“生成”されている。

その流通量も、どの商人が、どれだけのゴールドを日本円に換えているのかも、まったく不明です」


「こ、これは……」


茫然総一首相が何か言おうとしたが、言葉が続かない。

横に座る財務大臣が代わってマイクを取った。


「為替の安定は、わが国の経済政策の根幹です。

しかし、その両替スキルなるものは政府の監督下にはなく……現在、その正確な実態を把握する手段は……持ち合わせておりません」


議場が静まり返った。

日本円が、政府の知らないところで生まれている。

しかも、それが「一部のスキル持ちにしかできない」という点で、制度的な公平性もない。



「さらに申し上げますと……」


剛野が続ける。


「この両替を行えるのは、“商人”のジョブを持つ者だけです。

他のジョブ、たとえば“戦士”や“錬金術師”にはそのスキルはなく、たとえどれほどのゴールドを得たとしても、それを日本円に換える手段を持たないのです」


「つまり、“現金化できる人間”と“できない人間”がすでに存在している。

そして、現金化された日本円は、GODストアではなく、あくまで我々の経済圏で使用される。

これは事実上、政府の管理下にない“もう一つの通貨発行機能”が民間に存在しているということになります」


「いや、それは……」


経済ブレーンとして名の知れたある与党議員がマイクを握った。

スーツのネクタイを緩めながら、言葉を探すように続ける。


「仮に、仮にですよ。商人が毎日両替を繰り返して、政府がそれを把握できないとしたら……

通貨供給量を正確に把握できない、ということになります」


「それがどれだけのリスクを孕むか、お分かりでしょうか?

我々がコントロールできない日本円が、流通しているのです」


「つまり……その通貨は“政府が発行していないのに、政府の信用で支えられている”」

「通貨の信認を揺るがす危険性がある……」


場内の空気が重くなる。


「では、どうすればよいのですか?」


議長の指名で再び剛野が答える。


「まずは、情報の収集と共有です。

“どの商人が”“どれだけのゴールドを”“どこで両替しているのか”。

その実態を把握しない限り、政府が為替を維持するための論理も政策も成立しません」


「そのために、私は新たな機関の設立を提案いたします。

商人ジョブを対象とした、ダンジョン探索およびGODストア取引に関する情報共有・監視機関です」


「これは、商人を監視するという意図ではなく、“両替”という国家財政に影響するスキルの使用状況を、制度として可視化するためのものです」


一瞬、場内は静まりかえった。

しかしすぐに、数人の議員が小さく頷き始める。

この話題は、誰もがうすうす感じていながら、見て見ぬふりをしていたことだった。


「だが、それはあくまでGODストアという“神”の設計に関わることだ。

本当に人間が把握できるのか?」


そう問うのは、別の野党議員だった。

だが剛野はそれにうなずいた。


「すべてを把握することは不可能でしょう。

しかし、“どこから、どれくらい流れ出ているのか”を知るだけでも、対処の初手になる。

今のように、“何も分からない”では何も始まらない」


「それはつまり……GODストアの影響を、政府がようやく認めて管理に乗り出す、ということですね」


「……ようやく、です」


剛野は静かに言った。




その夜のニュースでは、「商人スキル“両替”による通貨供給の不透明さ」について専門家が解説していた。


しかしその放送を見ていた国民の多くは、


「そもそもダンジョンもGODストアも関係ないし」


という反応だったという。



だがその一方、あるアフリカの小国では、民間のダンジョン探索による恩恵を得る一方、政府の通貨管理体制が崩壊し、紙幣は紙切れとなり、

代わりにポーション1本や魔石、通貨のゴールドとの交換で食料が手に入る時代に突入しようとする前兆が起きていた。


日本ではいや、世界がまだ、誰もそれを知らない。






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