第18話 世界のダンジョン対応まとめてみた




やる気があるのかないのか分からない日差しがカーテン越しに差し込んでいる。

目をこすりながら体を起こし、GODストアのウィンドウを表示した。

慣れた操作で、自分が出品中の低級回復ポーションのページを開く。


「お、今んとこ72Gか。わりといい線いってるな」


出品から約8時間。まだ落札されていないが、オークション形式でじわじわと値がつり上がってきている。

ついでに通常売買のページも開いてみる。

低級回復ポーションの最安値は74G。今のところ、これが即購入できる価格の最低ラインだ。


「ってことは……うまくいけばそれ以上になるかもな」


相場が下がっていないことに、ちょっとだけ安心する。

出品者も増えてきた気がするが、まだまだ需要があるということなのか、それとも単なる一時的なバブルなのか。

正直よくわからない。


寝ぼけた頭で、カップラーメンに湯を注ぐ。

その間に、例によって「世界 ダンジョン対応」と検索をかける。

最近はこういうニュースを見るのが日課になっていた。

自分が直接ダンジョンに入れるわけじゃないけど、どこかで他人事とは思えない。

なにせ、今の自分の収入源はGODストアと、このダンジョン素材に関連しているからだ。


「うーわ、また増えてんじゃん。世界中でざっくり1000くらい?昨日は900台だったろ……」


亮太は、寝起きの頭でパソコンを立ち上げ、ニュースサイトをいくつかチェックしていた。

見慣れたニュースポータルのトップには、「新たに確認されたダンジョン、アフリカ東部で3か所増加」などという見出しが並んでいる。

特設された地図ページには、世界中のダンジョン出現地点が赤い点で示されていた。

日を追うごとにその数が増えていくのが、一目で分かる。


「こりゃ止まる気配ないな……」


どこかの誰かが発見するたびに地図が更新される。

まるで神様が気まぐれにクリックして作ってるんじゃないかってくらい、無秩序にぽこぽこと増えている。

外見は相変わらず、どこも同じ“洞穴型”。

山奥、断崖、廃ビルの影、人気のない倉庫跡地。

人の気配がない場所に限って出てくるような印象だった。


「国によって対応、ほんとバラバラだな……」


亮太は次々に記事をタブで開いていく。

ある国では軍隊が完全に封鎖して、周囲数キロの立ち入りを禁止している。

調査も素材の採取も軍の管轄。民間人はそもそも近づけない。

その一方で、民間人の探索を認めている国もある。

記事によれば、装備さえあれば許可なしで潜れる国もあり、現地では探検ツアーまで始まっているとか。

けれど、政府が素材を買い取る制度があって、しかもその価格が市場価格の3分の1程度。

「実質的に搾取だ」と現地のダンジョン探索者がぼやいているという記事もあった。


「そりゃやる気なくすわな……」


と思えば、アフリカのある地域ではまったく逆。

政府が管理を放棄していて、誰が入っても何を持ち出しても何も言われない。

そのせいで完全な無法地帯になっているという。

記事には、銃を持ったグループが素材を巡って衝突したとか、奪い合いでケガ人が出たといった、物騒な情報も混ざっていた。


「えぐいけど……逆に自由っちゃ自由なのか?」


軍が封鎖。

民間に開放するけど搾取。

誰も取り締まらず無法状態。

たった3つの例を見ただけでも、国によって対応がバラバラすぎる。


「なんか……やる気のある国とない国の差って感じだなあ……」


亮太はコーヒーをすすりながらぼんやりとそうつぶやいた。

でも、それが将来的にどう響いてくるのかなんて、正直よく分かってない。

世界情勢に詳しいわけでもないし、政治の裏なんて考えるタイプでもない。

ただ、こうして毎日少しずつ増えていくニュースを見ていると、どこか不気味なものを感じる。

バラバラな対応。

どこの国も本音では手探り。

そして、ダンジョンが何なのかという根本的な疑問には、誰も答えていない。

思考を巡らせながら、亮太は椅子にもたれかかった。


「つーか、なんでこんなに増えてんの?ダンジョンって、勝手に生えてくるもんなん?」


