第5話 初めての報告書

 仮設市場での騒動を収めた後、アークとリリは、再び小型ホバーカーに乗り込み、仮設都市の外れにある朝比奈博士の臨時ラボへと戻ってきた。


 薄暗いラボの執務室。

 白い照明が静かに床を照らす。

 朝比奈博士は、デスクに座りながら、二人に向けて優しく微笑んだ。


「おかえりなさい、二人とも。さっそく、第一任務の公式報告書をお願い。」


 リリは元気よく手を挙げた。


「はーい! わたし、書くよっ!」


 アークは無言で隣に立っていた。

 無表情だが、どこか落ち着いた気配を漂わせている。

 リリは、小型端末を胸の前に構え、わくわくしたように指を走らせた。



【リリのお仕事日記】


 提出者:リリセア・ライト

 提出日時:5月12日


【お仕事の場所】


 仮設市場D-12区!


【起きたこと】


 ヒャッハーな人たちが、お店を壊したり、物を盗んだりしていました。

 通りすがりの人たちも、とっても怖がっていました。

 お兄ちゃんがまっすぐ歩いていって、ぱぱっとやっつけちゃいました。

 すごくびっくりしました。


【わたしがやったこと】


 倒れたリーダーさんに、どうしてそんなことをするのか聞きました。

 最初は無視されちゃったけど、ちゃんと目を見て、話を聞こうとしたら、だんだん話してくれて、何でひどい事をする人になってしまったのか教えてくれました。


【結果】


 なんとか仲直りできました。

 リーダーさんは、壊したお店の人にちゃんと謝ってくれました。

 みんなびっくりしたけど、ちょっとだけ、あったかい空気になった気がします。


【思ったこと】


 暴れてる人も話を聞いてあげるだけで、少しずつ変わっていくんだなって思いました。

 もっと、みんなが仲良くなれるようにがんばります!


 以上っ!



 リリは、書き上げた報告書を満足げに送信した。


「できたーっ!」


 彼女は満面の笑みを浮かべ、沙織にタブレットを差し出す。

 朝比奈博士は受け取り、微笑んで頷いた。


「うん、リリらしい、いい報告書ね。」


 その隣で、アークが無言で別の端末を操作し始める。

 淀みなく、無機質な文字の列が整然と並んでいく。



【 統合執政官任務報告書 】


 提出者:統合執政官 アーク・ライト

 任務番号:第A-001号

 提出日時:第42次標準暦 204年 5月12日

 

【任務対象】


 仮設市場D-12区域における無登録集団による集団暴行および強奪事件。

 

【発生状況】


 加害個体:暴徒6名(内、組織的指導者1名)

 使用物品:鉄パイプ、ナイフ、バールのようなものなどの近接凶器

 被害状況:店舗財産の破壊、市民への直接的暴力行為、恐喝


【対応経過】


 ① 現場到着後、略奪および破壊行為を確認。

 ② 危険度評価:中〜高。周囲市民への二次被害懸念あり。

 ③ 即時制圧権を発動。警告後に戦闘行動へ移行。

 ④ 全暴徒を非致死制圧手段にて無力化。

 ⑤ 指導者格個体を含む全員を拘束。

 ⑥ 補佐員(リリセア・ライト)が指導者個体へ対話的接触を実施。

 ⑦ 当該個体は自発的に犯罪動機および心情を開示。

 ⑧ 市民への謝罪行動を確認。現場収束を確認。


【成果評価】


 市民保護:達成

 加害集団の即時制圧:達成

 市民感情の回復:部分的達成(補佐員の関与による)


【特記事項】


 補佐員による対話的行動により、指導者格個体が自発的に犯罪動機を吐露、反省を示す異例の展開。

 強制力による制圧に加え、感情的・共感的手段が一定の収束効果を持つ可能性を確認。


【総評】


 初動判断・制圧行動は合理的手段に基づいて適正。

 補佐員の行動は指針外であるが、結果的に公共秩序回復に寄与。

 当該事案は今後の対話介入モデル構築における参考事例とする。


 以上。

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