第12話 神、アニメにハマる
夜。
窓の外は、静かに夜の匂いをたたえていた。
オメガさんはソファに座り、湯呑みに半分だけ残ったほうじ茶を手にぼんやりしていた。
「ねえ、オメガさん」
たまが、テーブルの上に飛び乗った。
足をたたんで座りながら、ちょっとだけ目を細める。
「深夜にやってるアニメ、見てみない?」
オメガさんは、首を傾げた。
アニメ。
宇宙の神として、文化的知識は一応ある。
けれど、ちゃんと見たことはなかった。
「どういうものだ?」
「うーん。なんか……剣とか魔法とか出てきて、めっちゃ強い人がどんどん勝つやつ」
たまはふわふわした説明をする。
だが、言葉の端々に熱があった。
たまがここまで勧めるのは、珍しい。
オメガさんはリモコンを取り、テレビの電源を入れた。
液晶に、色とりどりの光が広がる。
深夜アニメ『聖剣のミルフィーユ』再。
第1話。
***
「……」
「……」
開始5分。
オメガさんは正座していた。
たまも、テレビにかじりついている。
華やかな世界。
剣士たちの運命。
小さな村から旅立つ主人公。
ありきたりな始まりだと思った。
だが、演出が丁寧だった。
背景の森の葉一枚にも、違和感がない。
主人公が剣を握り、光が弾けたとき――
オメガさんは、ごく自然に拳を握っていた。
(……なるほど)
(これは、面白い)
深夜2時。
第1話が終わった。
続けて第2話が始まる。
たまが小声で言った。
「眠かったら、やめてもいいよ」
オメガさんは無言でリモコンを握りなおした。
チャンネルを変えない意志表示だった。
たまは小さく笑った。
***
それから三日間。
オメガさんは「聖剣のミルフィーユ」に没頭した。
起きる。
顔を洗う。
ご飯を食べる。
録画したアニメを再視聴。
買い物にも行かず、ロトの当選確認すら忘れた。
冷蔵庫の中は減る一方だったが、気にならなかった。
たまも、となりで丸くなって見ていた。
たまにオメガさんの膝の上に乗ったり、途中で寝たり。
それでもオープニング曲が流れるたび、ぱっと目を覚ました。
オメガさんは気づいた。
主人公たちは、戦っているだけじゃない。
迷ったり、逃げたり、泣いたり。
それでも、一歩進もうとしていた。
「……」
第8話。
仲間が一人、犠牲になった回。
オメガさんは、立ち上がった。
リモコンをぎゅっと握りしめたまま、動けなかった。
「オメガさん……」
たまが、そっと声をかけた。
オメガさんは、ぎこちなく座りなおした。
一言だけ、ぽつりとつぶやいた。
「……いい作品だ」
***
最終話。
オメガさんは座布団を二枚重ねて、正装のように座った。
たまは隣で小さく丸くなり、じっとしている。
クライマックス。
主人公が聖剣を掲げる。
もう、手元に残った仲間は二人だけだ。
それでも、彼らは笑っていた。
――ありがとう。
――一緒に旅してくれて。
画面の中で、花びらが舞った。
光が満ちた。
そして、物語は終わった。
しん、とした夜。
テレビは静かにエンディングテーマを流している。
オメガさんは深く、深く息を吐いた。
目を閉じた。
胸の奥が、じんわりと熱い。
たまが、ぽそりと言った。
「……いいでしょ?」
オメガさんは、うなずいた。
そして、少し考えてから、真顔でこう言った。
「次は、何を見ればいい?」
たまは、ぱっと顔を輝かせた。
「えっとね!他にも面白いのがあるんだよ!ロボットに乗るやつとか、異世界転生するやつとか、日常系もいいし……!」
たまは、机の上に雑に積まれた雑誌をひっかきまわした。
「これ!これとかおすすめ!」
小さな肉球で、アニメ特集ページを必死に押さえる。
オメガさんは、その様子をじっと見て、静かに笑った。
「……忙しくなりそうだ」
窓の外、黒いアスファルトがぼんやりと街灯を映している。
オメガさんは、もう一度テレビを見た。
そして思った。
たまに勧められなければ、きっと一生知らなかった。
小さな画面の向こうに、こんなにも熱い世界があることを。
静かな夜。
神様の、小さな趣味がまたひとつ増えた。
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