第8話 悪役令嬢を演じたいのに8

「あの子、今日の午後いらっしゃるわ」


 朝の食卓で、母ちゃんがそんなことを静かに言い放った。


 ……は?

 パンかじってた手が止まる。


「あのこって、だれ?」


 ……つか、ほんっとこの身体舌みじけぇな。

 なんでこんな言葉のひとつひとつが、いちいちうまく出てこねぇんだよ。


「昨日のパーティーであなたが助けた女の子よ。泣いてた子。覚えてるでしょう?」


 ……記憶に無いな。

 何か隅っこで誰か、女の子がうずくまってた記憶しかねぇな。


「ミュールレーヴ伯爵家のユスティーナちゃん。あなたと同い年。可愛らしくて、礼儀正しくて」


 母ちゃんは言葉を選ぶように、やわらかい声で続けた。


「あなたのこと、とても感謝してたそうよ……」


 紅茶をくるりとひと回し。静かだったその手が、ぴたりと止まる。


「……これはもう、パレスちゃんと一緒にお庭であそぶしかないですわーっ!!」


「ひっ!」


 変な声出た、ったく突然立ち上がって叫ぶなや!

 テンション、急上昇しすぎだろが。


「ちょうちょとか! 一緒に追っかけたりするのかなー!?」


 ……あ、これはいかん流れですよ?

 そもそもあたし、ちょうの区別もつかねぇけどな……。


「ぬいぐるみ並べて、お茶とケーキ囲んで……ああ、きゃわわな未来が見えるぅ!」


 もう部屋中を行ったり来たり。メイドまで呼び出して準備始めやがった。

 そこへ、のそりと父ちゃんが登場。新聞持ったまま、無駄に渋い声で一言。


「……伯爵家か……うちに取り入ろうとしてる、可能性は……あるかもしれん」


 父ちゃんの目は、宰相という役職らしく、鋭く光る。

 ……まあ、宰相が何してるのかは知らねぇけど。


 でも、そんな鋭いこと言ったかと思えば、


「……パレスガーデン……ちょうちょ、いっぱい……」


 おい、急に思考溶しこうとけるのやめろ。

 家族全員、迎撃げいげきどころかお迎えムード一色じゃねぇか。


 正直、あたしはその“ユスティーナちゃん”とやらの顔をまともに思い出せない。


 泣いてた。震えてた。喋ってなかった。顔は……ぼやけてる。

 でも蹴り飛ばした男の顔面の感触だけは、ばっちり足の裏に刻まれてる。べちっとな。

 でもあの男の顔つきも、何かムカつく印象しかねぇな。


「……ほんとに、くるの?」


 聞くと、母ちゃんが机から小さな紙を取り出した。


「届いてるわ。お返事。ご本人の手で書いたって」


 紙は折り目がぴしっとしてて、小さいくせにやたら几帳面。


『ぱれすさまへ

 きのう、たすけてくれて、ありがとう

 こんど あそびに いきます

 よろしくおねがいします』


 へたっぴな字。でも頑張って書いたんだな、ってのは伝わる。

 だけどなんか、整いすぎてて……うすら寒い。

 裏には、さらに一言。


『ぱれすさまのこと、だいすきです、ともだち』


 妙に余白が広くて、ちょっと圧ある。

 母ちゃんはその文面をうっとりと読み返しながら、静かに言った。


「パレスちゃん……おともだちができるって、素敵なことよねぇ……」


 父ちゃんもまた、「ちょうちょ……陽だまり……」とか呟いてて、誰も止まらねぇ。

 あたしひとりが、ぽつんと現実見てる感じ。

 顔も覚えてねぇ子が、今日うちに来る。


 こっちの都合ガン無視で、あれよあれよと話が進んでる。


 ……嫌な予感しかしねぇ。

 けど、その予感の元が誰なのかまでは、まだわからなかった


 午後が近づいてきて、家の中が妙にそわそわしはじめた。

 メイドたちは花瓶の位置を直したり、クッションのしわを整えたりしてやたら張り切ってるし、

 母ちゃんは母ちゃんで。


「おやつはローズティーかしら? それともいちごジャムかしら? それともお花の冠かしらぁ~!」


 何か一人で、延々おやつ会議してるけど……花は流石にあたしでも食わねえぞ?


