The fourth kiss:アブノーマルって悪い事?

「ただいま……」

「おかえり、光。……あら、どうしたの?」


 あの衝撃的な一幕から何とか復帰し、ようやく家に帰る事が出来た。そしてお母さんは私の様子がおかしい事に気が付いたのか、心配そうに尋ねてくる。


「ううん。なんでもないよ」

「そう? なんだか、心ここにあらずって感じよ?」

「そ、そうかな? 気のせいじゃない?」


 お母さんが言ってる事は正しいけど、白を切る事にする。流石に女の子から告白されて、キスもされましたなんて、言える訳もないからね。


 なので、何でもない振りをしながら、自分の部屋に入る事にした。そして、着替え事なく、そのままベッドにダイブする。



「マジかぁぁ……」



 ダイブした後、そう呟く。まさか、夢の告白がこんな形で実現するなんて思いもしなかった。それも男の子じゃなくて、女の子。しかも美少女からの告白だ。意味が分からない。


 おもむろにスマホを取り出し、同性愛者について検索をする。


「男性同士または、女性同士の間での性愛や、同性への性的志向を指す。……だよねぇ」


 検索結果には当たり前の事しか書かれていなかった。


 それにしても、まさか愛華さんがその類の人とは思いもしなかった。しかも恋愛において、かなりアウトな手法すら取ってくる始末。


(うわぁぁぁ、明日からどういう顔で見ればいいの?)


 軽蔑? 嫌悪感? 尊敬? 愛情? どれも違うと思いたい。と言うか、私はノーマルな人間だ。そんな人間に、アブノーマルの気持ちを理解する事が果たして出来るのだろうか……。


「でも……」


 ふと、自信の唇を指でなぞる。あの時触れ合った時の感触は今でも思い出せる。とても柔らかくって、それでいてとても甘かった。ってあれなんだって思ってしまう。



「うわぁぁぁぁぁぁ!! 何考えてるの私!? 違う違う違う! 私は違う!!」


 そう必死に否定する。これは違う。ただ、あの出来事が変な方向に私の脳をおかしくしただけだ。私はノーマル、私はノーマルと、必死に自分自身に言い聞かせる。



「はぁぁ、とりあえず、明日だね」


 愛華さんはまた明日と言っていた。なら、その時にちゃんと断ろう。そう心に決めて、その日は終わりを告げた。



***



「おはよー、光!」

「おはよう、萌香!!」

「それでそれで、あれはもう読んだの?」

「あぁ、アレね……」


 昨日、萌香から教えてもらった小説の事だ。だけど、昨日は別の事で頭がいっぱいいっぱいだったから、結局読めなかったんだよね。


「えぇと、ごめんね。まだ読めてないんだ。昨日はそれ処じゃなくてね」

「そうなの? でもでも、とてもいい話だから、早く読んでよね!」

「分かったよ。絶対に読むね」


 そうして、朝の教室、萌香と2人で楽しく話していると、ガラガラと愛華さんが教室に入ってくる。愛華さんの姿を視界に捉えた瞬間、ビクンと体が反応してしまった。


「っ!!」


(ヤバ、昨日の出来事がフラッシュバックする)


「どうしたの、光?」

「ふぇ!? な、何が!?」

「何がって、なんだか、雰囲気がおかしいよ?」

「そ、そうかな? あはははは……」


 萌香に悟られないよう、平常心を装っていると、愛華さんが私たちの所までやって来る。


「おはよう、愛華さん!」

「えぇ、おはよう、萌香さん。……それと光さんも、おはよう」

「う、うん……。おはよう、あい、かさん」

「ふふっ、どうしたのかしらね」


 それは貴女の所為でしょ! と、叫びたかったが、流石に皆がいる中、そんな事を言ってしまえば、愛華さんに何かしらの迷惑が掛かってしまうので、グッと堪えた。


 そして愛華さんはクスクスと笑いつつ、私の耳元まで近づき、そっと囁く。


「もっと、意識してね」

「っーーーーー!」

「それじゃ、2人とも、また後でね」

「後でねー」


 その言葉を聞いた瞬間、心臓がビクンと驚くと同時に顔が熱くなる感覚を感じた。


「光? なんだか顔が赤くない?」

「へ? そ、そうかなぁ? 気のせいだよ、気のせい!」

「そう? まぁいいや。そうそう昨日、春ちゃんからLIMEでね──」


 萌香は気に留める事なく、別の話題に移ったので、一安心する。そして、萌香にバレないよう愛華さんの方に視線を移す。すると、昨日と同じく私の事をジーとただただ見つめていた。



***



「し、失礼しまーーす……」


 放課後、愛華さんに言われた通り、化学室にやって来た。宮本に少し片づけが残ってるからと伝えたら、快く化学室の鍵を渡してくれたからだ。


(いや、マジで適当過ぎるよね……)


