第4話 紅葉狩り
「もう色づいているのですね。帝都ではまだ緑の葉が多いのに」
「あぁ、この辺りは標高が高いから、色づくのも早い。あと数日もすれば、見事な光景になるだろうに……」
さくさくと、色づいた葉を踏みながら二人は山道を進んでいる。車で進めるのは山のふもとまで、そこから二人は歩いている。
緩やかな坂道が続いているが、道らしいものは渡された板ぐらいしかない。清霞が美世を連れていくことに即座に反対したはこの道のせいなのかと思えてきた。
適度に休憩をはさんでくれて入るものの、慣れない山道で戸惑ってしまう。
(ここで倒れてしまっては、旦那様の足を引っ張ることに)
「人がほとんど入らない場所だからな……足はつらくないか?」
「い、いえ……。まだ平気です。ありがとうございます」
「……。この道を下れば、池がある。そこで一息入れよう」
「そんな! 私はまだ歩けます!」
「本当にか?」
念を押すように問われてしまえば、取り繕ったものがぽろぽろと剥がれ落ちてしまう。この人に隠し事はできないな、と美世は改めて思った。美世が気まずそうに下を向くと、清霞は言葉を選ぶように口を開いた。
「そう落ち込むことはない。ここは特務隊の演習地の一つでもあったんだ」
「え? ということは……」
「表向きは国有地でな、本来なら一般人は立ち入れない場所だ」
「そんな所に私が行ってもよかったのでしょうか?」
「”あの方”の命なら仕方ない。そうでなければ、こんなところにお前を連れていくわけがないだろう。ここよりもっと気軽に行けて、なおかつ便利な所などたくさんあるからな」
「旦那様……それって。私とどこかに———」
「つ、着いたぞ!!」
わざとらしく背を背けた清霞が前方を示した。背中越しにその先を見た途端、美世は思わず息をのんだ。
そこは紅葉で彩られた池だった。久堂の屋敷など丸ごと入ってしまいそうだ。今までは見上げるばかりであった紅葉が目の前に迫ってくるようで、さらさらと初秋の風に揺れている。赤く色づき始めた葉と、黄色の葉、そしてまだ色づき始めていない緑が混ざり合い、大きな絵画を見ているかのようだった。
実家にいたときは、庭木の落ち葉をかき集めるくらいしかなかった。何度はいても落ちてきて、厄介としか思わなかったのに、場所が変わればなんとも心を現れる光景だろうか。
迫ってくるような色どりに、美世は時間を忘れただ眺めていた。その間も、清霞はせかそうとはせず、美世の言葉を待っていた。
「疲れを忘れてしまうようです」
清霞は道端の石に手ぬぐいを敷くと、美世に座るように促した。やっと一息つけた、と口にはしなかったがそれでも安堵の息は出てしまう。
「それはよかった。もう少し早い時期にこれば池で泳げたし、もっと遅くこればもっと色づいた湖面が見えたろうに……」
「旦那様はここでお過ごしになったことが?」
「…………」
しまった、と顔に書いている。美世を元気づけようと彼なりに言葉を選んでいるうちに、言わなくていいことまで言ってしまった、と。
「避暑地代わりに父が使っていた時期があって、そのついでだ。異能の力がまだ明確に分からなかったから、どれほどの威力が出せるのか散々父に試されたんだ」
はぁ、と長いため息をつかれた。確かに、清霞の使う異能は雷や炎といった自然現象を発生させる強力なものだ。その力の限度を知らなければ、周りに被害が出るかもしれない。人の多い帝都でもし雷を落としてしまえば人々は混乱するだろう。
「演習場だったから人もなかなか寄り付かないし、そもそも”山守”がいる山で修業をするのは術者としては間違っていない。”山守”の山は一定の安全が保障されているからな」
「そうですか……」
異能を持たない美世にとっては修行というのがぴんと来ない。妹や父たちが修行をしている姿なんて見たことがない。
「私も母に連れられてのパーティーに飽き飽きしていたころだったし、夏の短い間だけこの山で修業をさせてもらっていた。ここでならいくら火を起こそうが雷を落とそうが問題ないからな」
(そういう問題なのかしら……)
ただでさえ強力な術者である清霞。彼の全力を見たい気もするし、怖い気もする。実際、彼は実家の門構えを結界ごと消し炭にしたこともある。
「それに……」
「それに?」
「おや、思ったより早く来たわね、清霞。式で知らせてくれれば迎えに行くのに」
「え? あなたは……」
いきなり目の前に現れたのは、濃紺の絣にたすき掛けをし、籠を背負った女性だった。山の作業をしていたのだろうか、頭には花模様の染め抜きがされた手ぬぐいをまき、草負けを防ぐために手袋や脛あてまでしてあった。
それに、清霞と呼びかけた声……先日あった白蛇と同じものだった。
「”山守”の山に入ったんです。入ってくる者の把握はそちらの仕事でしょう」
「それもそうね。いらっしゃい、美世。何もないところだけれど、できる限りの歓迎はするつもりよ」
「あ、その……。よろしくお願いします……滝、さん」
もごもごと下を向いてしまうのもいつもの癖だ。滝は美世の方を見て、それから清霞の方を向き、にやぁと口角を上げた。
「おかしいと思っていたのよね。まっすぐ来るんじゃなくてこんな”脇道”に来るなんて……美世に池を見せたかったのね? ふふ、そういう所よ、清霞。ちゃんと似ているところが増えていて安心したわ」
にやにやと笑いながら言うものなので、正確に聞き取れなかったけれど。もし、滝の言うことが正しいなら、清霞はわざわざこの池を見せるために連れてきた、ということになる。
(美しい池を私に見せたくて……??)
「そ、そんなことより! 早く道を開いてください!! ”山守”の道ならできるでしょう!」
美世の視線に気づいて清霞が声を張り上げる。
「はいはい。そこまで怒らなくてもいいじゃない。では、ちょっとだけ目をつぶっててちょうだい。この術は”山守”以外には見せられないからね」
美世の手を取り、滝が立たせた。前回会った時は蛇だったのでわからなかったが、滝は女性にしては背があった。美世よりも高く、清霞よりは低い。丁度葉月と同じぐらいだろうか。
「え? 術って??」
「えっと、袖で手を覆って……そうそう。いないないばぁ、の要領で……」
子どもの頃にやったように、美世は袖で顔を覆った。よく分からないが、いうとおりにするべきだろう。
「もう目を開けていいわよ?」
そういわれ、そろそろと袖を下ろしてみると美世は目を疑った。今までは山道で、建物らしいものは何一つなかったというのに、いつの間にか目の前に立派な門があった。
「”山守”は山の中では何でもできるの。それこそ、隠された屋敷までの道を繋げる、なんてこともできるのよ」
「…………」
そんなこと、清霞は言ってなかった……気がする。
「さぁ、はいって。娘たちも清霞に会いたがっていたわ。もちろん美世にもね」
「そういえば、娘さんがいらっしゃるって……」
三人もいる、と言っていたっけ。女学校に通っているということは美世より下ぐらいの女の子たちだろう。あの夫婦の娘たち、どんな子達だろうか……期待と不安で言葉が出ないでいると、清霞が囁いた。
「どうということはない。ただのやかましい山鳥だ」
そういう事ではないのだけれど……と美世が言うより早く、門が開き美世は促されるようにそれをくぐった。
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