第2話 転生メイドと先輩執事
「で、お嬢様の好物を知りたいと?」
「えぇ、そうです。貴方なら何か知っているでしょう、ストック」
私がお嬢様の部屋を後にした後、真っ先に向かった場所は、私と同じくゼラニウム家に仕えているストックの部屋。ちなみに彼は決して仕事をさぼっているわけではなく、単に今日が非番なだけである。
「まぁ、お嬢様の食事のご様子から、お嬢様の好みはある程度予想できるが……確証はないぞ?」
「えぇ、それでいいです。とにかく、今は少しでもお嬢様のことを知りたいのです。そのためには、お嬢様好みの食事を用意し、お嬢様との会話の糸口を見つけるとともに、お嬢様の胃袋を、がっちりつかまないと……!!」
「ま、そういうことならいいよ。教えるついでに、俺も手伝うよ」
「え、いいのですか……?」
「任せろ!!後輩の面倒を見るのも、先輩の仕事だからな!!」
「そんな大して変わらないでしょう……まぁ、ありがとうございます」
そんな会話をしながら、私たちは厨房へと向かった。
―――――
「多分、お嬢様は甘い者よりもしょっぱいものが好きだ」
「それはわかっています。でも、具体的な料理が私にはわからない」
「そうだな、例えば……食パンをカリっとするまでフライパンで焼いて、バターや塩で味付けした、わりかしシンプルな料理が好きな印象がある」
「シンプルな料理……ですか?」
「あぁ、そうだ。旦那様は豪華な料理を好んでいて、自身の娘であるお嬢様も豪華な料理が好きだと信じて疑わないが……実際は、お嬢様は豪華な料理はあまり好きじゃない」
「なるほど……それならば、お嬢様のお召しになさるものは、今後、全てシンプルな料理にした方がいいのでは……?」
「俺らがそうしようとしても、旦那様が止める。公爵令嬢である娘に、そんな平民まがいな料理を与えるな……ってな」
「ふぅ~ん……」
私はストックの話を聞きながら、ふと、ある一つの可能性にたどり着く。
「確か……奥様も、豪華なものではなく、質素なお料理を好まれていましたよね」
「あぁ、そうだ。お嬢様は旦那様似ではなく、奥様似だからなぁ。まぁ、それか……亡くなった奥様を忘れないように、わざと奥様の好んだものをまねているのかもしれないがな」
ストックはそこまで言い、昔を懐かしむかのように、悲しそうな顔でどこか遠くを見つめる。
「お嬢様は、奥様が亡くなってから、かなり変わったよ。もともと、大人びている方ではあったが、唯一の甘えられる人を失って、余計、年相応の少女からはかけ離れてしまったよ」
「それならば……私が、お嬢様が心許せる、ただ一人の人間になるまで」
「過去にもそう言って、お嬢様の専属メイドになった人間が山ほどいたよ……でも全員、一か月も経たずにみんな、お嬢様のメイドをやめていった。」
ストックはそう言い終えると、私の方をまっすぐ見つめ、言い聞かせるような口調で私に話す。
「思いつめるな、決して。きついと思ったら病む前にすぐにお嬢様の専属メイドをやめろ。そうしないと、これまでのメイドたちみたいに、お前は壊れちまうかも……」
「――私はどんなことがあっても、お嬢様の専属メイドを止めるつもりはありません……絶対に」
決意を胸に、私がそう言うと、ストックは呆れたようにため息をつきながら、
「頑固だよな、お前……まぁ、でも、頑張りな」と、応援してくれた。
お嬢様は、奥様がお亡くなりになられたことが堪えたのか、数日間寝込んでしまったことがある。しかし、お嬢様が寝込んでしまった期間に、旦那様は一度もお見舞いにはいらっしゃらなかった。仕事があるなどの言い訳を並べ、お嬢様は私たちメイドや執事に任せっぱなし。そんな旦那様は、奥様がお亡くなりになられた後すぐに、愛人を作られた。――お嬢様をほったらかして、だ。
「お嬢様は少なくとも、奥様の前では年相応に甘えられていた。そんなお嬢様を見て、私はこんな可愛らしいお嬢様を守りたいと、そう決心したのです。」
人は、ギャップに弱い。
ゲームや奥様がそばにいらっしゃらないときのお嬢様は人を拒絶し、大人びた印象を受けるが、奥様の前のあの無邪気な笑顔に、私は胸を射抜かれてしまった。
「どんなことがあっても、私はお嬢様の味方です。たとえ、世界がお嬢様の敵になっても、私だけはお嬢様の唯一の味方でありたい」
「ま、それは俺も同じ意見だ」
そして私は、お嬢様の裏切り者は絶対に許さない。それが例え、命の恩人だったとしても。
「旦那様は……お嬢様に関心をお持ちになられているのでしょうか?」
「さぁな。でも、お嬢様を愛娘と呼んでいるが、実際にはただの都合の良い戦略結婚の駒でしかないんじゃないか?……まぁ、こんなの、ただの憶測でしかないけど」
「ストック……それ、私が旦那様に密告したら、貴方の首が飛んでしまいますよ……?」
「大丈夫だろ。お前、そんなことする奴じゃないし」
けろっとしながらそう言うストックに、私は軽くため息をつきながら、彼から教わったお嬢様の好物(憶測である)の準備をする。
食パンに、バターに塩。これで本当にお嬢様が好まれる料理ができるかは怪しいが、行動しないよりはマシだろう。
そう思いながら、私は食パンを焼き始めたのだった。
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