第6話 悪役令嬢を演じたいのに6
――
崩れかけたフェンスと、どぶ川の匂い。
どこを見ても、ガキかチンピラしかいなかった。
そんな場所で、あたしは生きてた。
「女のくせに」とか、「子供のくせに」とか。
そんな言葉が当たり前に飛び交う街だった。
誰も助けてなんかくれない。
だから、あたしは――拳を握り、鉄の棒を肩に担いだ。
いつだって、あの街では、仲間の女たちが泣いていた。
踏みつけられて、蹴飛ばされて、
それでも何も言えずに、ただ堪えてた。
だから、あたしは――立った。
痛くても、怖くても、負けたくなかった。
あたしが倒れたら、あの子たちは、もっとひどい目に遭うから。
誰も守ってくれないなら、自分で守るしかなかった。
それが、あたしの、生き方だった。
◆ ◆ ◆
気がつけば、ピンクのドレスをふわふわさせながら、
あたしは小僧に飛び蹴りをかましていた。
ぐしゃっと音を立てて倒れる小僧。
その背後で、ちいさな女の子が、びくりと肩を震わせた。
あたしは、ちいさな手で涙を拭って、そして、きゅっと拳を握った。
「いじめ、だめ」
小さな声だったけど、ちゃんと、言った。
それだけじゃない。
胸の奥から、自然に続きがこぼれた。
「つよいひとは、よわいひと、まもらないと……だめ!」
言いながら、胸の中がじんわり熱くなる。
(……ああ、あたし……あのときも、こんな気持ちで、みんなを守ってたんだな……)
生前、誰にも守ってもらえなかったあたし。
それでも、笑っている仲間たちを守りたくて、拳を握った。
それを、こんな場所でもう一度、やってる。
ピンクのドレスを着て、ちいさな体になっても、
根っこの部分は、何も変わらない。
何時だって、恋とか甘い話からは遠い、暴れん坊。
それでも沢山の仲間がいた、そんな昔を思い出す。
目の端に、じわっと涙が滲んだ。
(みんな、元気にしてるかな)
(色々あったけど、幸せになっててくれたら、いいな)
(あたしのこと、思い出して、少しでも泣いてくれた子がいたら……いいな)
心の奥が、ぐちゃぐちゃに温かくなる。
寂しさと、嬉しさと、全部混じったような。
でも、今は泣かない。
あたしは、ちいさな手をぎゅっと握って、
小僧をまっすぐ睨みつけた。
それが、今のあたしにできる、いちばんの答えだった。
◆ ◆ ◆
パーティ会場は、騒然としていた。
誰もが息を呑み、
誰もが、目の前の出来事をどう処理すればいいか分からずに立ち尽くしていた。
そんな中、震える声が、静かに響いた。
「ぐしぐし……らんすろっとぉ……。
お、おまえは、やさしいおうに……なれよぅ……!」
「つよい、かっこいいおうに、なってくれよぅ!」
振り返ったあたしは、涙目で、それでも精一杯、
向こうの男の子――ランスロット王子に訴えかけた。
王子はただぽかんと、声も出せずに立ち尽くしている。
その大きな瞳の中には、驚きと、きらきらした何かが溢れていた。
◆ ◆ ◆
そこへ、背後から爆笑が
「アハハハハ! こりゃたまらん、大した
金髪の――アイン国王が、肩を揺らし、手を叩き、大声で笑いながら歩いてきた。
「ぜひとも、うちの息子と仲良くなってくれ! この国の宝だ、こりゃ!
ぶはははははは!」
その声に、あたしの背がびくりと跳ねた。
次の瞬間、視界がふわりと浮かぶ。
「わわっ……!」
アローパパがあたしを抱き上げ、
横からカーサママも合流し――
そのまま三人セットで、入り口に向かって全力疾走!
「い、いかん! この流れはいかん!」
あたしを抱きかかえながら叫ぶ親父に、
「あ、あの王子の視線はダメよ、これはダメなパターンよ!」
わけの分からない返答をする母親。
そして、あたしは抱きかかえられたまま、感情の整理もつかず、ぐずっていた。
「ぐすっ……あう……うううぅ……!」
あのいじめの怒りとも、生きていた頃の悲しみとも、
王子と会えた嬉しさとも分からない感情にぐちゃぐちゃになりながら、私は父ちゃんに抱っこされたまま、目元を袖で拭っていた。
国王の笑い声が次第に遠くなっていく。
そして周囲の目からしたら、ピンク色のわたあめを盗み、脇に抱えながら走るきつい目をした貴族夫妻が駆け抜けて走り去るという混沌とした状況が、ただ流れていくのであった。
◆ ◆ ◆
ぽかんと、後ろ姿を見つめるランスロット王子。
その目には、まだ涙のきらめきが残っていた。
そして、ふと我に返る様に、国王へ向かい声を上げる。
「お父様! あの方のお名前は!」
物語は、松風恋子の思惑とは違う形で、緩やかに動き始めるのだった。
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