 この学校の危機管理は大丈夫かと、心配していると、ガラガラとドアを開ける音が聞こえたので、後ろを振り向くと、愛華さんがそこにはいた。


「ふふっ、ちゃんと来てくれたんだね」

「ま、まぁ……、ね?」


(よし、今日は絶対に断ろう。私は付き合えないんですって……)


 そう決心し、口を開こうとした所で『それでね』と、先に愛華さんが口を開いてしまった。


「昨日の答えなんだけど……」

「へ? あ、あぁ、うん、あれね……」

「私はだよ?」

「っ!?」


 "本気"。その言葉にさっき伝えようとした言葉が喉に詰まる。


「私は本気で光さんの事が好き。恋愛感情として好き」

「え、えぇと……、それって、つまり……」

「そうだよ。私は、よ」

「────」


 はっきりとそう答えた。だけど、どう反応するべきかが分からなかった。


「びっくりした?」

「いや、まぁ……、それは……」

「でも、これが私だからね。世間一般的に言えば、異常者かもしれないけど、そんなの本人にはどうしようもない事だから」


 そう愛華さんは呟く。いやまぁ確かに、いくら多様性の時代だからって、そうそう受け入れられる類の物じゃない。それはどうやら愛華さんも理解はしているらしい。


「えぇと、なら、私がどう返事するのかも分かるよね?」


 そう尋ねてみれば、コクリと愛華さんは頷く。だとしたら、問題ない。このままお断りの返事をすれば、それできっぱり終われる。


「なら──『でもね、アブノーマルって悪い事?』」

「へ?」


 断りの返事を入れようとしたら、愛華さんがそう言葉を重ねてくる。


「確かに、アブノーマルはまだ浸透しきってないよ。でもそれは大多数の人たちがそう言ってるだけ」

「いや、それはそうだけど……」

「私は周りの声なんてどうだっていいの。……もう、この気持ちを隠したくないんだ。光さんの前では……」

「いや、だから……」


 再び、愛華さんはジリジリと距離を詰めてくる。それに反応して、私も後ろに交代する。今度は昨日みたいなヘマはしない。


「分かってる。光さんはノーマルなんでしょ? でも、それは今の話。未来は分からないよ」

「み、未来って……」

「私が変える」

「……へ?」


 その言葉には怖いくらい力がこもってた。その目は絶対に狙った獲物を逃さないと言う決意を感じさせる。そして、おもむろに舌なめずりする姿が、妙に生生しくって見惚れてしまう……。


「私が、光さんの価値観を変える。絶対に私の事を好きになってもらう」

「いやいやいやいやいや、それはちょっと、違うって!」

「違わないよ。恋する女の子って凄いんだからね?」

「す、凄いって……」

「なんだって、出来ちゃうんだよ。こんな風に……」


 気が付けば、トンっと再度私は壁際に追い込まれていた。



(待って待って待って待って待って!)



 ゆらりと近づく、愛華さんに恐怖する。真面目に今の愛華さんが怖いと感じた。だけど、そんな恐怖も直ぐに別の感情に切り替わる。だって──。


「んむぅっ!?」

「はむっ……、ん……、ちゅっ……」


 再度、私の唇は愛華さんに唇を奪われてしまったからだ。しかも、昨日感じた甘さとはまた違う、今度はさくらんぼのような甘さを感じる。


(あ、これ、リップかな? …………って、違う違う違う!!!)


 だけど、悔しい。嫌なのに嫌じゃない。もっとして欲しいという変な欲求が湧いてくる。キスってこんなにも人の心を変えてしまうのかと、怖くなる。


 無理やりのキスなのに、それを受け入れてしまう自分がいて、それに嫌悪している自分がいて、もうどれが本当の自分なのかが分からなくなる。


 どれくらいしてたか分からない。次第に足腰に力が入らなくなってきたタイミングで愛華さんは私の唇から離れる。


「あ……」


 思わず、そんな言葉が口から出た自分を呪いたい。何が『あ』だ。そんな物欲しそうな声を出すだなんて、もっとして欲しいと言ってるようなもんじゃん!


「ふふっ、光さん、もっとして欲しいの?」


 ほれ見た事か! 愛華さんが調子に乗り始めてるじゃん!!


「ち、違う……」

「えぇ―。でも、気持ちよかったんじゃないの?」

「ゔ……、それは……」


 悔しい。それが事実だと言う事が。絶対に愛華さんは知ってて口にしている。本気で私を変えようとしてるんだって、分かってしまう。



「み、……」

「ふふっ、そっか。認めないんだ。とか、じゃないんだね」


 その言葉に自分も驚いた。何で、そういう言葉を使わなかったのか……。



(ヤバい、マジでこのままじゃ本当にヤバい)



 このままじゃ、本気で私はノーマルの道からそれてしまう。それが怖くなり、残った力を振り絞って立ち上がり、愛華さんを置いて急いで化学室を後にした。




「不味い不味い不味い不味い! このままじゃ、私が私じゃなくなる……」



 走りながら、独り言のように呟く。だけど、それでも心臓が煩く、気が付けば顔も熱くなっている。そんな自分自身がとても怖かった。

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