The third kiss:また明日ね

「す、すすすすす、好きって……」


 まさか人生初の告白が男の子ではなく、女の子。それも美少女からだなんて、思いもしなかった。そもそもムードの一欠けらもないんですけどぉ……。


 この状況に、依然混乱していると、愛華さんはクスクスと笑いつつ、『嘘じゃないよ』と呟く。


「私、入学してからずっと光さんの事を見てたんだよ」

「え?」

「明るくて、活発的。それでいて、見た目も私好みで、一目惚れしちゃった」

「は、え?」

「本当は友達になりたかったんだけど、きっと我慢できないと思って、この一か月間、必死にこの気持ちに蓋をしてた。過度に干渉しないよう我慢してたのに、光さんがあんないたずらをするんだもん。あんな事されちゃったら、もう我慢なんて出来ないよね」


「え、い、いやいやいやいやいやいやいやいや。それはおかしいって!」


 え、だって、入学してから直ぐ一目惚れしてたって言うのも驚きだけど、それ以上に、あんな事って……。


 ただ愛華さんの手を握って、くすぐっただけじゃん。それなのに、我慢出来なくなったとか言われても、意味が分からないよ!


(と言うか、愛華さんって、もしかして……)


 そもそも、男の子じゃなくて、女の子に恋しちゃうとか、愛華さんってもしかしなくても、なのでは? そんな考えが脳裏を過った。


 そして、そんな私の言葉を聞いた愛華さんは、不思議そうな表情を浮かべつつ、少し首を傾げて、さっきの発言に対する返事を口にした。


「そうかな? 好きな人に。それってもう、最高に幸せな事だと思うよ? 光さんはそう言う覚えはないの?」

「いや、えーと……」


 どうしよう。一度も恋をした事がなかったから、そう言うのがよく分からない。そんな困った表情を浮かべていると、クスクスと愛華さんは笑った。


「光さんはまだ、人を好きになった事がないのね」

「え、まぁ、あははは……」

「と言う事は、光さんはこれから私の事を好きになってくれる可能性があるのね」

「ひゃい!?」

「ふふっ、今、ものすごくドキドキしているんじゃない?」


 その言葉を否定する事が出来なかった。だって事実だったから。そして、愛華さんはいたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、更に追撃する。


「光さん、……私のこと、もっと知ってみたくない?」


 その問いは、今の私の心境を見透かしているかのようで、心臓がドクンと脈動する。でも、いきなりそんな事を言われても、どう答えるべきかが分からない。


 だけど、その前に問わなければならない事があるので、聞いてみる事にした。


「い、いや、それ以前に愛華さんってもしかして……」

「あぁ、光さんが言いたい事は分かるよ。アブノーマルなのか知りたいんだね」

「え、あ、……うん」

「ふふっ、嬉しいな。私の事、知ろうとしてくれてるんだね。光さんのを奪ったのに」

「んにゃ!?」


 その言葉に思わず反応する。



(初めて。そうだ、私はさっきに愛華さんに……)



 さっきの光景がフラッシュバックし、顔が熱くなる感覚がした。


「ふふっ、ほんとに可愛い」


 そう呟きながら、ジリジリと私に近付いてくる。なので、私も逃げるように後退するのだけど、残念な事に後ろは壁だったらしく、トンと背中がぶつかる。


(ヤバ、逃げ道が……)


 そう考えられたのもつかの間。愛華さんはもう私の目と鼻の先まで居て、ガシッと私の両腕を掴んだ。


「いや、あの、あ、愛華さん?」

「知りたいんでしょ? 私がアブノーマルか、ノーマルなのか……」

「へ、あ、いや、あのですね……」



 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


 過去1、私の危険センサーが反応する。このままでは取り返しのつかない事になると言う確信がある。それに──。


(愛華さんの表情が、エロすぎる!!)


 乙女とかそんなの言ってられるレベルじゃなかった。明らかに獲物を狙う目をしながら、舌舐めずりするその姿は、正に魔性の女そのものだった。


(あわわわわわ……)


 混乱している私を他所に愛華さんは『直ぐに分かるよ』と言って、ゆっくりと愛華さんの唇が近づいてくる。逃げようとしても、両腕が塞がっていて、逃げる事が出来ない。そして──。



「んむぅぅ……!?」

「あむ、んっ……、んん……、んむ……」

「っーーーーーーーー!!!」



 セカンドキスすら、愛華さんに奪われてしまった。それも、さっきの不意打ちとは訳が違う。明らかにされると分かってて、されたキスだ。こんなの意識するなと言う方が無理がある。



(愛華さんの唇……、甘っ、……じゃなくって! に、逃げないと……)



 だけど、逃げる事が出来ない。体がそれを拒むように、ただただこの行為を受け入れてしまっている。ピリピリと脳が痺れる。次第に体の力が抜けていく。


「んふ、あむ……」

「んん……、んっ、あ、あい……、か……、さん」

「だめ、もっと……、んん……、すきぃ……」


(あぁ、ヤバいって、キスされながら好きとか……)


 どんどん、愛華さんが私の中に入ってくる感覚がある。擦り込みとかそんなんじゃない。あまりの出来事に脳が変な方向に行こうとしているんだ。


「ん、んん!? ……だっ、……ダメ!」

「キャッ」


 残ってる力を精一杯振り絞り、愛華さんを振りほどく。息も絶え絶えだ。



「もう、嫌なら、言ってくれたら、辞めたのに……」

「いやいや! 言っても辞めなかったよね!?」


 そう叫べば、舌をペロッと出して、『そうかも』と可愛く言う。その仕草には思わずドキっとした。


「これ、完全にアレだよ? 犯罪だからね!」

「そう? まぁ無理やりだったから、そうかもね。まぁいいじゃない。……光さんも嫌じゃなかったようだし?」

「ゔ……」


 図星を当てられ、狼狽える。確かに、どこか嫌じゃない気持ちがあったのは確かだ。



「それよりも、分かってくれた?」

「へ? な、何が?」

「だから、私が、アブノーマルなのか、ノーマルなのか」

「いや、あの……」


 好きとか、キスとか、無理やりとか、色々な出来事が一同に押し寄せてきた結果、思考するだけの余力がもう残っていなかった。


 そんな私を見て、クスクスと笑いながら、愛華さんが答え合わせのように呟いた。


「でも、そうね。きっと、光さんが最初に思ってた事で合ってるよ」

「へ?」


 その言葉に反応する。最初に思っていた事。それはだ。つまり──。



「ちゃんとした答えが聞きたいなら、明日の放課後、また、化学室に来てね」



「っ!?」


 愛華さんは私の耳元でそう囁くので、思わず体がビクンと反応する。その反応を見届けた愛華さんはササっと私から離れた。



「ふふっ、また明日ね。光さん」


 満面の笑みで一方的に"また明日"と言い放ち、愛華さんは化学室を後にする。その光景を私はただただ茫然と見る事しか出来ず、ようやく体が自分の意思で動かせれるようになったのは、それから10分ほど経ってからだった。



「な、なんなの、ほんとに……」



 ずるずると座り込み、そう呟く。そして、ペタペタと自身の頬を触ると、まるで熱が出たかのように、頬が熱かった。それに心臓もさっきからドクンドクンと脈動しているのを感じる。


(え? これ、夢? それとも、現実?)


 もう何が何なのか分からない。ただ分かるのは、唇にが触れ合ったと言う余韻のみ。その余韻を感じる事で、ここが現実である事を実感する。



 その事実に呆けながらも、化学室を後にするまでに、更に20分ほど時間を要してしまった。

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