第4話 死国
「いいかい二人とも、この四国という地域、いや、島。そもそも独立した世界と言ってもいいだろう。つまり一国だよ。君達にはどう見える?」
俺と薫は直人をB班に送り出してから、新崎の愛車に乗せてもらいそのまま高速道路で目的地へと進む道中、新崎が話しかけたのがこの内容だ。
薫は車内で資料に目を通しながら新崎の話しに耳を傾けていたが、その問いかけに答えを見つけられず資料を見ている振りをしていた。
俺的にはそのように見える、絶対読んでいる振りだあれは。
俺は、新崎の相手がただただ面倒くさかったので聞き流していた。
「あのねぇ、仮にも私は君達の上司に当たるんだけど?聞いてますか?」
と新崎はハンドルを握りながら渋い顔をしている。駄々を捏ねられても困るので適当な答えを返すことにした。何度も言うが、実に実に面倒だ。
「俺の考えでいいですか?この四国、偉いお坊さんが88もお寺を作った場所なんでしょ?そして霊山の石鎚山と剣山、四国山脈でしたっけ?独立した世界というのが分かりません。ただの聖地というならまだしも」
その回答にこっそり聞いていたのか薫はうんうんと頷いていた。「お前も言えよ」と目で合図するが完全にシカトの薫が再び資料を読んでいる振りをした。
「大和、あの小娘は本当に資料を読んでおるぞ?そう言ってやるな」
昼間の狐らしい配慮の囁きが俺の隣で鳴る。本当かよ?と疑いの目を向けるが、狐に見抜けぬ人などそうは居ない。そんな人物が居るとしたらその人物は狐と同格の者を従えているか加護があるかだ。
俺の回答にニヤリと笑う運転席の新崎が正解を語りだした。
「ううーん、実にいい発想だ。それもちゃんと八十八ヵ所の事を把握して口に出した。それは加点だったね。…私にはその88の寺は『しめ縄』に見えるよ。そしてこの大地は『要石の表層』。要石、分かるよねさすがに?」
変な煽り言葉を最後に付けてきたが、いくら何でも歴史関係の学部に在籍しているのだ、俺はそこまで馬鹿ではない。そして薫は神社の娘だ、当然知っている。
「じゃあなんですか?どでかい要石がズドーンと海に落ちて、その海から顔を出している部分が四国だって言いたいんですか?ファンタジー過ぎますって」
と全身ファンタジーフォックスを飼っている俺が言うセリフでもないのだが、荒唐無稽が過ぎる。
だがこの言葉に反応したのは薫だった。
「でも大和、この資料目を通した?私ちょっと信じられないんだけど。教授の考えが破綻しているとは思えない部分もあるわよ?(性格はとっくに破綻しているけど)」
と言いながら資料を後部座席の俺に回してきた。
「…ねえ榊君、今私の事を性格破綻者だけどって思った?」
そう言いながら一層不機嫌な顔をしながらため息を吐く新崎だった。
新崎は嗅覚だけは人間離れしている。というか、人の心の読み取り方が凄い。
「仕方ないでしょ教授?性格が破綻でもしてなきゃこんな事しないですって。だから一周回って教授は正常ですよ」
そう言って薫に助け船を出しつつ資料を受け取った。
「まあ、それは確かに。ははは」
納得して笑った新崎は機嫌を直したらしい。薫もホッと息をついたのが見えた。
「新崎は実に愉快よな。人間にしておくのは勿体ないかもねぇ」
狐はニヤニヤして新崎の講義を聞いている。
俺は受けとった資料を「車酔いするから読めねーよ」と前置きしつつパラパラと捲っていた。そんな読む気のない俺に対して「仕方ないな~」と呆れながら薫が説明を始めた。
「今回の研修は香川、徳島をうろうろすることになるんだけど、理由がさっきの八十八ヵ所霊場よ。最後のページ見てみて。配置図。『密度』がおかしいのよ」
薫に促されて資料の最後を見てみた。そこにはA4の紙にでかでかと四国の地図が乗っている。そして八十八ヵ所を点で現している。
