第4話

 午前9時45分。

 僕たちが食堂に着くと、もう全員が揃っていた。しかし、会話を控え、互いに疑念を抱かれないよう気を遣っている様子だった

「みんな揃っているね。でもその様子だと、みんな結果は同じだったみたいだな」

 僕が確認するために聞く。結果は……怪しいものは何も出てこなかった。


「あのさ、一ついい?」

 そう言って手を挙げたのは恵梨香だ。

「犯人を見つけるのはいいけど、その後はどうするの?」

「どうするって?」

「いや、普通に私は犯人と一緒に居たくないんだけど、もちろん殺されたくないし。で、さっきは船があるみたいな話だったけど、犯人はその船には乗せないで、ここに残すの?」

「……湊は、それでもいいか?」


 ここの所有者は湊の両親だ。彼からの承諾を得ない限り、犯人をここに残すことは出来ない。

「それでいいよ。保存食があるから、二週間ぐらいなら、犯人も生活できると思うし」

 湊は快く、承諾してくれた。

「じゃあ、犯人はここに残すよ。他に聞きたいことは?」


 次に手を挙げたのは、啓介だ。

「犯人の目星はついてるのか? 後、犯人が明日の朝までに特定できなかったらどうするんだ?」

「犯人の目星は……まだついてない。犯人が見つからなかった場合は、まだ考えてないよ」

「……そうか」

 誰もはそれ以上は言及しなかった。きっと明日の朝を過ぎてもここに居ることを考えたくなかったのだろう。

「他には?」

 それ以上は手が上がらなかった。


「じゃあ、これからはできるだけ大人数で過ごしてもらいたい。今考えられる最悪のパターンは死人が増えることだ。大人数で過せば、犯人は第二の殺人をしづらくなるから」

「それはごめんだ」

 一番に否定の声を上げたのは、大雅だった。

「俺はこいつらと一緒に居たくない。少なくとも、俺を犯人と疑っているようなやつらとはな」

 大雅は由佳を睨みながら吐き捨てるように言い、速足で食堂を出て行ってしまった。


「私も」

 大雅の意見に賛同したのは恵梨香だった。

「みんなで居るってことは殺される確率も上がるってことでしょ? 私は自分が死にたくないの。ていうか、そもそも、恒星君が犯人じゃないって確証も無いよね」

 そう言って彼女も食堂を出て行く。

 言われてみれば、僕が犯人ではないことを証明していなかった。しかし、警察に通報したのは僕なので、犯人候補から外れてもいいと思うが。


「恵梨香、俺も行くからちょっと待って」

 恵梨香を追うようにして、啓介も食堂を出て行ってしまった。残ったのは僕と湊、そして由佳だ。


「仕方ない。僕たちだけでも一緒にいるしかないね」

 湊は諦めたように言った。しかし、僕は少し安心していた。協力しない者の中に犯人が紛れ込んでいると思ったからだ。それに大雅は協力しない側にいる。


「ああ、そうだな。さっそくなんだが、陽菜の死体を何とかしたいと思う。ずっとあの部屋にあのままじゃあ、まずいだろ?」

 僕がそう提案すると、由佳がビクッと肩をはねさせた。嫌な事を思い出させてしまったらしい。


「ごめん、嫌だったら食堂で待ってってもいいよ?」

「いや、大丈夫。ちゃんと行くよ」

 由佳は覚悟を決めたようにはっきりと言った。


「僕も、将来のこの家の家主として陽菜のことは賛成だけど、先にご飯を食べないか?」

 湊に言われて僕は我に返った。

 僕たちは朝食も食べずに、ずっと活動していたのだ。思い出した瞬間、僕の腹の虫が鳴り、二人が苦笑いを浮かべた


 10時30分。

 ご飯は湊が作ってくれた。大体の食材は食堂の冷蔵庫に入っている。出てきた料理は焼鮭とみそ汁、そして白米だ。さすがに啓介には劣るが、おいしい朝食だった。


「ごちそう様。美味しかった」

「おかわりする? まだみそ汁残ってるよ」

「もう大丈夫」

 あの陽菜の姿を見た後にご飯が喉を通るか心配だったが、すんなり通ってしまって、肩透かしを食らった気分だ。


 僕たちはご飯を食べた後、陽菜の部屋に向かった。陽菜の部屋はすでに少し異臭を放っており、はじめに見つけた時に何もしなかったことを後悔しつつ、部屋の状態を写真に収めておく。この写真の中に犯人に繋がる証拠が映るかもしれないからだ。


「とりあえず、ビニールシートに包んで、この部屋のベッドで横にしとくぞ。問題は床の血。これが落ちるかだな」

 湊は、ピクニック用に用意していたビニールシートを、血だまりに触れないよう丁寧に広げた。

「恒星、足の方持って」

 僕は湊に言われるがまま、足の方を持つ。陽菜だった物の足は、氷のように冷たかった。この時、強く実感した。


 ああ、死んだのだ。僕が愛していた女性がこの世を去ったのだ。


 冷静だった心が徐々に乱れていく。僕は胃液が込み上げそうになり、真っ白な足を手から離した。そして両手で口を覆う。口に当てた両手も自分の体温が感じられないほど冷たかった


「おい、大丈夫か?」

「恒星君、大丈夫?」

 二人が心配している。僕は浅く速い呼吸を必死に整えようとした。

 酸素が入ってこない。呼吸がどうにもうまくいかない。このままじゃ――。


 すると由佳が僕に近づき、両手をつかんだ。

「大丈夫。私に合わせてゆっくり呼吸して」

 由佳はゆっくり深呼吸をする。

 僕もそれに合わせてゆっくり呼吸する。三回ほど繰り返した後、僕の呼吸はもとに戻った。

「落ち着いた?」

 僕はうなずき、もう一度、白い足を持ち上げる。


「湊、すまない。少し動揺した」

「ああ、大丈夫ならいいんだ」

 絶対に犯人を突き止めなければならない。そして、何故陽菜が殺されなければいけなかったのか、を解き明かす。必ず。


 窓から見える雨は止む気配が無かった。


 生存者

 伊藤恒星

 荒木湊

 小野由佳

 佐々木恵梨香

 中村啓介

 神谷大雅

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る