どこかの教授の談話として、「岩盤の変動や地磁気の影響」なんてもっともらしいことが書かれていたが、

前に見た記事では「調査中に急に壁が割れて入口ができた」っていう話もあった。

つまり、よく分かってない。


「まあ……でも今のとこ、俺には関係ないしな」


現状、日本では自衛隊以外のダンジョン立ち入りは禁止されている。

亮太みたいな一般人が現場に行くなんて論外だ。

それでも、素材はなぜか流れてきていて、自分はそれを使ってポーションを出品できている。

誰が仕入れてるのかも、どうやって集めてるのかも分からないけど、売れるなら問題ない。


「にしても……マジで増えすぎだろ」


画面の地図をスクロールすると、各地に新たに発見されたダンジョンの場所が赤い点で表示されていた。

南米のジャングル地帯。

カナダの雪山地帯。

中東の乾燥した岩場。

そして、ヨーロッパの古城の近くなど、まさに世界中で無差別に発生している。

中には、「一晩で3か所同時に発生した」といった報告もあった。


「これ、ずっと続くのかな。人間の住める場所が減るんじゃね?」


たまたま隣に表示されたニュースには、「一部の過疎村で、ダンジョンを観光資源として再利用する動きが……」と書かれていた。

そのすぐ下には「封鎖された都市部でダンジョンの周辺から人が避難。影響は拡大中」とある。


「うーん……いいのか悪いのか、よく分からんわ」


少なくとも、亮太にとっては、売れたかどうかがすべてだった。

今はポーションが売れている。



一息ついたところで、リビングの片隅に腰を下ろし、ステータスウィンドウを呼び出す。


名前:今井亮太

年齢:21

ジョブ:商人 Lv.2

スキル:ポーション製造 Lv.1【ユニークスキル】

MP:15/15




「よし。今日もいっちょ、いっとくか……」


ポーション製造を選び、指先でスキルを発動する。

身体の奥からじわじわと熱が抜けていくような感覚が広がり、数秒後には、掌の上にガラス瓶が現れた。

中には、ほんのりと光る液体。いつもの低級回復ポーションだ。


「MP、まだ5残ってるな。」


亮太は軽く息を吐いて立ち上がると、GODストアの出品画面を表示する。

今日の夜は22時からバイトのシフトが入っている。

帰宅する頃には日付が変わってしまうから、今のうちに出しておかないと。

最低価格を設定し、24時間のオークション形式で出品を選択。

ガラス瓶が光とともにストア画面に吸い込まれ、「出品完了」の文字が表示された。


時計に目をやると既に13時を回っていた。


「オッケー。次は飯だな」


台所に行き、昨夜の残りのカレーを電子レンジで温める。

炊飯器の中にはまだ温かいご飯が残っていて、丼によそって豪快に盛りつけた。

カレーの香りが漂い、腹の虫が遠慮なく鳴く。


「うめぇ……レトルトカレーって最高だな……」


一気にかき込み、皿を流しに置いたところで、アイスコーヒーを手にノートパソコンの前に戻る。

投資信託の運用状況が気になった。


「さてと……あれ、マジか?」


証券口座にログインすると、3日前に約定していた投資信託が、じわりと値上がりしていた。

評価益の欄に、プラスの青色がはっきりと表示されている。


「74,750円プラス……?」


約定価格は1,495,000円。

その5%分、つまり7万円以上が、今は含み益として表示されていた。

まだ売ってはいないが、見ているだけで気分が上がる数字だ。


「バイト……夜間でも時給1500円だろ?それで8時間入って1万2千円……」


頭の中でざっくりと換算する。

1日夜勤して稼げる金額を、投資だけで6日分超えていた。

もちろん、値下がりするリスクはあるけど、こんな調子が続くならバイトより効率がいい。


「これはこれで……悪くないかもな」


思わず口元が緩む。

生活が一気に変わったわけじゃないけど、自分の世界がじわじわと広がっていく気がした。




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