「確かに。香川って確か日本で一番小さい県だったか?そこに23ヵ所も集中してるんだな寺ってか霊場が。それに比べて高知はデカいのに海側に点在。数も少ない」
別に高知は霊場が少ないことを悪く言っているわけではない。つまり平和だったって事なんだろう。いいことなのだ。それにしても香川は多すぎる、それが俺の感想だった。
再び深いため息を突きつつ薫が何かを言おうとしたのだが新崎が口を挟んできた。
「違う違う。いや違わないのだが、違うよ白上君。その資料、渡しておくからちゃんと読むように。それと府中湖パーキングエリアに来たから休憩に入るけどいいかな?」
と言ってきた。ちょうど喉も乾いたところだったので俺も助かる。
パーキングエリアに到着すると新崎は車から降りずに車内で講義を始めた。
「白上君、資料の最後のページを見てくれるかい?そうその四国の地図。香川の数は確かに多い。いい視点だ。だが私が言いたいことは徳島の一番札所から十七番札所。見て何か思わないかい?」
早く自動販売機に行きたい俺なのだが、この旅を早く終わらすためには何をするべきなのか、何が一番効率的なのかを知る必要がある。だから今はこのタヌキ教授の話に付き合う事にした。その1~17の順路を追って指でなぞった。
「なるほど…『霊山を囲っている』ってことですか?」
「正解。大きく見ると四国山脈を囲っている。小さく見るとそれもまた局所的に囲っている。それも最初に局所ありきだ。次に大きく全域に。まるで二重のしめ縄に見えないかな?」
随分とこじつけにも思える。
だが冷静に考えると1200年も前に空海が開いた寺院だ。そんな大昔に何をもってして『囲った』のだと言われたら実に摩訶不思議である。普通なら浜辺をぐるりと一周すれば四国を網羅できる筈なのだ。それを四国山脈を沿うように寺院を配置し、そして徳島だけはもう一輪を掛けるように配置されている。そう剣山を囲っている。
新崎は再びニヤリとして俺に言った。
「あのね白上君。徳の高いお坊さんが、本州で行脚するのではなく何故四国でそれを行ったか、なんだよ。つまりこの四国という島はそれで一つの世界になっている。お遍路は八十八の霊場巡りが終わると何処に向かうと思う?高野山だよ?そのしめ縄から伸びている最終地点が高野山。海を渡って本州の和歌山県。まるで繋ぎとめているみたいじゃないか本州が四国を。今にも動き出しそうな巨大な要石を繋ぎとめている『絆』にみえないかな? ぜはあーー!息吸うの忘れて喋ってたよ!」
ほぼノンブレスで言い切った新崎も凄いと思うのだが、非常に言いたいことは伝わった。
「つまり、四国は何かを封じている…って言いたいんですか?」
「ザッツライト!満点!」
珍しく俺の意見が100点をもらった。
「って事を書いてるのよこの資料に」
と薫は呆れた顔で俺に言ってきた。なるほどこの分厚い資料を要約するとそういう事なのか、資源の無駄だなと思った。
俺は隣の狐をチラッと見た。
すると純白の狐はにまにまと口元を袖で隠しながら微笑んでいる。つまりあながち間違った発想ではないと言いたいのだろう。それともドストライクなのかもしれない。答えはどうせ言わないのが狐だ。ヤレヤレと思いながら俺は口を開いた。
「だから昨日みたいなイレギュラーが起きるって言いたいんですか教授?」
と言うと薫が真っ青な顔をして大和に向き直った。
「ちょっとあんた!え!?うそ!?失敗したの!!??直ぐに実家に連絡してなきゃ!!」
と慌てふためいて裕也の隣の狐に視線が行っているのが分かった。それも睨むような目つきで。俺はやれやれと思いながら薫に落ち着くように言った。
「まあ待てって薫。成功したから。その取り出した携帯を仕舞えって。で、教授。B班は近場でいつも通り資料集めでしょうが、俺達A班は入れ替え無しでこのまま現場ですか?」