 父ちゃんに至っては


「……バタフライパレス、いや蝶の薔薇園ローズガーデン? いや、神々しさが足りないか?」


 とか何かよくわかんない事ぶつぶつと言ってるなあ……まあ絶対碌な事じゃねぇだろうけど。

 あと、何故か芝を自分で刈ろうとしてた。やめとけ。プロ呼べ。


 そんな中、あたしはというと――


 ちゃぶ台みたいな丸テーブルの下に潜り込んで、体育座りしながら考え事してた。


(……なあ、これ、冷静に考えると、やっぱ一応“ゲームの世界”なんだよな)


 何度も思い返した。

 舞踏会、ドレス、王子、婚約者、そして悪役令嬢。


 そうだ、これは――


 あたしが生前どハマりしてた、

 乙女ゲーム『風のリグレット~君想う故に我有り~』の世界だ。


(で、今のあたしは、“パレスフィールド・エイトレディ”。あの、推しの悪役令嬢そのもの)


 ここまでは、何度も確認してる。何なら日課。


 でも、今日の“来客”――

 あの「泣いてた女の子」が、誰だったのかって話になると、どうにも引っかかる。


(ユスティーナ・ミュールレーヴ、だったっけか?)


 名前を聞いても、ピンと来なかった。


 攻略キャラの親族とかでもなけりゃ、メインヒロインのライバルでもない。

 そもそもゲーム中に出てきた覚えがない。


(……ってことは、モブ?)


(いや、待て……“パレスの取り巻き”って、そういや……いたよな)


 あのゲームの中で、パレスには数人の取り巻きがいたはずだ。

 ヒロインにちょっかい出すとき、一緒になって「まぁ失礼な!」とか言ってる女子たち。


 でも、その子たち――

 立ち絵も無けりゃ、名前もなかった。


(もしかして……その中の、ひとり?)


 可能性はゼロじゃない。

 そもそも悪役令嬢にばっか集中してた当時のあたしは、 背景にいた“パレスの仲間たち”に、正直そこまで注意払ってなかった。


(あたしの、推しカプ成立させるのに必死だったしな……)


 でも、今のあたしは“パレス本人”だ。


 つまり――


「……これって、あれだろ。

 とりまき、イズ、パレスとセット!」


 口からぽろっと出たその言葉に、自分で「おっ」となった。

 そうだ。取り巻き。悪役令嬢には必要不可欠な、きらびやかな引き立て役。

 高笑いする、あたしの後ろでうんうん頷く女子、

 スカートの裾をつまんで「ごきげんよう♪」って揃ってお辞儀するヤツら!


 あれだ! あれが、いると映えるんだよ、悪役令嬢ってのは!


 しかし、そこはパレス、みっともない虐めなんかはせずに、あくまで気高く誇り高い悪役令嬢、そしてそれを盛り立てる、取り巻き!


「……あたしの、あくやくれいじょうライフに、ひつよう、かもですわぁ~」


 そわそわしながら立ち上がる。


「そ、その子が、もし……とりまきむきの、うつくしさと、しつけと、あたまもちだったら……」


 ぐっ、と拳を握る。


「……この、ぱれすさまが、とりまきに、してさしあげても、よくてよぉ~。おっほっほっほ――けふっ、ごほっ」


 咳き込んで台無しになった。

 笑い慣れてない声帯、まだ鍛えが足りないな。


「……れんしゅう、ひつよう、ですわ……」


 ふう、とひと息つきながら、 あたしはまだ見ぬ“来客”に、ちょっぴりだけ期待することにした。

 必要なら、取り巻きにスカウトしてやんよ。

 この、最強の悪役令嬢パレスフィールド様がな!


 ◆ ◆ ◆


 ――その頃、パレスの知らぬところで、静かに物語は動き始めていた。

 ミュールレーヴ家の馬車の中――


「ああ……パレスさま」


「ああ……ピンクポンポン……そしてあの目つき、しゅきぃ……」


 馬車内には一匹の白い蛇を思わせるオーラを纏った――ユスティーナ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る