第16話 本当に二者択一しかないのだろうか?

(二人に何を言ってあげられるだろう)

 何度繰り返した問いかけだろう。そう思うたびに心が沈んでいくのを美世は感じた。泣きじゃくる二人の顔と声が頭にこびりついて離れない。

「浮かない顔をしているが、仁花に何か言われたか?」

「だ、旦那様!?」

 顔を上げると、気遣うような視線を向ける清霞がいた。今日はあまり収穫がなかったようで、いつもより早く戻ってきたらしい。

「仁花の事だ。美世を困らせるようなことを言ったに違いない。あれが茂治さんの娘御でなければ庭木に吊るしておけたものを」

「そ、それはやめてあげてください……」

 よくある罰の与え方だろうが、さすがに秋口の外に子どもを放置するのはよくない……と思う。


「今日、書庫で礼花さんの事件のことを知りました」

「そうか……。あの事件は不可解な点が多くてな。しかし、はっきりとした証拠もないままに終わってしまった」

「と、いう事は……犯人は?」

 清霞が目を伏せたまま首を横に振った。

「分かったことは二つ。礼花は帝都から自宅までの35里(約150キロメートル)を何らかの経路を使って移動したこと。そして、その直後から後門が暴れだしたことだ」

「茂治さんは何と?」

「…………分からない。後門が攫った、とも言わないし、後門が守ったとも言わない。ただひたすら後門を……憎んでいるようだった」

 後門を殺す、とは言えなかった。茂治は美世にそれをさせようとしていたからだ。美世の夢見の力を知っての言葉だろうが、そんなことをさせるわけにはいかない。


 ——— させるさせないの話ではなく、許すわけがない。


「仁花ちゃん達は、後門様が礼花さんを守ったと言っていました。後門様を本当に大切に思っているんだと思います」

「そう思うのが自然だが、それならばなぜ今暴れているのかについての説明がつかない。己の山を荒らす”門番”など聞いた事がない」

「そうですか……」

 肩を落とす美世に、清霞は何かあったことを悟った。

「美世、ほかに何か言うことがあるのではないか?」

「……。旦那様は、仁花ちゃんが本当は何を思って旦那様に挑んでいるか、ご存じですか?」

「…………あぁ」

「礼花さんを攫った犯人を捜しに行きたい、違いますか?」

「そうだ、本人から聞いたのか?」

 美世がこくりとうなずくと、清霞は視線をそらした。昨晩きいたばかりだから、驚きはないがそれでも困惑はある。

「無謀にもほどがある。あの事件を誰が調べたと思っている? 警察ではなく、特務隊が調べたんだぞ。それで”何も見つからなかった”……だから、か」

 見つからなかった、ということはそれほど巧妙に隠ぺいしたのだ。いかに”山守”であっても、己の山を下りてしまえば何もできない。ましてや、修行中の子どもができるわけがない。

(それほどまでに”門番”が大事なんだな、あいつらは)


「仁花ちゃんは本当は旦那様に挑むのは怖いんだと思います。震えていましたから。でも、それ以上に礼花さんを攫った犯人が赦せないのだと思います」

 美世は、胸に手を当てて考えた。自分は香耶にそこまでの感情を抱けるだろうか。肉親である、だがそれ以上の感情を抱けない。だからこそ、礼花たち三姉妹のきずなにあこがれの様な物を感じた。

「赦せない、とは言え……あれに何ができる。山ならいざ知らず、帝都で猛禽類や野犬を放つなど、危険視されてもおかしくはない。ただでさえ、帝都では異能の存在は隠されているのに」

 額に手を当てて、清霞は深く息をついた。赦せないという感情は理解できる、が、それだけだ。子どもが帝都でできることなど何もない。軍が解決できないとうやむやのままにした事件を子どもが解決できるとは到底思えない。 

「”門番”を処分するのは決まっていることだ。そうでなければ、ふもとの村の人々は納得しないだろう」

「でも……そうなったら、あの子達は……」

「あれらもとおも過ぎているんだ。今は難しいかもしれないが、いずれ分別が付くようになるだろう」

 でも、と美世が口ごもるのも無理はない。物の分別がついてくれ、と望むのは自分たち大人の勝手だろう。それでも、被害をこれ以上拡大するわけにはいかない。


「俺はね、この山の”山守”は俺で終わりだと思うんだ」


 茂治の言葉が頭の隅に残っている。娘に自由を与えるために”門番”を討伐するのは本当に理にかなっていることなのだろうか。異能者が減っている昨今、ここまでの力をいまだ維持できていることは奇跡に近いだろう。それでも、その力を失うことにためらいがないのは、清霞には理解できない。

 ましてや、多くの若者を鍛え上げた彼が望むことだろうか、とも。それに、清霞の頭の隅にはもう一人の言葉がちらついていた。


「私は、この山の”門番”を継ぎたいと思っています」

 山を託されたものの静かな決意を帯びた目が忘れられない。その決意に自分は何一つ言い返せなかった。


「”門番”? ”山守”ではなく?」

 あけ放たれた障子から吹き込む風が礼花の髪を揺らしている。礼花は静かにうなずいた。

「”門番”とは獣ではありません。異形でもありません。”山守”の術の一つです」

「……話が見えない。ならば、なぜ茂治殿は知らない?」

「”門番”を継承する術は、”門番”が認めた者だけが引き継ぎます。私は、五年前に託されたのです。正気を失う前に、山を託すと」

 五年前の事件のことは知っている。特務隊が調べても何も出てこなかった。後味の悪い事件で、自分も気がかりであったことは確かだ。

「私は”門番”になります。今までは妹たちが気がかりでしたが、もう10になったのだから、きっと分かってくれる」

「茂治さんは……? 滝さんも……」

「…………それを問うて、どうなります? 父に言いますか? 父が後門様を殺すことをためらうと思いますか?」

 今更です、と何度も礼花がつぶやいた。

「私が迷っていたから、山が荒れてしまった。だから、見届けてほしいんです。私が無事に”門番”になれるように」

 そういって、礼花は静かに笑った。喜びから来る笑みではないことは明白だ、目を閉じてそれらしく取り繕っていることはばればれだ。それなのに、どうしてか清霞にはするな、ともやれ、とも言えなかった。

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