理性を取り戻した薫は安堵の息を漏らしつつ携帯をしまった。正直ミスを安易に本土に報告する行為や極力避けたい。無理な場合は仕方ないのだが。
「入れ替えは無しで行くよ。『研修旅行』は中止だ。『作戦行動』に入る。それと今日の予定は少し変更だ。出現予測が立たない。…正直こんなことは初めてなんだが…その代わりと言っては何だが、昨日の現場の傍、つまり今日のB班の活動地点に行くことになるよ。昨日のような事が再びあってはたまったものじゃあないからね?」
そい意地悪そうに新崎は言った。
その言葉をきいて薫は再びあわあわとしているが「だから無傷だ」と一言言うと薫も落ち着いた。俺は薫が通常時の態度と裏腹にどこまで心配性なんだと呆れた。
だったら今の行動はおかしいと思い俺は新崎に問いかけた。
「ですが教授。だったら直人をわざわざB班に送る必要なかったんじゃあないですか?」と今AとBが別々の移動している意味がないのではと。
すると新崎はニヤリと口元を歪めながら
「先にA班だけで一旦目的地に行ってみようとは思っているんだ。その後B班と合流する予定だよ」と答えるのだった。何年経ってもこのタヌキ教授の意図は読みかねる。俺は頭をイライラと搔きむしった。
一通り説明が終わると府中湖パーキングエリアで休憩になった。新崎は今から30分休憩するから自由行動でと言い売店へと歩いて行った。多分一人になるタイミングを見計らっていたようにも思える。
車から降りた俺は飲食店の前を行ったり売店で現地限定スナック菓子を物色したりしていたのだが、先程から薫が付かず離れずでついて来る。
その挙動不審の薫の様子に、狐は少々呆れた顔で
「大和や?あの口うるさく邪魔な女中に声を掛けてやらんのかえ?日頃の感謝ぐらいは伝えておくのも悪くないのではなかろうか?」
と褒めてるんだがか貶しているんだか分からない言い方で、薫と話でもしろとアドバイスを飛ばしてくる。
「五月蠅い、俺は何うどんを食べるか今真剣に迷っていんだ」
と言い放つ。するとその俺の声を拾った薫はひょこひょこと隣に来て
「なによあんた、うどん食べる気?朝ごはんをあんなに食べたのに?あれから1時間しか経ってないじゃないの?」
と指摘してきた。というか、話しをしたかったのかそれとも揚げ足を取りたかったのか分からない会話をスタートさせる薫だった。少々イラっときた俺は薫を無視し胸ポケットから携帯を取り出しスピーカーモードをオンにして直人に電話かけた。
プルルル プルルル ピッ
「お疲れ様です先輩!何かありましたか?」
と元気な声で直人が電話に出た。携帯越しに伝わってくる環境音からB班も今は車で移動中らしい。
「すまんな直人。ところでお前、何うどんが食いたい?」
「え!うどん驕ってくれるんですか!普通の『かけうどん』トッピング無しが食べたいです!どノーマルを味わいたいです!!こころゆくまで!!!」
と一人盛り上がっているのだが、崖から突き落とすように俺は言った。
「今休憩中でな、うどんでも食おうかと思ったから聞いてみただけだ、参考までに。なるほど『かけうどん』な。じゃあまた後で」
「え!ちょっとセンパ…」
ピッ
なるほど、かけうどんから食べてみるのが正しいのかと思い携帯をポケットに戻す。
「…あんたってサイテーね、相変わらず」
あきれ顔&ジト目で俺を見る薫。やり取りが聞こえていたらしい。
わざわざ聞こえるようにスピーカーモードで話していたのだがな。最低で結構ですので話しかけないでくれませんか?とは思ったのだが口にはしない優しさだけは残っていた。
「わ、わたしもかけうどん食べてみたいから食べようっと」と言いながら一緒にパーキングエリアのうどん店へと入ろうとする薫。何この子?小学生の男子の反応?と思いながらも「じゃあたまには二人で食うか」と薫を誘って気分転換をするのだった。
