第7話 悪役令嬢を演じたいのに7 (王子視点)


 ※王子ランスロット・グランゼル視点


 天井が高くて、きらきらしたシャンデリアがぶらさがっていた。

 床はピカピカで、僕の顔まで映りそうだったけど、

 そんなの、ちっとも面白くなかった。


「まあ、未来の王様!」


「お健やかで何よりですわ!」


 たくさんの大人たちが、次々に笑いかけてくる。


 小さな僕に、わざとらしく頭を下げながら、

 誰もが、きれいな言葉を並べていた。


(……つまんないな)


 心の中で小さくため息をつく。


 となりでは、同じくらいの年の子たちが、背伸びしたみたいにぎこちなく頭を下げていた。

 ドレスや礼服に包まれた、小さな体。

 でも、誰の顔も、みんな同じに見えた。


 僕はそれなりにかしこいのかな。

 何だか同じ年の子達が、僕の前で、どんな事を考え、今から何を言おうとしているのか、手に取る様に判るんだ。


 大人は大人で、ちょっと色々、もっと複雑な事を考えているようだけど。


 きれいな衣装を着ても、言葉を飾っても、

 その中に、本当の気持ちなんて入っていない。


 そんなの、僕にも分かった。

 だから、何となくうつむきかけた、そのときだった。


 ふわっと、視界の端にピンク色が揺れた。


(……?)


 顔を上げて、その先を見た。


 会場の端っこ、白いクロスがかけられたテーブルの近くに、

 ピンクのドレスを着た、小さな女の子が立っていた。


 きりっとした顔立ち。

 でも、じっと唇を引き結んで、少しだけ肩を震わせていた。


 なんだか、みんなと違った。


(……あの子、確かお父様の……アロー宰相さいしょうの子供さん。

 女の子だったんだ……)


 お父様がよく、あの宰相の事を愚痴っていたな。


「どうもあいつは、私の事が嫌いなようだ、私はこんなにも仲良くしたいのに。

 仕事は出来る、しかも真面目で悪さもしない、こんな奴本当にいるのかと思ったよ。

 しかも同級生だぞ、他の奴らは私に何とか取り入ろうとする奴ばかりというのに。


 ……しかし彼は、アロー公爵はそりゃあもう……私の事を、まるでドブネズミを見るかのような視線だ、こりゃたまらんな、あっはっはっはは!」


 お父様はお父様でかなりの変人だなぁ……ってその時は思ったかな。


 でも、そんな事があったからか、少し興味がわいた。

 あのピンク色の目つきの悪いあの子のほうへ、無意識に、足が向いていた。


 女の子はスカートの裾をきゅっとつまんで、

 僕と視線が合った時に、何か言おうとしたみたいだった。


 でも、その瞬間、ぴくりと体を動かした。


 僕のほうじゃない。


 女の子の視線は、僕の向こう―― 僕の肩をすり抜けて背後に向いている。

 その視線の先――テーブルの陰をまっすぐに見つめていた。


 つられて、僕も振り向く。


 白いテーブルクロスの陰に、地面に座り込んだ小さな女の子がいた。


 膝をぎゅっと抱えて、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 その前に立つ、金ボタンで飾られた服の男の子が、

 ぐしゃっと潰れたケーキみたいなものを握りしめていた。


(……あれ、投げたのかな)


 そう思った、その瞬間だった。


 ふわっと風が動く。

 そして僕の肩にそっと手を添え、力が籠められる。


「のけ、じゃま」


 ピンクのドレスが、僕のすぐ横をすり抜けた。


「オラアアアアア!」


 小さな叫びと一緒に、女の子が跳びかかる。

 ドスン、という音とともに、男の子が後ろに倒れた。


 パーティ会場が、しんと静まり返った。


 僕はただ、目を丸くして、それを見ていた。

 涙目で拳をきゅっと握る女の子。


「いじめ、だめ!」


「つよいひとは、よわいひと、まもらないと……だめ!」


 震える声だった。

 でも、まっすぐだった。


 そしてその強烈な目力でもって、僕を見つめる。

 いや、何と言うか、僕を通して、ずっとずっと遥か彼方を貫く程の、熱い目力。


 そしてその力で以て、僕に言った言葉は、きっと一生、忘れない。

 それはきっと……僕の中に大きく刻まれたであろう言葉。


「ぐしぐし……や、やさしいおうに……なれよぅ……!」


「つよい、かっこいいおうに、なってくれよぅ!」


 胸が、じんわりと熱くなった。


(……すごい)


 それしか、思いつかなかった。


 ◆ ◆ ◆


「アハハハハ! こりゃたまらん女傑だ!」


 後ろで、大きな笑い声が響いた。

 振り返ると、父さんが、肩を揺らして笑っていた。


「ぜひとも仲良くなってくれ! この国の宝だ、こりゃ!」


 そんな声に、ピンクのドレスの女の子は、

 抱きかかえられて、

 お母さんとお父さんに挟まれるみたいにして、ばたばたと逃げていった。


 ピンクのモフモフドレスが、会場の向こうに消えていく。


 僕は、ただぽかんと、それを見送った。


 足も動かなかった。

 声も出なかった。


 でも、胸の中に、あの子の姿が、強く焼きついていた。


 気づけば、僕は、大きな声を上げていた。


「お父様! あの方の、あの女の子のお名前は!」


 その言葉に、父さんは、にやりと笑った。


「……男に熱を入れられる女とは、それはそれでとうといな。

 だが、あの一族は……なかなかに手ごわいぞ、ランスロット」


 僕の中に芽生えた気持ちを、

 全部、見透かしているかのように。


 でもやっぱり僕はお父様の子だ。

 僕たち一族はどうやら、とびっきりの変人に、惹かれる運命らしい。

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