第6話 困ったおじさん

 朝比奈博士の臨時ラボには、柔らかな光が差し込んでいた。

 白く無機質な内装だが、そこにはどこか、人の温もりがあった。

 リリはソファに座り、隣のアークにぴったり寄り添っていた。


「お兄ちゃん、今日もかっこよかったよ!」


 リリはにこにこと笑いかける。

 しかしアークは、無表情で端末を操作している。


「任務遂行に外見的要素は無関係だ。」


「むぅ……!」


 リリは頬をぷくっと膨らませた。

 それでも袖をちょんちょん引っ張っているあたり、あきらめきれないらしい。

 そんな二人を、朝比奈博士は小さく苦笑しながら見守っていた。


 ──その時だった。


 バタン!!


 ラボのドアが、勢いよく開いた。


「た、助けてくれぇぇぇ!!」


 駆け込んできたのは、痩身で、少し垂れ目の中年男だった。

 彼は汗を浮かべ、必死な形相で狼狽している。

 リリは目を丸くした。


「ええっ!?」


 男はソファに向かって突進し、その場にへたりこんだ。


「お、お願いだよ、沙織ちゃぁぁん……!」


 朝比奈博士は、冷静に腕を組んだまま、彼を見下ろした。

 

「まず、落ち着きなさい。それから、その呼び方をやめなさい。」

 

 男は慌てて顔を上げた。


「あ、じゃなくて、朝比奈博士!!」


 朝比奈博士はため息をついた。


「……最初からそう呼びなさい。」


 リリは、ぽかんとその光景を見つめた。


「お、お兄ちゃん……この人、大丈夫かな……?」


 アークはちらりと闖入者を一瞥し、無表情のまま答えた。


「生命活動に支障なし。問題軽微。」


「そういうことじゃないよぉ!」


 リリが小声で抗議した。

 男は、必死に朝比奈博士にしがみつくような勢いで懇願した。


「頼むよ、朝比奈博士! ぼかぁ、本当に困ってるんだよぉ!」


 朝比奈博士は無表情で腕を組みなおした。


「何をやらかしたのか、ちゃんと聞かせてもらうわ。」


 狼狽した声の主は、座ったまま、ぐったりと肩を落とした。


「いやあ……その、ちょっとした問題がさぁ……」

 

 リリはますます不安そうな顔でアークを見た。


 ──こうして、リリとアーク、そして朝比奈博士は、桐島剛志という『最初の厄介な依頼人』と出会うことになった。

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