本場のうどんを目にしたのは生まれて初めてだ。薫も少し目を輝かせながら広がる店舗を眺めていた。
「なるほど食券を買うシステムなんだな?」
といいながら薫に自販機を指さして言った。「なるほどなるほど」と頷いて薫はかけうどんの券を買って、そして俺も薫の後に券を買った。それをカウンターに持っていく。俺は薫の後に券を出し、薫は空いているテーブル席に二人分の水を置いて少しの間二人は座ってうどんを待った。
「62番の方~」と薫が呼ばれているので立ち上がるとカウンターには『かけうどん』が置かれており、食券と引き換えに受け取りニコニコしながら席へと戻ってきた。
ほどなく「63番の方~」と続けて俺も呼ばれたカウンターに受け取りに向かった。
「はーなーしーがーちーがーうーーー!!」
俺はカウンターで受け取った『肉うどん大盛』をテーブルに置くとのは薫は叫んだ。
「だからなんで『かけうどん』じゃないのよあんたは!!!」
と質の悪いクレーマーのように店内で大声で怒鳴る(非常に迷惑な)薫である。
「は?俺が何故『かけうどん』を食べると思った?はじめっから『肉うどん大盛』一択だが?癇癪か?」
いただきますと手を合わしながら目の前に座る薫を無視した。
「じゃあなんで直人君に電話まで掛けてうどんの種類聞いたのよ?頭おかしいでしょ!空気読みなさいよ!!」とブーブー言う薫。
「は?あの時は急に直人の趣味趣向を聞いとこうと思っただけですけれど?何か?」
そう煽りながらも手を付けていない肉うどんからお肉部分を半分薫のかけうどんに乗せてやった。
すると薫があわあわと慌てながら「わ、賄賂ね?じゃあ許します…」と少し顔を紅くしてうどんを食べ始めるのだった。
一口二口食べた後、俺は口走った。
「…正直、めっちゃうまい。何だこれ?パーキングで食べるようなうどんじゃねーぞ?うどんが強い!」
「これは…確かに美味しいわね。流石本場って感じ。なるほど、直人君がかけうどんって言ってた意味わかったわ。次はざるうどんを食べたいわね!」
と二人してうどんを褒めていた。
「うふふ、そなた達は本当仲が良いなあ、うふふ」
と純白の狐はにまにましながら俺の背後に立って笑っていた。
だが、一瞬何かを感じたように狐はぴたりと笑いを止めて、表情を固定したまま少し視線を上に向けながら
「…しかし大和や…お主の弟は化け物かもしれんなあ。実に実に愉快痛快」
と牙を見せて笑っていた。
・・・・・・・・・・
「ええ、そうです。本日の予定は一旦白紙に。…それでよろしくお願いします」
ピッ
「さすがに二度も同じ事を起すわけにはならないからね。安全策をとっておかなくては…」
多目的トイレは色々と便利だ。
このように携帯通話をしていても閉鎖的な考え方になりにくい。身の回りの空間が広ければ広いほど考えが柔軟になると私は思っている。
今日の予定、本来は徳島に入るはずだった。だが昨日の時点の失態、そして不測の自体への対処法がお粗末だったこと。白上君は確かに機能しているがサポート役が必要だ。そのサポートが出来るのは現時点では榊君だけだ。
チェスは上手く駒が機能してこそゲームが成立する。そしてその駒の管理と運用するのが私だ。
「実際私がしているのは、相手をテーブルにすら着かせないってことなのだがね」
などと独り言を言いながら予定表を開いた。
「この研修、香川徳島だけになりそうだね…サンプルケースにするには十分すぎるから良いとは思うのだが…精々白上君と榊君には頑張ってもらいましょうか」
そう言った私の顔はきっと笑っていた。
なんせ実に愉快な気分になったのだから。
カサが要る日は雨が降る 外伝 「兄の務め 死」 終
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