第23話 烈風を突き抜けて
「この先が”門番”の領域なら、我々はいけない」
全員がそろうと開口一番に茂治はそういった。その顔持ちは沈痛といった具合で、重々しい空気だけが漂っていた。
「心苦しいけれど、私もそうよ。”山守”の一族になってしまった以上、私も”門番”の領域に立ち入れない」
数寄屋に開かれた”道”を茂治が固定し、閉じないようにしている。仁花と智花はふもとの村に避難させることにした。二人とも、礼花が”門番”になるかもしれない、と知ると火がついたように泣きだした。
二人にとって礼花は単に血を分けた姉という存在以上に、同じ”山守”として尊敬していた。だからこそ、そばを離れてしまうという恐怖に居ても立っても居られないのだろう。
「”山守”の不可侵の契約のためですね。こうならないために私がここに来たはずなのに、このような事態を招いたのは……」
清霞の言葉に茂治は首を横に振る。それ以上言わないで欲しい、という意思表示だ。
「セイカ君、この空間を通っていくとおそらく”門”と対峙することになるだろう」
「”門”とは結界の一種ですか?」
その問いかけに、また茂治は首を振った。
「”門”と言うのは例えの様な物でね。神代の異形の生き残り、というべきものだよ」
その言葉に清霞が息をのんだのが分かった。神代、という言葉に美世はあまりぴんとこなかったが、清霞の眼の色が変わっていくのが分かった。
「本当なら、後門様を倒してそれで終わり……と思っていたけれど、こんな事態になるとは思わなかったわ。待って———っ!?」
滝がはっと上を見上げた途端、突如台風の様な轟音と共に強い風が4人を襲った。清霞がとっさに美世をかばうようにしゃがみこむと、真上に向かって稲光を放つ。それらは矢のように突き進み、風の中央を穿った。
「何が起こったのですか???」
美世がゆっくりと目を開けると、頭上からバサバサと大きな鳥が羽ばたくような音が聞こえてきた。影は二つあり、よく見知った鳥だった。
「あれは……。東風椿!? それに———南風楓っ!?」
「礼花の式だな。白い方は……
つい先日助けてもらった鳥たちだ。それらが今や自分たちに風を放ち、威嚇するように激しく鳴いている。
「清霞っ! これらは俺たちが相手をする。お前は美世さんとともに”道”を進むんだ!」
「美世さんの力があれば、きっと”門番”を打倒できるわ!」
「何を言っているんです! 行くのは私だけです!」
清霞が言い終わらないうちに、二羽はまた一陣風を巻き起こした。目も開けられないほどの烈風が紅葉を巻き上げてまるで礫のように降らしてくる。美世はとっさに腕で顔をかばってみるが、肌を叩く風の冷たさや激しさに恐れを抱いた。
(痛い……でも、それくらい本気という事なのね)
これもきっと礼花が足止めをしているのだろう。親に式を放つなど、常識では考えられない。場合によっては勘当騒ぎにも発展しかねない。
(礼花さんはそれほど……)
耳元で悲鳴のような風の音がする。目を伏せると、先ほどまでの礼花の顔が浮かんだ。”門番”になることを告げたとき、過去の記憶を手繰り寄せたとき、その顔は悲しみで塗り固められていた。
その悲しみを抱えたまま、忘れたことにして”門番”になるのだろう。誰かによって掘り起こされるまで、たった一人きりで永遠に近い時を過ごすのだ。
確かにこの山は美しい。まさにこの国の原風景、人の手の入らない手つかずの山の実りをこの数日美世は味わった。柿に魚に、栗や山菜……あげればきりがない。
色づいた山肌はどんな名人でも再現ができないだろう。四季の移り変わりを眺めるだけでも、心が安らぐだろう。でも、ただそれだけだ。
(みんなはまだ礼花さんと一緒にいたいはずだわ。きっと、礼花さんだって———)
「旦那様……私も行きます」
「美世!? 何を言っているんだ、危険すぎる!」
「でも、私はそれでも礼花さんに伝えたいことがあるんです」
ぎゅっと、袷に手を当てて息をつく。ごうごうと吹き荒れる風の中で顔を上げ続けるのは、想像以上に難しい。けれど、美世は”道”を指さした。
「こんなこと、間違っています。後門様だって、本当は暴れたくなかったはずです」
夢のなかで会った後門からは敵意は感じられなかった。もし、美世の手に刃物があれば無抵抗にその首を差し出していたかもしれない。
あの時の美世は突然の出来事に戸惑い、白銀の狼の荘厳な美しさに見とれて何もできなかった。
「美世は後門に何を言われたんだ?」
「夢の中の後門様は、私に倒してほしいと願っておいででした。でも、私にはどうしてもそれが正しいこととは思えないんです」
「だが、”門番”が暴れていることは事実で、正気を取り戻す保証はどこにもない」
ぐっと、美世は手に力を込める。夢の中で見た後門と、先ほど現れた後門は全くの別物に感じた。清霞の言っていることは間違っていない、事実だ。
「私は……」
そう言いかけて、美世は何かの気配を感じた。何かが美世の腕をつかんでいる。驚いて振り返ると、”道”から何かが伸びていて、それが美世の腕をつかんでいるようだった。
まるでタコの足の様な、植物の蔓の様な物が巻き付いているようにも感じた。そう感じた途端に、美世は”道”へと引きずられていく。慌てるように手を伸ばすと、異変を感じた清霞がこちらを振り向いた。
「美世!?」
清霞は美世を引き上げようと手をつかんだが、美世を引っ張る力の方が強くそのまま同じように引き込まれてしまった。
「……行ったみたいね」
急にやんだ風に滝がつぶやいた。体にへばりついた紅葉を払いのけていると、足元で茂治が頭を抱えてしゃがみこんでいるのが見えた。何やらぶつぶつとつぶやいているので、滝も同じようにしゃがみこんで聞き耳を立ててみた。
「……俺だって、俺だって後門殿と別れたくない。あれは、俺のもう一人のおとっちゃんだ」
ぺしり、と滝は茂治の頭に手刀を軽くたたきこんだ。うぁ、となんとも情けないうめき声がもらした。後門殿、と格好つけて呼んでいるのは茂治の建前で、本当の呼び方を久々に聞いた。だからだろうか、滝も久々に本心からの言葉を言おうと思った。
「私も……嫁入り以外で娘と離れることなんて———嫌よ」
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