第二章
第5話
午前11時。
僕たちは陽菜の部屋の血溜まりをタオルでふき取り、部屋中を隅々まで調査した後、食堂に戻ってきた。そしてそれぞれ水やコーヒーを持って席に着いた。
「それらしいものも出てこなかったし、そろそろ手詰まりだな」
現状を確認する湊の言葉に、僕は何も言えなかった。しかし由佳は意を決したように言った。
「私はやっぱり、大雅が犯人だと思うんだよね」
「朝、すれ違ったって言ってたっけ?」
由佳は湊の言葉にうなずく。僕も大雅が犯人であれと思っている。しかし残念ながら大雅が犯人ではない気がしていた。そもそも犯人は陽菜が寝ている時間にナイフを刺しに来るほどの慎重な人間だ。もし大雅が犯人ならば、事件現場の近くですれ違うなんてミスは犯さないだろう。
「でも、大雅が犯人の証拠がない。荷物チェックをしたのも恒星だしな」
「ああ、僕が見た時は何も出てこなかったよ。ただ、ナイフは現場に置き去りだったから、犯人が今は何も持っていない可能性も高い」
本当は、荷物検査はナイフを探すためにやったわけではない。あのナイフが凶器でない可能性を考慮したのだ。
「そもそも、大雅には陽菜を殺す動機がなくないか?」
そう言って、湊はコーヒーをひと口飲む。「動機なんて私たちが知らないだけで、いっぱいあるかもよ。例えば、陽菜に振られたとか?」
湊は何かに気が付いたように僕の顔を見た。
「まさかと思うけど、」
「やってないぞ?」
次の質問が想像できたので、先に答えておく。
「え、何の話?」
由佳が首を傾げて僕と湊の顔を交互に見る。
「いや実は……」
僕は由佳に陽菜の事が好きだったことと昨日の出来事について話した。秘密にしてきたことを話すのは抵抗があったが、疑われるよりはマシだと思った。
「そうだったんだ。バルコニーを離れた後はどうしたの?」
「陽菜がどうしたかは知らないけど、僕は真っ直ぐ部屋に戻ったよ」
「バルコニーから戻ったのって何時ぐらい?」
「うーん、10時ぐらいだったかな」
「つまり陽菜が刺されたのはそれより後ってことでしょ? じゃあ、昨日の夜何をしていたかを聞けば、犯人わかるんじゃない?」
僕は悩んだ。昨日の夜何をしていたかを聞いてしまえば、僕が最後に陽菜と会っていた人物になる可能性が高い。そうなれば、僕が犯人だと疑ってくる者が増えるかもしれない。しかし、このままでは何も前に進まない。
「わかった。聞いてみよう」
「恒星……いいのか?」
気まずそうに湊が僕の顔を覗く。僕はできるだけ自然に笑顔を作って答えた。
「大丈夫。きっとこれで前に進める」
湊は視線を逸らした。どうして逸らしたのか僕にはわからなかった。
「決まりだね。幸か不幸か、いまみんな少数で居るから聞きやすい。とりあえず、一番怪しい大雅からでいい?」
由佳の提案に、湊は視線を下向けたままうなずいた。
「行こう」
僕たちは食堂を出て、大雅の部屋へ向かった。
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